第二十七話
ブラックワイバーンとの睨み合いは、不意に終焉を迎えました。いきなり巨体を捻ったかと思うと、凄まじい勢いで横から何かが接近してきます。慌てて白水晶の大剣の側面で受け止めますが、凄まじい衝撃に後方に吹き飛ばされました。ブラックワイバーン、その長い尻尾で薙ぎ払ってきたのですよ。
「ヴァイデッ!」
エルヴィーラの悲鳴のような声の後、空気を切り裂き飛来した矢がワイバーンの首に命中し炸裂しました。そのおかげで僕に噛みつこうとする牙の攻撃は外れたので、その間に急いで立ちあがり体勢を整えます。
ワイバーンも憎々しげにエルヴィーラを睨んでいましたが、前衛は僕なのですよ。一瞬外れた視線の隙間を縫うように駆け出し、距離を一気に詰めます。その頃には僕の接近に気が付いたみたいですが先手はもらいましたよ!
狙うのは、その大きな翼の付け根部分。擦れ違うように交差した瞬間、その関節部分に大剣を叩きつけました。確かな手応えとブラックワイバーンの悲鳴が同時に伝わってきます。それでも直ぐに反撃の尻尾が襲ってくる気配を察知したので、慌てて身を屈めました。ぎりぎり紙一重のタイミングだったのでしょう。頭部に被っていた兜が吹き飛ばされ、危うく首を持っていかれるかと思いました。
慌てて転がるように距離を取る僕の援護に、攻撃した翼の関節付近に、矢が命中し再度の炸裂音が響きます。
こうして数度のきわどい攻防を続けながら観察し続けていると、一つの違和感を覚えます。どうもワイバーンの体に小さな傷が無数にあるのですよね。それに最初からもっと高度を取れば、邪魔されなかったはずですし、最初の僕の攻撃も回避するなら止まる必要はなくて、飛び越えれば餌場に決めた町に侵入できたはず。
もしかして手負い?そう言えばモンスターの進攻も、これからの季節、餌が減って生存競争に負けたモンスターが新しい餌場を求めて移動しているって話ですし、つまりトロールやワイバーンを追い出すモンスターが遺跡の奥で誕生したってことでしょうか。
まぁ、縄張り争いに勝ったのなら、こっちに来ることはないと思うのですが、遺跡の奥深くに向かうときは注意しないとですよね。
攻防を重ねて、ワイバーンにダメージを蓄積していましたが、無傷で過ごせた訳ではないです。手負いっぽいので、絶好調の時には会いたくないですよね。鎧はかなりの箇所が破壊され、僕の体にも細かい傷が増えていますよ。目の前のワイバーンとお揃いですが嬉しくないのです。今のところ致命傷はないですけどね。
それはブラックワイバーンも同じで、新しい傷と、なによりも最初に受けた翼へのダメージで右側が力なく垂れ下がっています。関節部分を狙って正解だったですよ。これで飛ばれることはないと思うのですが、それでもまだ凶悪な気配は濃厚で、鋭い視線が僕たちを憎々しげに睨んでいます。
「ヴァイデ、残り3回」
一瞬の膠着状況の間にエルヴィーラからの声が届きました。少しでも時間を短縮するために短い単語ですが、意図は十分に理解できます。疲労の色も声色から見えましたしね。これは魔法での援護が残り3回ってことなのですよ。ちなみに矢の残り本数の場合、最後が「~回」ではなく「~本」になるのです。
その声に反応したみたいにワイバーンが動きました。これは尻尾での薙ぎ払いですね。でも、さすがに何度も食らったら、タイミングを覚えますよ。その動きの気配を察知した瞬間、体が動いていました。
接近する尻尾に向けて、大剣を上段から一気に叩きつけます。激しい衝突音に続き、大きく僕は吹き飛ばされましたが、ワイバーンからの追撃はない事は手応えから確信していました。悲痛なワイバーンの悲鳴。その長かった尻尾、中程から切断されて地面で跳ねています。
更に、痛みで暴れまわるワイバーンの首元へ、矢が命中しダメージを重ねます。本当は頭を狙ったようなのですが、激しく動いていたので首元に当たってしまったみたいです。外さないのが凄いのですけどね。
僕も無茶をしましたが、翼、尻尾と厄介な部分を潰しているので、後はじっくり時間を掛けてと考えながら体を起こしていると、周囲で数人の人間が動く気配を感じました。
どうも、今まで見ていた若い冒険者や捜索者が、弱ったと判断したのか、ワイバーンに突撃していったのです。何かを口々に叫んで主張しているみたいですが、意味が理解できません。それよりも手負いの獣が一番怖いって知らないのでしょうか。僕は慌てないで肩越しにエルヴィーラを見ると小さく頷き、大技の準備に入ってもらいます。
ワイバーンも体を起こすと、周囲を睨みつけるよう、接近してくる数名の男たちに向け、まだ距離があるのに薙ぎ払うように顔を動かしました。同時に感じる強い空気の動きで、距離を取った僕の髪もなびきました。
その口を大きく広げ、威嚇するように鋭い歯を見せながら。
その動きに警戒すれば、結果は変わったかもですが、男たちは勢いのままに距離を詰め……そして足が止まり地面に倒れ、苦しみだし悶えています。暗くて分かり難かったですが、僕のいる場所まで刺激臭がしたので、猛毒ブレスだったと思いますよ。
広範囲のポイズンブレス。それがワイバーンの奥の手だったのでしょう。無色とか性質が悪いですよね。でも、かなり体力を使ったのか、それ以上は動けないワイバーンを見た瞬間、僕は駆け出し距離を詰めていました。なるべく呼吸を止めて、接近しましたが、体に差すような鈍い痛みが襲ってきます。それでも耐えられないほどではありません。『状態異常耐性』のスキルも発動していますしね。
僕の接近に気が付いたワイバーンは、力を振り絞り、凶悪な牙で噛みつこうと攻撃してきます。でも、疲れた状態での攻撃なのですよね。それを迎え撃つように僕も剣を頭部に叩きつけた瞬間、今まで一番大きな激突音が周囲に響きました。
今回は僕たちの勝ちですっ!
大剣の重さと勢い、それに僕の筋力と速度が合わさった一撃が、ワイバーンの頭を地面に叩きつけ動きを止め、更にエルヴィーラの矢が、その頭部に深く突き刺さりました。直ぐに距離を取るとその頭部が激しく爆裂し、ついにワイバーンの生命活動を停止させることに成功しました。
周囲にはまだ毒が残っているので、急いでエルヴィーラの近くまで下がると、そこはもう川の合流地点が近く、本当に背水の陣を経験するとか思ってなかったですよ。
冒険者や捜索者の戦闘も終わっているようで、闊時の声が左右から聞こえますが、今は少しでも休みたいと、エルヴィーラと一緒に座り込んでしまいました。




