24
ふと脳裏に浮かんだのは、あの夜の港町。
人だかりの中、アナスタシアが夜風に漂うやさしい香りを胸いっぱいに吸い込んで、目を細めた横顔だった。
決して言葉にしなかったが――
ルカはその仕草を、見逃していなかった。
彼女の好みは華美ではない。
だが、ふと心を和らげるものにはとても敏感だ。
そしてそれを“しあわせ”として受け取る。
その記憶が、ルカの背中を押した。
香料職人と話をし、流通品ではない精油の中から特に質のよいものを数種選ぶ。
選んだのは、穏やかに香る白花のもの、深く甘い木の樹脂、夜の果実の香りと呼ばれる珍しい実のエキス。
どれも派手ではないが、瓶そのものも美しかった。
磨かれたガラスに、カシュマール特有の細工が施され、光を受けると内側から静かにきらめく。
「――香りは記憶に残る」
そう呟いたルカの表情は、どこかやわらかかった。
それが、あの日見た彼女の横顔と重なる気がしたからだった。
翌日、日差しの差し込む広間にアナスタシアが招かれると、そこにはすでに準備万端の顔ぶれが並んでいた。
テーブルには美しい包みや箱がずらりと並べられ、
中央の椅子に促されたアナスタシアが腰を下ろすと、
一斉に視線が集中する。
レティシアはうきうきと手を叩いた。
「では、プレゼント発表会、開・始!」
ミレイユが小さく咳払いして笑いをこらえ、バルドーは空気のように静かに壁際に控えている。
最初に進み出たのはルカだった。
包みを開き、柔らかな布張りの小箱を差し出す。
中には、小さな精油瓶が並んでいた。
それぞれ色合いが異なり、繊細な細工がほどこされた装飾ガラス。
「あなたが、あの夜に香りに目を細めていたから」
低く、少し照れを含んだ声で言う。
「この国でしか手に入らないものを、いくつか選びました」
アナスタシアの目がふっと和らぐ。
「ありがとう、ルカ。覚えててくれたのね」
頬が、自然と赤くなる。
次に進み出たのはゴドフロワ。
箱を開けると、同じ布で作られたストールが二枚。
手触りは繭のようにやわらかく、練香がほんのり香る。
「おふたりが並ぶと、風景になります。
お揃いというのは“贈り物”ではなく、“共有”なんですよ」
にこやかに語るゴドフロワに、アナスタシアはそっと目を伏せてうなずいた。
「……素敵です。とても」
そして、最後。
レティシアが大ぶりなリボンのかかった平たい箱を得意げに抱えて進み出る。
「さあ、お楽しみの本命よ!」
箱を開けた瞬間、広間の空気が変わった。
そこにあったのは――
絹のように柔らかな布でできた、透け感のあるランジェリー。
繊細なレースとサテンのリボン。
刺繍で花模様がほどこされた、極めつけの「白」。
「――ベビードールよ♡」
レティシアが言い放った瞬間。
ルカの顔色が変わり、鼻から勢いよく血が噴き出した。
「る……ルカ様!?」
ミレイユが慌てて手巾を出し、バルドーが一歩前に出ようとするも
彼自身も若干目をそらしている。
アナスタシアはというと、真っ赤になったまま硬直していた。
「え、ちょ、ちょっと……これは……」
「新婚って言ったら、これでしょ?」
レティシアは笑顔。
「アナって、意外とこういうの、持ってなさそうだったから♪」
ゴドフロワが横で頷く。
「レティの審美眼に狂いはありません」
「そうでしょ、ダーリン♡」
広間の空気が騒然とするなか、
ルカは手巾で鼻を押さえたまま、ゆらりと立ち上がった。
「……ありがたく、拝見いたしました」
「あら、気が早いわよ。まだ着てもらってないから!」
「やめてくださいレティシア様!!」
ミレイユの悲鳴混じりの制止が響き、
アナスタシアはうつむいたまま、小さく震えていた。
――だが、笑っていた。
耳まで真っ赤に染まりながら。




