八十一話 過去のトラウマ
夕方のハーベルグ町にあるどこかの建物の一室。
ハンリンは窓から商店街で買い物している親子の様子を眺めていた。
「ねー…ザビー…」
「んー何?お姉ちゃん?」
「幸せって何なんだろうね…」
「さーわかんない」
ザビーの返答を聞きふーんと言い、親子の子どもが両親に何かを買って貰ったのか嬉しそうに笑っている様子を見てハンリンは少しクスッと笑う。
(あんなに喜んで…そんなに欲しかったのかな…)
お前らはどうして言う事が聞けないんだっ…!
いやっ…!お父さんやめて…っ!いたいの…!
…あんた達なんか生まれてこなければよかったのよ……!
「…っ!」
「…お姉ちゃん…?大丈夫…?」
突然ハンリンの脳内に過去の記憶が現れ出し、頭を抑えながら崩れていくと呼吸が荒くなり始めた。
「はぁ…!は…あっ…!いや…っ…は…!はっ…か…!」
「お姉ちゃん!?またか…っ!…早くグレッタさんのところに連れて行かなきゃ…!お姉ちゃん!手出して!」
ハンリンの元へ駆け寄り手を繋ぐと小刻みに震えている手を握りしめ黒い影を使いグレッタの部屋へ移動した。
「…これでよし。多少落ち着いたかい?」
「…うん…さっきより落ち着いた…」
ハンリンの腕に打った注射器を机の上に置きグレッタは注射を刺した場所をガーゼで押える。薬のおかげかハンリンの震えは治まっていた。
グレッタはガーゼで押さえた箇所に絆創膏を貼りガーゼをゴミ箱へ投げ捨てる。
「…はい、次はザビーだね」
「え?私は大丈夫だよ?」
「大丈夫なわけないでしょ…その首の傷…」
「首の傷…?」
ザビーはグレッタに指を刺された自分の首を撫でるように触った。すると手のひらに少量の血がついておりその後に痛みを感じた。モーガンに押さえつけた時に首を引っ掻かれ、同時にガラスの破片が入ったのだろう。
「いいから傷口見せて…あー…小さいガラスの破片が入ってるね…よく気づかなかったね…取ってあげるから我慢してなよ…」
グレッタは机の中からピンセットと小皿を取り出し、ザビーの首の傷から細かいガラスの破片をゆっくりと取り出していく。
出来る限り傷口を広げないようにはしているものの、破片のある場所が悪く取り出していく毎に少量ながらも血が垂れていく為ガーゼで拭き取りながら取っていく。
「…ねぇ…グレッタ…」
「動かないで…もう少しで終わるから…」
「……。」
グレッタの表情は普段とは違いかなり真剣だった。そして数秒後、全ての破片を取り除くと消毒液を手に取りガーゼに染み込ませ傷口をそっと触る。痛みに耐えようと目を瞑りビクビクしていたザビーだったが不思議と痛みを感じず消毒はすぐに終わり、絆創膏を貼ると首に包帯をぐるぐる巻き付けられた。
「苦しくないかい?」
「うん…ありがと…ねぇ…前から思ってたんだけど、グレッタって本当のお医者さんみたいだね」
ザビーは心の中で思っていた事をグレッタに話した。グレッタは机の中に道具を片付け、水道で手を洗う。
「…私が若い時変な事やらかさなければ多分今頃名門医だったよ…あん時の自分に言い聞かせてやりたいね…あんな事するなって…」
「…あんな事って?」
「…秘密」
「そっか…」
「それより、ハンリンとザビーは明日から安静にしてな?ザビーはまだしも、ハンリンは数日休んだ方がいい」
「わかった!ありがとうグレッタ!お姉ちゃん立てる?」
ザビーはハンリンに問いかけるとこくりと頷き、二人はグレッタの部屋から出て行った。
グレッタは机の中から「ハンリン観察日誌」を取り出しこう書き記した。
再び過去の記憶を思い出してしまったらしい。これで14回目だ。
原因は前回と同じく「家族」を見たからだ。ザビーの話から過去に両親から酷い虐待を受けていたみたいだからそれがトラウマになっているのだろう。
だが7回目までの時と比べると落ち着くのが早くなっている。それはいい事だがザビーはハンリンのような症状が全く無い。不思議だ…
パタンと日誌を閉じ椅子に深々と座る。
(…あの子…本当大変だな…まあ…最初の事と比べたらマシだし落ち着いてきてるのかな…)
「…いやだ!お母さんやだ!やめてよ!やだあぁああ!ああああ…!」
「お姉ちゃん落ち着いて!お母さんはもういないんだよ!?」
「いやあああ!触らないで!いやあああああ…!」
グレッタの脳裏にハンリンがベッドの上で過去の記憶を思い出し泣きじゃくりながら暴れている光景が浮かぶ。
「…くく…きひ…ひ…」
(ああ…いけないいけない…私は変わるって自分に言い聞かせたじゃんかよ…でも…我慢するとどんどん込み上げてくる…な…)
グレッタは必死に笑いを噛み殺そうとするが止まりそうもない為自分の指を噛み血が出るまで強く噛んだ。
「…はぁ…ひひ…ハンリン…あの時の私に会ってなくてよかったな…会ってたら今頃どうなってたんだろうね…?きひひ…」




