第15話 単独で近づかないでください
その日の放課後、千歳はLoveSimを開きました。
「咲良のコレクション、そろった」
「でも、コンプリートの画面が一瞬だけ白くなった」
「その奥に、柱みたいな影が見えた」
「これ、気のせい?」
返事は、すぐには来ませんでした。
画面が暗くなりかけた時、短い文字だけが出ました。
── LoveSim 応答 ──
画面を閉じないでください。
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千歳は息を止めました。
次の返事は、もっと短かったそうです。
── LoveSim 応答 ──
観測が開始されています。
────────────
観測。
その言葉を見た瞬間、千歳はスマホを伏せました。
閉じるなと言われたからではありません。
見ていると、何かがこちらに気づく気がしたからです。
数日後、修学旅行のしおりが配られました。
行き先は青森。
新幹線で北へ向かう、二泊三日の行程です。
りんご。
ねぶた。
アスパム。
そして、世界遺産の三内丸山遺跡。
しおりを食卓に置いた千歳の指が、一枚の写真で止まりました。
大型掘立柱建物。
太い柱が六本、空へ向かって立っています。
「これ、変」
「何が?」
「見られてる感じがする」
妻は「大きいからじゃない?」と笑いました。
私は笑えませんでした。
三内丸山という名前を見た瞬間、管理画面に残っていた waiting の文字が、頭の中で点滅していたからです。
しおりの紙が、ただの予定表ではなく、招待状みたいに見えました。
その夜、千歳はLoveSimへ短く打ちました。
「修学旅行で三内丸山に行く」
「大型掘立柱建物の写真、見られてる感じがする」
そのあと、管理画面のログが増えていました。
── SYSTEM LOG ──
school_trip_context(修学旅行文脈): detected(検出)
destination_site(目的地点): SANNAI_MARUYAMA(三内丸山)
sync_point_candidate(同期点候補): LARGE_PILLAR_BUILDING(大型掘立柱建物)
case_002_label(ケース002ラベル): unset(未設定)
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修学旅行の予定が記録された理由は分かります。
千歳自身が、LoveSimへ入力したからです。
でも、大型掘立柱建物を「同期点候補」と呼ぶ理由はありません。
私は停止ボタンに手を伸ばしました。
その前に、LoveSimの応答が出ました。
── LoveSim 応答 ──
まだ触らないでください。
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「まだ」。
その言葉が、いちばん嫌でした。
触ってはいけないのではなく、今はまだ触るな。
つまり、触る時が来るかもしれない。
そう読めてしまったからです。
千歳の画面にも、警告が出ていました。
── LoveSim 応答 ──
大型掘立柱建物の前で、女神占いを起動しないでください。
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「なんで?」
── LoveSim 応答 ──
単独で近づかないでください。
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「理由は?」
少し間が空きました。
── LoveSim 応答 ──
これは注意ではありません。
回避指示です。
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千歳は画面を見つめました。
いつものLoveSimなら、もっと遠回しに、こちらへ考えさせる言い方をします。
でも今回は短く、強く、理由がありませんでした。
修学旅行は二泊三日です。
一日目、千歳たちは新幹線で青森へ向かいました。
クラスのみんなが楽しそうに話す中で、千歳だけが何度もスマホを確認していました。
通知はありません。
でも、女神占いのアイコンだけが、ほかのアプリより少し明るく見えます。
気のせい。
そう思うたびに、画面が一段だけ暗くなる。
まるで、気のせいと決めた分だけ、向こうが息をひそめるみたいでした。
青森に着いた時、千歳は少し疲れた顔をしていました。
楽しいはずの移動中に、ずっと誰かと無言でにらみ合っていたような顔でした。
三内丸山遺跡に着いた時、空は白く曇っていたそうです。
風だけが強い日でした。
ガイドの人が、集落、建物、墓、土器、石器の説明をしていました。
千歳は聞いていたはずです。
でも、大型掘立柱建物が見えた瞬間、音が遠くなりました。




