第十二話
水晶大蜥蜴との遭遇戦は続いています。
あれから何度、交差したかは覚えていません。時間にすると二十分も戦っていないと思うのですが、さすがの大型生物の耐久力。まだ立っている相手に、焦りを覚えてしまうのですよ。このまま体力差で押し切られるんじゃって嫌な予感が……僕の呼吸も粗いですし、汗も止まらない状況に、体力も限界が近いのが実感できて弱気になってきているのかもしれませんね。
透明だった水晶が赤みを増してから動きが早くなっているのですが、なんとか耐えられたのはエルヴィーラの援護のお蔭。それと外見からの予想ですが、基本的に変温動物なんだと思います。だから普段は日当たりの良い場所で、背中の水晶を使って日光から熱を吸収し蓄え、緊急時には使えるんじゃないかな?戦場が日陰だから少しずつ赤みが薄れ、動きも少しだけ鈍くなっている気もするのです。
矢での援護は、既に尽きていますが、それは仕方ない事です。相手も学習しているのか、黙って当たってくれませんでした。それでもトータルで七割は命中させてくれたのは、エルヴィーラの実力でしょう。
更にありがたい事に、サポートは徐々に正確さを増し、的確になってきていたのです。後半になればなるほど精度も上がって来ていたようにすら感じていました。それでも水晶大蜥蜴が、まだ僕よりも格上の生命体には変わらないまま。
正直、逃げ出せたら、どんなに楽だろうという考えも浮かんでくるので、そんな弱気は頭を軽く振って消していきます。
新品だった剣も鎧も、かなり傷んでいるのが理解できますが、そのおかげで大きな怪我は、今のところ負っていません。スタミナは限界に近いのですけどね。
かなりの箇所を焼かれ、大きな体の下には赤黒い血で染めながらも、戦意が衰えるどころか、僕たちを強い視線で睨んでくる水晶大蜥蜴。さすが、弱肉強食の自然界で生きているだけあり、本能的に、まだ勝てる相手だと認識でもしているのでしょうか、逃げる気配は見せていません。それに、その認識、僕も間違ってないと思うしね。
水晶大蜥蜴の何度目かの突進攻撃。さすがに慣れてきたのですが、スタミナが限界な状況じゃ、簡単に避ける事なんてできません。早い段階で側面に回り込むように動き回避しようとしたのですが、それが罠だったのです。
怪我や熱量の影響で速度が少し落ちてきていたので全力だと思っていたのですが、そうではなく余力を残しての突撃だったみたいで、通り過ぎると思った体当たり攻撃が急停止。そのまま大きく口を開け、無数の鏃のような鋭利な牙が不規則に並ぶ口腔内を見せながら身を捻るように噛みつき攻撃。
これには意表を突かれて、更にバックステップで回避しようとしたのですが、スタミナ不足から足が一瞬もつれて腰を小さく落としてしまったのです。
勢いよく近づく強大な口を見て、正直、死を実感してしまいました。
笑える事に、この瞬間思い出したのが、エルヴィーラの健康的に日焼けした凸凹のはっきりとした魅惑的な肢体。下半身に熱が集まる事すら分かってしまい、我が事ながら俗だなと苦笑が零れてしまいます。
そのエルヴィーラの悲痛な声も聞こえた瞬間、僕だけが死ぬんじゃないと覚悟を決めて水晶大蜥蜴を睨みつけます。僕が死んだ後、こいつはエルヴィーラを狙い……矢が尽きた状態で集中が必要な精霊魔法を使うには厳しい相手との戦闘なんて結果が分かりきっているのです。
回避は無理でもっ!
覚悟を決めると、腰を落としたまま両手に持った長剣を、口内に突きつけた瞬間、その力強い顎が閉じられるのとが同時でした。両腕に激しい痛みを感じながらも、更に体ごとぶつかっていくように押し込んでいきます。
「痛っ!……こ、これで……死ねー!」
こんな時、気のきいた言葉なんて出てきません。痛みに耐える意味もあり、大きな声で叫びながら剣を深く、相手の脳髄を破壊するために長剣を捻った瞬間、更に顎に力が、最後の力を振り絞って僕の腕をと思ったのでしょう。正直、一人だったなら両腕を失くしていた事でしょう。
だけど、この時の僕は一人じゃなかったのです。矢が尽きてから長い集中を開始していたエルヴィーラが、こんな状況でも火の魔法完成させ、水晶大蜥蜴の首に命中しました。強力な鱗で覆われた頭の一部分を抉るように吹き飛ばすような強力な一撃。その衝撃で口が小さく開き、苦痛で身悶えする動きで、僕は吹き飛ばされてしまいました。
両腕は血塗れでしたが、ブラックルフの硬皮で作られた手袋のお蔭で、まだ繋がっています。指先は少し痺れていますが動きます。
でも、まだ終わってないと、急いで上半身だけを起こすと、大きなものが倒れる音を聞き、そこに顔を向けると、口や爆発で抉られた傷口から血をあふれさせて倒れる水晶大蜥蜴の姿がありました。緊張の糸が切れ、起こそうとしていた上半身から力が抜けると、その僕の体を優しく抱きしめる柔らかな感触。鼻孔を擽る甘く感じるバラの香りと、流れるような赤紫の煌めきに目を奪われながら、なんとなくエルヴィーラが抱き起こしてくれているのが理解できました。
「大丈夫なの?傷……確認するわね」
最後の攻撃で、一気に魔力を使ったのか、まだ呼吸も荒く額に玉のような汗を浮かべながら、それでも駆け寄ってきてくれたエルヴィーラに上半身を起こされ、グラブも脱がせて貰うと僕の血だらけの腕を見てしまいました。
正直、見たら今まで戦闘中には興奮で感じなかった痛みが襲ってきます。それでも指を動かそうと思うと、意思通り動いたので神経は無事な見た目よりは浅い傷なのかもしれません。
「うん、指も動く……けど、やっぱり痛いや」
痛みから、つい泣きごとを零すとエルヴィーラが小さく笑って、ここまで持ってきていた背負い袋から、消毒用の薬草と傷に効く薬草の葉を傷口に張り付け包帯で巻いてくれました。
手当の間に、戦闘まで聞けなかった水晶大蜥蜴の説明を聞いたのですが、やはり強力なモンスターの一種で、普通なら最低でも一般的な五人の戦闘系冒険者が討伐に必要と言われているそうです。今回は幸運にも助けられたって感じだよね。
応急的な手当てをしてもらったとは、二人で水筒の水を飲んで少し休憩し、大人しく動けるようになるまで回復する事にしました。




