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ある妙な冒険者の手記  作者: 秋山秋
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第六十一話

 もちろん、目の前にいるワイヴァーンが、あの時とは別の個体だと理解はしているのです。


 それでも同じ黒い鱗。鋭い牙が並ぶ大きな口。蝙蝠のような被膜の張った大きな翼。巨体を支える強靭な足。長く太い首と尻尾。なによりも、その強者としての存在感。


 全てが、この鎧の素材となったワイヴァーンを思い出させてくれます。


 正確に言うなら、あのとき以上の威圧感を感じますね。なにせ餌にも困っていないようですし、体調は万全のようです。


「どうする?」


 この混乱するのも仕方のない状況でも、ボニファーツが声を掛けてきました。流石、場数を踏んでいるだけの事はあります。


 それでも悠長に考える時間はないでしょう。相手の食事が終わったら、そのまま帰ってくれる保証はないですしね。肉を喰い千切り、顔を大きく上げ喉を動かす姿を見ながら手短に答えます。


「ボニファーツは、皆を……あれは僕が喰らうよ」


 安心して貰うためにも、食事中の相手を、食べるって比喩で答えるぐらいの余裕は見せないとなのです。


 ボニファーツもフルフェイスの兜(ヘルム)なので表情は分からなかったですが、苦笑されたようです。大げさを肩に上げていましたしね。今いる中で一番の実力者グループのボス。それに捜索者たちとも共闘していたので、先導は安心して任せることができます。


 問題があるとすれば……。


「ヴァイデ……私たちは……」


 表情を見れば迷っているのは一目瞭然の、サラが聞いてきました。隣には同じような票所を浮かべるリコもいますね。

 

 関係が深かった僕ですら、サッシャの死には精神を揺さぶられたのです。仲の良かった二人には、厳しかったのでしょう。突然死が冒険者の常とはいえ、知っているのと体験するのでは、まったく違うものなのです。


「それを決めるのは……僕じゃないよ。でも……二人の選択を尊重する」


 ワイヴァーンの方を向き、二人に背中を向けながら答えます。内容は厳しいので、なるべく優しい声に成るよう努力はしたのですよ。


 二人が答えに迷っている間も、背後ではボニファーツは他の冒険者や捜索者に声を掛け、ワイヴァーンがいる道を迂回するように指示し、自分たちも動き始めました。


 他の冒険者の余っていた矢を貰って来たエルヴィーラが、自然と僕の隣に立ちます。一緒に逃げても良いのに、義理堅い事ですね。


「大きな魔法は打ち止めだけどね」


 口調を浮かべながら弓に矢を番え、いつでも射れる準備をしています。魔法はなくても矢で援護出来ると言いたいのでしょう。


「こちらも大技は無理じゃ。細かいのが1、2回じゃな」


 ゾルタンは役立たずなの確定。確かに予定通りに物事が運んでいないので、魔力が残っていないのも仕方ないです。


 攻略が開始されてから、混乱に告ぐ混乱なのですが、皆、ここまで纏まって行動出来ているのって凄い事だと思います。


「私達じゃ……足手纏いだわ。行くわよ、リコ」


 サラは僕の背中に声を掛けると、二人がボニファーツ達の方に入って行くのが気配で理解できました。二人とも凄く悔しそうな気配でしたが、生きていればこそですよ。その選択、僕は間違いとは思えません。


 食事を終えたの途中だったのか不明ですが、口元を血で濡らしたワイヴァーンが此方に顔を向けます。これだけの人間が動けば気になりますよね。


 その正面、20mほど離れていますが、視線を受けとめるように、白水晶の大剣(クリスタル・ソード)を構えた僕と、黒水晶の長弓(クリスタル・ボウ)を構えたエルヴィーラが立ちます。


 迫力があるのですが、気押されている時でもないですよね。


 あの時よりも強い個体ですが、僕たち装備が違います。それに今までの経験もありますしね。戦闘能力も知っていますし、負けるつもりはないのです。


 勝負は短期決戦になるでしょう。飛ばれたら負けですしね。いくら隠れる場所が多い街中でも、ボニファーツ達を追いかけられたら堪まったものではないです。


 先手を取られるつもりはないので、僕が真正面から走り出します。同時にエルヴィーラは僕を時計回りに迂回するよう動き始めました。


 両手で大剣を構えた僕が突撃してきたので、迎え撃つようにワイヴァーンが翼を大きく広げ威嚇してきました。


 そんな威嚇の間に距離を……って、違います。ワイヴァーンの狙いは威嚇でも飛翔でもなかったです。その広げた翼を前方の僕に向けて羽ばたかせてきました。その巨体を宙に浮かせる羽ばたきが巻き起こす強烈な風に、危うく飛ばされそうになるのを、尖った爪先で地面を強く差し耐えます。これでは進む事も出来ません。


 動きが止まると、羽ばたきを止め、体勢を崩した僕を、その巨体で押しつぶすよう突進してきました。これでは最初の目論見と逆ですね。結局先手を取られた形で、突撃して来る強大な気配を迎え撃ちます。


 残り5メートルを切った頃、僕も体勢を何とか立て直しますが、攻撃に移るのは不可能です。牙での攻撃を経過しましたが、ワイヴァーンは、その地点からジャンプし、太い後ろ足で僕を潰そうとしてきました。慌てて左に転がるように攻撃を回避します。


 タイミングは際どく、足の爪が、小さな火花を散らしながら少しだけ鎧を掠って行きました。回転の勢いを利用して立ち上がると、目の前に強大な尻尾が迫ってきした。


 何とか剣の腹で受け止めましたが、凄まじい衝撃に数歩後方に飛ばされます。


 爪先を使い転倒だけは避けましたが、ワイヴァーンが攻撃の手を休める理由はないですよね。更に噛みつき攻撃が迫って来ます。まったく戦い離れている敵は厄介です。


 一人なら確実に死んでいましたね。


 大きく開いた顎が迫るのを見ながら、確りと両手に力を込めます。その鮫のように並んだ牙が僕に届く前に、エルヴィーラが放った矢が、その眼に向かって飛んできました。


 それを確認したワイヴァーンは、慌てて顎を閉じ、頭を下げて回避しますが、これはチャンス。目の前で下がった顔を下から剣で叩きつけます。体勢を整える時間はなかったので、刃の方ではなかったですが、反対側も鈍器として十分です。


 両手に伝わる感触の硬さを無視して腕を振り抜くと、ワイヴァーンの巨大な顔が大きく反り返りました。


 その顔にエルヴィーラからの第二射。狙いは目ではなく翼の被膜。薄い被膜を切り裂くように矢が貫通していきます。


 さっきとは逆ですが、ここで手を緩めるなんてありえないのです。


 痛みに耐えて此方を睨むワイヴァーンを、フェイス越しに睨み返します。視線を交差させ、相手が自分を見ているのを確認すると、体を捻るように剣の腹で横っ面を叩きました。熱い鱗で覆われていても、生物である限り強い衝撃に耐えられるとは思えません。


 これで終わるとは思っていないですが、下と横からの衝撃に脳が揺らされたのか、ワイヴァーンの足元が少しふらつきました。少しだけなのは、長い首が衝撃を逃がしているからと予想できます。


 集中力が削げれば儲けもの。怒りに喉を鳴らして噛みつこうとしてきますが、相手は僕だけではないのです。


 単調になったワイヴァーンの攻撃は、エルヴィーラの良い的。さっき傷つけた翼に、再び矢が突き刺さりました。翼を集中的に狙っているのは、最大の武器である飛翔を封じるのが目的なのでしょう。


 この状況なら、僕は頭を集中的に攻撃し続けます。


 剣の動きを警戒していたのか、下から剣を振り上げると大げさに首を逸らして回避されますが、避けられるのが前提の速度で振るった剣は軌道を直ぐに変更。体も同時に動かすと首の横に回り込み、一気に太い首筋に刃を叩きつけます。


 回避後の動きを予想しての一撃が、太い首を切り裂き、血飛沫が飛び散ります。


 硬い鱗を切り裂く硬さと重さを持った相棒。前に同類を倒したのは伊達ではないのです。それでも首を切り飛ばすには至らなかったのは流石。傷着いた巨体を回転させるように動かし、全力で振り下ろして動きが鈍くなった僕を尻尾が強打しました。


 一瞬、息が止まりました。さっきと逆ですが、頑丈な装甲も衝撃からは守ってくれません。その勢いで吹き飛ばされてしまいます。


 反撃を経過し、息が出来ない状態でも歯を食いしばって立ち上がると、手放さなかった剣を構えなおします。


 幸運なことに反撃はなかったです。


 ワイヴァーンは翼をはためかせ、飛ぼうとしていましたが、被膜を第三の矢で大きく切り裂かれていたので、浮力を上手く得られない様子。地上戦は避けたいようですが、飛ばせる訳には行きません。


 ここが頑張りどころ。


 一呼吸分だけ呼吸が戻った瞬間、土煙が舞うワイヴァーンに突撃。元気な時の勢いと速度がないので、僕の接近に気が付くと翼の動きを止めます。そして僕の方を向くと口を大きく開きました。


 知っていますよ。ブレスですよね。


 この距離なら吐かれる前に……勝負するしかないですね。


 少しだけ状態異常耐性が発動しましたが、その頃には十分に射程です。ブレスのため動きを止めた頭に大剣を叩きつけました。確実に倒したと思える手応えを感じます。


 地面と剣で頭を叩き潰した後、尻尾の方に走り抜け距離を取ります。


 後ろに駆け抜けた方が、ブレスの範囲から逃げられると思ったのです。距離を取った後、小さく咳込むと血の味がしました。


 少し毒にやられたかもしれませんが、致命傷でもないと思いますね。後で薬は飲まないとですけどね。


 勝利を掴んでも、この後に死んだら、少し間抜けなのですよ。

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