21
翌朝。
ルカは予定より早く身支度を整え、ゴドフロワに呼ばれる前から応接室の前に立っていた。
落ち着かない様子で袖口を整え、扉が開かれると同時に一礼する。
「お時間、いただきありがとうございます」
「いやいや、どうぞどうぞ。座って、気楽に」
ゴドフロワは朝から派手な柄のローブをまとい、香水の香りをまとわせて椅子に深く腰掛けていた。
応接室には既に二人分の茶が用意されており、まるで“のろけを聞く場”として整っていた。
「それで…アナスタシア嬢のための、何か?」
ルカはすぐに頷く。
「はい。旅の思い出に、形に残るものを贈りたくて。
彼女がよく身につけるようなもので、特別なものを…」
「なるほど。で?」
ゴドフロワは片眉をあげる。
「お好みは?色、形、材質、香り。あるいは――」
「似合うものならなんでも好きです。いや、正確には、何を着ても似合ってしまうので選べず……」
ここからが長かった。
「朝起きた時の寝起きの表情も、午後の陽射しを受けて微笑んだときの横顔も、正直どのタイミングでプレゼントを渡すかすら迷っていまして。
できれば驚かせたいんですが、驚かせすぎると心臓に悪いかもしれませんし、彼女が驚いた顔もまた可愛らしいので――」
ゴドフロワは茶を一口飲む。止めない。むしろ楽しんでいる。
「わかりますよ。うん。僕もレティに骨抜きですから」
「……!」
ルカは思わず目を見開く。
「共感していただけるとは」
「ええもう、毎朝毎晩。彼女が笑えば世界が明るい。機嫌が悪ければ香料倉庫に閉じこもるしかない」
「素晴らしい奥方ですね」
「あなたもだいぶ末期です」
「そちらこそ」
ふたりは満足げに頷き合った。
会話の間、部屋の隅に立っていたバルドーは遠い目をしていた。
“口を挟めない”というより、“挟みたくない”。
おそらくこの部屋には、ツッコミという概念が存在しない。
バルドーはただ、静かにシャンデリアの一粒を見つめていた。
応接間には、煌めく宝石細工や織物、香水瓶、香り袋、指輪の原型、刻印前のアクセサリーパーツまで、所狭しと並んでいた。
その中央で、ルカとゴドフロワが並んで座っていた。
「……妻、か」
ぽつりと呟いたルカの声は、ごく小さかったが、その表情はまるで香り高いワインを口に含んだ直後のようだった。
「何度言っても……慣れない」
「でも言いたい」
「……はい」
「いいですねえ」
ゴドフロワは重々しく頷き、ふくよかな指で香茶をひとすすり。
「レティはね、毎晩、香油で私の頭を磨いてくれるんですよ」
「……頭を?」
「ええ、こう、ぐいぐいと」
「愛ですね」
「愛ですとも」
ルカがうっすらと頷き返す。
そのとき。
「勝負よ!」
派手な声が応接間の空気を破った。
レティシアが、ミレイユを小脇に抱えて突入してきた。
連れてきた、ではなく「抱えて」いた。
「ちょ、レティシア様!足が浮いてます!」
ミレイユが困惑の声を上げるも、レティシアは気にしない。
その目は狩人のように鋭く、悪戯っぽく光っていた。
「勝負よ!――アナスタシアの“いちばん欲しいもの”を当てた人が、勝ち!」
「ちょっと待ってください、いつの間にそんな……」
ミレイユは床に降ろされてからも唖然としていた。
「プレゼント会議をしてたんでしょう?」
レティシアがずんずんテーブルへ歩きながら、手を広げる。
「だったら、一番素敵な贈り物を決めましょう。もちろん、アナスタシアには秘密で!」
ルカとゴドフロワが同時に目を細める。
「つまり、“アナスタシア検定”というわけですか」
「負けられませんね」
ゴドフロワは香茶を置き、真剣な顔になる。
ルカもうなずく。
「それが出来てこそ夫です」
バルドーは静かに扉の外に退避しようとしたが、レティシアの目がそれを許さなかった。
「そこのあなたもよ、冷静な顔して観察してないで参加しなさい」
バルドーはぴたりと止まり、無言で扉を閉めた。
勝負は――始まった。




