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この婚約に、恋の続きを込めて  作者: もちもちほっぺ


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香羽鳥のさえずりが名残惜しく空を流れ、ラクダの蹄が砂をならす音が邸宅の前に響いた朝。


いよいよ、別れの時だった。


アナスタシアは緩やかに抱擁を交わしたあと、レティシアに少しだけ口を尖らせる。


「レティシア。……お兄様もご家族も、本当にあなたのことを心配していたのよ?」


「ふふ、そんな顔しないで。ちゃんと、次からはもう少しこまめに手紙を書くわ」


「“次からは”じゃなくて、毎月です。最低でも」


アナスタシアの口調は冗談めいていたが、目は少し真剣で。

レティシアは「わかったわよ」と小さく笑って肩をすくめた。


別れの挨拶はそれぞれ静かに交わされ、ミレイユもバルドーもそれぞれ頭を下げ、ゴドフロワは全員に手土産と香油の詰め合わせまで用意していた。


空気がすこししんみりしかけたそのとき、レティシアがパッと両手を広げて声を上げる。


「さ、また会いましょう! 次に会うときには――」


いたずらっぽく笑って、


「この商会をもっともっと大きくして、“レティシア王国”を作ってみせるわ!」


「……っ!」


四人の顔が一斉にこわばった。


アナスタシアが最初に口を開く。


「レティシア、それは……冗談よね?」


「そ、それ、ちょっと本気に聞こえるんですけど……!」


ミレイユの声が少し裏返る。


「……やめてください」


バルドーの言葉は真顔そのものだった。


「大胆すぎる冗談です。控えてください」


ルカが眉間を押さえた。


しかし、レティシアはいたずらっぽく笑う。


「だって、やってみたいんだもの。“レティシア王国”。可愛い名前じゃない?」


ゴドフロワがその隣で、まぶしそうに目を細めて笑う。


「レティはやんちゃだねぇ。でも……たぶん、本当にできちゃうかもね」


言葉を失った一行は、最後にはあきらめたように笑いあった。


その笑顔のなかには、確かな絆と友情、そして未来の再会への約束が、ひそやかに揺れていた。






旅の終わりとともに、砂と香の国・カシュマールから戻った一行は、久しぶりの邸宅の空気にひと息ついていた。


広い窓を開け放てば、見慣れた風がカーテンを揺らし、鳥の声が木立を渡ってくる。

異国の陽射しと色彩に馴染んでいた目には、どこか落ち着きと静けさのある景色だった。


アナスタシアはゴドフロワが送ってくれた荷をほどきながら、手元に並ぶ小箱の数に小さくため息をもらす。


「……ルカったら、ほんとうに全部買ってしまったのね」


そう言いながらも、目元は緩んでいた。


香油の瓶、精緻な小物、ペアのストール、ガラスの花冠――

そのどれもが、旅の記憶とともに手元にあることが、嬉しかった。


傍らでミレイユが、丁寧にハンカチをたたみながら声をかける。


「でもお嬢様、嬉しそうに笑ってましたよ。包みを開けて、ひとつずつ確認して」


「見られてたのね……」


アナスタシアは照れくさそうに首をすくめた。


そのころ、書斎ではルカがバルドーにコーヒーを差し出していた。


「無事に戻れてよかったな」


「ええ。ですが……この量の伝票処理を見て、無事だったと断言していいかどうかは微妙です」


バルドーが机に積まれた“購入品一覧”を見下ろすと、ルカは苦笑して言った。


「全部、必要だったんだ」


「はいはい、“彼女が喜ぶなら必要”ですね」


「……わかってるじゃないか」


バルドーはコーヒーを啜って目をそらした。

だが、ふと懐に手をやり、そこから取り出した小さな布包みを見つめる。


ミレイユから旅の前に渡された、小さな手縫いのお守り袋。


カシュマールの夜は遠くなったが、

そこに刻まれた想いは、この邸宅の空気に、確かに溶け込んでいた。

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