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陽ざしのやわらかい午後、街角の小さなカフェで。
タバサとミレイユは、窓辺の席で向かい合っていた。
店先の花籠からはラベンダーとレモンバームの香りが漂い、
テーブルにはふたり分のハーブティーと、スコーンの皿。
「で?」
唐突に、タバサが身を乗り出した。
「告白の返事、どうしたの? してないの?」
ミレイユの手元で、ティーカップが小さく揺れた。
「……な、なにをいきなり」
「いきなりじゃない。あんたが話してくれないから、こっちから聞くしかないじゃん」
タバサはやれやれといった様子でスコーンをちぎりながら続けた。
「だってさ、この前話してくれたじゃない。
“髪飾りをもらったの。こんなのはじめてで、すごく嬉しくて”って。
顔、めちゃくちゃにやけてたんだからね?」
ミレイユは視線を泳がせながら、ティーカップを持ち直した。
「……にやけてなんか、ないわよ」
「で、返事は? してないの?」
タバサの言葉は、やわらかくも鋭かった。
沈黙。
ミレイユは目を伏せ、カップの縁にそっと指を沿わせた。
「……まだ。してないの」
「なんで?」
「……怖いのかも。こっちが気持ちを伝えたら、壊れてしまう気がして」
「何が?」
「今みたいな関係が、よ」
タバサは眉を上げたあと、ふっと肩をすくめた。
「……あのね、ミレイユ」
彼女はスコーンをひとくちかじってから、まっすぐ言った。
「気持ちが伝わってない“今”だって、ちゃんと続く保証なんかないの。
だったら、伝えた上で築く関係のほうが、よっぽどしっかりするんじゃない?」
ミレイユの目が、ふっと揺れた。
「……タバサって、たまにずるいくらい、正しいこと言うのね」
「たまに、じゃないでしょ?」
口元に笑みを浮かべるタバサの前で、
ミレイユはほんの少しだけ、カップを握る手に力を込めた。
そして、静かに息を吐いた。
「……今度、ちゃんと話してみる」
「よし。やっと前進ね」
ミレイユがそう呟くように言うと、タバサはすかさず満足げに頷いた。
スコーンをもぐもぐと噛みながら、いたずらっぽい目を向けてくる。
「でもさ――」
「……なに?」
「早くしないと、誰かに取られちゃうかもよ?」
「っ――」
ミレイユは思わず、ティーカップを置く手を止めた。
目を見開いて、タバサを見返す。
「そ、そんなこと……」
「あるかもよ? その人、けっこうモテそうだもん。背も高いし、真面目なんでしょ?
そういう“頼れる無口系”って、刺さる人にはドンピシャなんだって」
「た、たしかに……でも……」
「それに、あの髪飾り、ちゃんと見れば細かい金細工があってさ、質も悪くない。
あんなの選べる男、そこらにはいないってば」
ミレイユは顔を伏せた。
頬がほんのりと赤い。
唇がわずかに揺れていた。
「……うう……私、ちゃんとしなきゃね」
「そうそう。取られてからじゃ遅いのよ?」
ウインクまでしてくるタバサに、ミレイユはつい苦笑してしまった。
ふたりの前で、紅茶の湯気がやわらかく立ちのぼる。
カップの中の琥珀色に映る未来は、少しだけ、温かく輝いて見えた。




