20
応接室は外観以上に華やかだった。
低い卓の上には香茶が並び、甘い湯気がゆらめいている。
壁には絨毯が掛けられ、色彩が柔らかく光を吸っていた。
一行が腰を落ち着けると、レティシアはすぐに身を乗り出す。
視線はまっすぐミレイユへ向いていた。
「あなた」
指先で軽く示す。
「無事でなによりだわ」
軽い口調だが、声音には本心が混じっている。
ミレイユは驚いたように瞬きをした。
「覚えていてくださったんですか」
「当然でしょ」
レティシアは肩をすくめる。
「夜会の帰り、馬車へ向かうとき。あなたたち、やけに仲が良かったもの」
アナスタシアを見る。
「ああいう主従は目立つのよ」
ゴドフロワがくすりと笑う。
「目立つというより微笑ましい」
「どっちでもいいわ」
レティシアはひらりと手を振る。
そしてミレイユを上から下まで見て、にやりと笑った。
「それにしても」
間を置く。
「宝物を探して床板にハマるなんて、まるで猫ちゃんね」
応接室に一瞬沈黙が落ちる。
ミレイユの頬がみるみる赤くなる。
「……否定できません」
小声だった。
アナスタシアが吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
ルカは咳払いで誤魔化す。
バルドーだけが真顔だった。
レティシアは満足そうに笑う。
「でもいいじゃない」
香茶を一口飲む。
「猫は生きて帰ってくるものよ」
言葉は軽いのに、不思議と優しかった。
ミレイユは小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
レティシアはそれ以上触れなかった。
代わりに手を叩く。
「さあ、話は終わり。今日は宴よ」
ゴドフロワが苦笑する。
「まだ昼だよ、レティ」
「昼から楽しまなきゃ損でしょ」
屋敷の空気が一気に動き出した。
「今日は無礼講よ!」
そう言ってレティシアが手を打てば、客間の戸が開き、次々と来賓が招き入れられた。
装飾の豪奢な衣服に、香油をまとった貴婦人たち。
その合間を縫って、絃楽器と太鼓の音を鳴らしながら、現地の楽団が奏を始める。
邸宅の大広間が、たちまち音と香りと笑い声で満たされた。
「さあ、遠慮なんて必要ないわ。楽しみなさいな!」
言葉どおり、レティシア自身が真っ先にゴドフロワと腕を組んでダンスの輪に加わっていく。
一方そのころ、ルカはアナスタシアをそっとバルドーへゆだね、彼女の隣から静かに離れようとしていた。
「どこか行かれるんですか?」
ミレイユの問いに、ルカはふっと肩を竦める。
「……ゴドフロワさんと、少し話がしてみたくて」
その声がどこか歯切れ悪い。
「子爵家の取引や、運営の相談ですか?」
ミレイユが何気なく尋ねたその瞬間。
「いや、守備範囲がちが――いや、うん、そうなんだ」
慌てて言い直しながら、明らかに言葉を選び損ねたルカは
“失敗した”という顔のまま、そっと立ち去っていった。
残された3人は、一拍置いてから視線を交わす。
「……」
「プレゼントの相談、ですよね?」
ミレイユが微笑む。
バルドーが小さく頷いた。
「他に思いつきません」
アナスタシアは手元のグラスを見つめたまま、そっと笑った。
「……あまり無理しないで欲しいのだけど」
言葉は控えめだったが、その声音にはあたたかさがあった。
遠慮と嬉しさが同居する、不思議な感情。
「嘘の下手な旦那様なんて、素敵じゃないですか」
ミレイユがからかうように言った。
アナスタシアは少しだけ肩をすくめて、視線をそらす。
「……素敵かどうかは、さておいて」
そう言いながらも、頬はほんのり赤い。
バルドーは黙って天井を仰いだ。
目の前には金細工の見事なシャンデリア。
あまりに豪華で、見ているだけでため息が出そうだ。




