第十一話
あの狼たちからの襲撃から一日が経過したお昼過ぎ、それ以降は特に問題もなく岩山を登るように進んでいたのですが、岩が多い中腹近くに、少しだけ茶色い草が生い茂っている場所を発見しました。
左右を岩壁に挟まれた日当たりがよろしくない場所だけど、そういう所に好んで生える草なのかもしれないね。
左右の壁の幅は目測で20メートル近くあり、なだらかな丘になっていて道も真っすぐじゃないのですよ。見通しは悪かったのですが、周囲に今のところ別の生物の気配はなしなので安全だと思います。後は、その草の絨毯に近づいて目的の薬草かを確認なのです。
うん、細かい特徴を二人で確認し合った結果、これで間違いないって結論がでたので、二人で採取開始なのです。葉の部分が大事ってことで、後ろ腰に差していた短剣で少し硬い幹の部分を刈り取るように採取していきます。
エルヴィーラより僕の方が採取のペースが早いのは、単純に力の差だと思います。さすがに『剣術』のスキルは、この作業で発動してないみたいですけどね。
十本を一束としていたので、一束分集まると纏めて持ってきたタコ糸で縛って袋に入れて、また採取。三束も作ると単純作業だったし、腰も少しだけだるく感じたので、頭を上げると、少し先に採取するエルヴィーラのお尻が動いている姿が目に飛び込んできました。いや、この状況だし、マントも邪魔しているから、短いスカートの中とは見えないんだけど、何と言いますかラインが分かってしまっただけでもね、妄想しちゃうとか色々とあるのですよ。思春期なのですよ!
僕の視線に気がついたのか、いつの間にか動きを止めたエルヴィーラが、肩越しに僕を見ていました。
「ヴァイデはスケベなのね。でも、さすがに旅の間はダメよ」
フードを下しているので、悪戯な笑みを浮かべているのが分かるのですが、そんなこと言われると顔が真っ赤になっちゃうよ。妙に恥ずかしくなって、慌てて採取に戻った時でした。
その異変が起きたのは……。
不意打ち気味に上からの大きな気配を『気配察知』が捉えた瞬間、何か大きなものが後方に落ちる大きな音が聞こえ、反射的に立ち上がると腰の剣の柄に手が伸びました。
何が起こったのか確認しようとすると、ゆっくりと風に流されて晴れた土煙の向こうから、ソイツは姿を現したのです。
全長は6メートル近くもありそうな四足歩行の大きな蜥蜴。魂の記憶じゃ、コモドオオドラゴンって名前の動物に似ている気がするよ。その体表は岩のように堅そうで、周囲の岩肌と同じような色をしています。そして、なによりも特徴的だったのが背中一面に拳大の水晶の塊を一面に背負ったような外見。一瞬、その煌めきに目を奪われそうになったのですが、ソイツの空気を小さく吸い出すような呼吸音と、攻撃的な視線に気を引き締め直します。
庇うようにしていた背後のエルヴィーラからも緊張している気配を感じ、ゆっくりと腰の剣を抜くと両手で構えると、空気が張り詰めていくのが実感できました。
「気をつけて……水晶大蜥蜴だわ。基本的に雑食だけど……っ!」
エルヴィーラの小声での説明を聞きながら、小さく頷こうとした瞬間、目の前の水晶大蜥蜴が、先に動きました。さすがにこっちの都合に合わせてくれないようです。
その巨体に反して、かなりの速度で10メートル近くはあったと思う距離を詰めてきました。その逞しい四肢が出す速度と、見るからに堅そうな外殻を使っての体当たり攻撃。僕は、慌てて避けながらも、すれ違う瞬間に、腕の力だけで頭に剣を叩きつけ……そして、その硬さに腕が軽く痺れてしまいました。
エルヴィーラは、更に後方に下がって弓を準備しているのを視界の片隅で捉えたので、水晶大蜥蜴の注意を僕に向けようと思っての攻撃だったのですが、硬すぎですよ。
本能的に、この武器じゃ駄目だと思いながらも、こちらに視線がむいたので注意を逸らすことには成功したと安堵していると、不意に横合いから唸るような音と共に、何かが近づく気配。慌てながらも、なんとか剣の腹を割りこませて受け止める事に成功しましたが、その勢いは凄まじく、一気に体ごと数m吹き飛ばされ、地面に倒れこんでしまったのです。
エルヴィーラの悲鳴のような声が聞こえましたが、答える余裕もなく、何が起こったのかを確認しつつ、慌ててその場から転がるようにして避けます。
案の定、僕をその重みで潰そうと突進してきていた水晶大蜥蜴が、際どい場所を通り過ぎていったので、急いで立ち上がり剣を構え直します。
さっきの攻撃は、長い尻尾の一撃。剣で防いでいても、体の芯にまだ鈍痛が残っています。新しい堅皮鎧を装備してなかったら、骨も持っていかれたかも。僕一人じゃ勝てないのが分かっているのですが、今は少しでも注意を僕に向けないと、このままでは二人とも倒れる結果になりそうですしね。
エルヴィーラも十分に距離を取って、精神集中を開始しているみたいなので、水晶大蜥蜴を睨みつけます。僕の覚悟か、殺気でも感じたのでしょうか、ゆっくり振り向きながらも、こちらを観察してくる視線を感じました。時折見せる長い舌が憎らしいと思ってしまうのは仕方ないよね。
受けに回って先手を取られ続けるとこちらが不利なのは、さっきの攻防で理解できたので、僕から距離を詰めに飛び込みます。姿勢が低くても、僕の胸近くにある頭の正面に立つように接近すると、水晶大蜥蜴は、体を捻るように強靭な前足を振ってきました。その間合い一歩手前で足を止めて避けますが、攻撃は出来ません。
更に尻尾の追撃。しかし同じ手にやられるつもりはないのです。その太い尻尾も身を屈めて回避すると、空を切り裂く音と共に横合いから矢が飛来しました。本来なら水晶大蜥蜴には、なんの脅威もならない一撃。
蜥蜴は、そう考えたのかもしれないけど、それは早計なのですよ。
矢が水晶大蜥蜴の横っ腹に直撃した瞬間、周囲に響く爆発音と共に、激しい火炎が舞い硬い鱗に覆われた体を焼きます。あれが、矢に炸裂の魔法を付加させ、命中と射程分の魔力と集中時間を短縮するエルヴィーラ独特の工夫。でも、時間は短縮していても、集中はいつも以上に使うって言ってましたよ。そりゃ、矢が外れたら無駄になるから、凄いことだと理解できるのです。
尻尾攻撃直後の不安定な体勢では回避もできなかったみたいだね。囮としての役割は果たせていたと自画自賛。
しかし、その一撃で倒れるほど柔な体力ではなかったようです。僕としては黙ってエルヴィーラを狙わせるわけにはいきません。
バランスを崩している水晶大蜥蜴の脇腹、岩のような外殻とは違う蛇腹のようなそこに、思いっきり剣を叩きつけました。さっきと違う確かな手応えを感じながら苦しげな鳴き声を聞きバックステップで距離を取ります。
苦痛の呻きだと思う声を出している水晶大蜥蜴は、体勢を立て直すと、僕を睨みつけてきました。更に透明だった背中の水晶が、徐々に赤みを増していくのが見えました。
ここからが本番、覚悟を決めて両手で握った柄に力を込めると相手を睨み返し……でも、頬を伝う冷たい汗を拭う余裕、この時の僕にはなかったです。




