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この婚約に、恋の続きを込めて  作者: もちもちほっぺ


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26

「……で、バルドーは?」


広間がひと段落しかけたところで、ルカがにやりと笑いながら、わざとらしく振り返った。


その視線が、スッとミレイユへと流れていく。


バルドーは一瞬目を伏せ、そして無言で懐から小さな包みを取り出した。

控えめな金の留め具がついた、手のひらほどの箱。


ゆっくりとミレイユの前に差し出しながら、短く言う。


「これを」


「……え?」


ミレイユは完全に面食らっていた。


「わ、私ですか? えっ、あの、でも今日はお嬢様へのプレゼント選びじゃ……」


声が裏返る。


バルドーは少しだけ視線をそらし、しかしはっきりと言った。


「私がアナスタシア様への贈り物を選ぶいわれはありませんから」


「……っ」


ミレイユは言葉を失った。


その横でルカが面白そうに口を挟む。


「ふむ。つまり、ミレイユ嬢になら“贈り物を選ぶ理由”があるってことだな?」


バルドーはかるくルカを睨む。


ルカは肩をすくめて笑ってみせる。


「まったく、恋する男は素直でよろしい」


そのひとことに、バルドーはわずかに顔をしかめたが――

結局は静かに頷いた。


「……そういうことです」


声は低く、どこかこわばっていたが、耳だけはしっかり赤かった。


ミレイユが目を丸くしたまま固まっていると、

彼はふたたび箱を差し出した。


「受け取っていただけますか」


箱の中にあるのは、金細工に繊細な彫りが施された、細く優美な髪飾りだった。

日差しの下でかすかに光を弾き、ミレイユの横顔を思わせるような、淡くて静かな色合い。


「あ……ありがとうございます」


ミレイユの指が、少し震えながらそれを受け取った。


そこだけ、空気がほんの少しだけ柔らかくほどけた。

静かで、不器用で、けれど確かにまっすぐな贈り物だった。






日が傾きはじめ、カシュマールの空が淡い薔薇色に染まる頃。


豪邸の広いバルコニーには、絨毯とクッションが敷かれ、香り高いハーブティーと果実菓子が用意されていた。

バルコニーの縁には薄布が揺れ、遠くには港のきらめきが見える。


「今日は女子だけでゆっくり語りましょう」


そう声をかけたレティシアが真っ先に腰を下ろすと、ミレイユは少し戸惑ったように立ち尽くした。


「でも……レティシア様、私は――」


「ここは隣国カシュマールよ?」


レティシアは涼しい顔で、果実を刺したピックをくるくると回す。


「いまさら“身分がどうこう”なんて言ってたら損よ。

それに、アナスタシアはずっとあなたを“対等な友人”として見てるでしょ?」


ミレイユが困ったようにアナスタシアに視線を向けると、彼女はやわらかく微笑んだ。


「座って、ミレイユ。今日は“お嬢様と侍女”じゃなくて、“私たち”の時間なの」


しばらく逡巡した末、ミレイユはそっとクッションに腰を下ろした。


ハーブティーの香りがふんわりと立ちのぼり、カシュマールの夜風が甘く肌をなでていく。


少しの沈黙のあと、レティシアが言った。


「で? 新婚生活、どうなのよ?」


アナスタシアは喉を鳴らして咳き込んだ。


「れ、レティシア……」


「なに? 聞かせなさいよ。彼のあの様子じゃ、ぜったい色々テンパってるでしょ」


「…………ええ、まあ」


肩を落としながらも微笑むアナスタシアに、レティシアは「やっぱり」と笑みを深くする。


ミレイユもそれに釣られるように微笑みながら、


「でも、おふたり……とても仲が良いです」


と言ってから、ふいにレティシアに視線を向けられ、口をつぐんだ。


「で、あなたと“あの真面目すぎる側近”は?」


「わ、私は別に、そんな……!」


「へぇ?」


レティシアの目が悪戯っぽく光る。


「髪飾りを贈られておいて、それは苦しいわね」


「っ……!」


ミレイユが言葉を詰まらせる横で、アナスタシアはお茶を含みながら目を細めた。




月が高く昇る頃、バルコニーの空気は次第に甘く、そして少しだけ熱を帯びはじめていた。


香り高い果実酒を少し口にしたレティシアが、ふいに声を落とす。


「でね……あのひと、最近じゃ夜になるとね、わたしの胸に顔をうずめて“今日も可愛かったよ、レティ”なんて囁くのよ」


アナスタシアがぽふっと音を立ててクッションにもたれた。


「レ、レティシア……っ、いきなりすぎます」


耳まで真っ赤である。


「だって本当の話よ?

こっちが顔見られなくなるくらい恥ずかしいのに、本人はまるで当然のように――あら、アナスタシア、お顔が真っ赤よ?」


にこやかにからかうレティシアに、ミレイユまで小さく笑っている。


「わ、私にはまだちょっと、そういうのは……」


アナスタシアが視線を逸らしながらぼそりと呟いた。


「そう? でもね、アナスタシア」


レティシアがふわりと笑う。

彼女の目は、いつもの派手さではなく、どこか柔らかい光を帯びていた。


「だって、ダーリンに喜んでほしいもの。

好きな人が自分に触れて幸せそうにしてくれるのって、すごく嬉しいじゃない」


その言葉に、アナスタシアの胸の奥が、そっと震えた。


ルカの不器用な優しさ。

そっと差し出してくれる手。

自分の一言に一喜一憂するまなざし。


――「喜んでほしい」

それは、確かにアナスタシアのなかにもあった想いだった。


アナスタシアはそっと、自分の膝の上で、手をぎゅっと握りしめた。


「……私も、そう思います」

小さな声で、けれどしっかりと。


ミレイユがそっと紅茶を差し出しながら、そっと目を細めた。

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