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 廃駅に戻る途中、湊は八に疑問を投げかけた。

「俺だけじゃなくて、ピャートゥイもナンセンスなんですか?」

 湊の言葉に対する返事は、すぐには返ってこなかった。

 声が小さすぎたのだろうか。

 それとも独り言だと思われたのか。

 湊が少し心配になってきてから、八は返事をした。

「ええ、お嬢もナンセンスです。こんなこと本人にはいえませんから。くれぐれもここだけの話にしておいていただきたい」

「まぁ、それはいいですけど。ピャートゥイもなにか自分に嘘をついているんですか?」

「それは秘密です。特に湊さんには」

 特に自分には、秘密。

 そういわれると気になるものだが、それは本人から直接聞けということなのだろう。

「八は、俺やピャートゥイのこと。なんでもお見通しなんですか?」

 湊は窓の縁で頬杖をついた。

「なんでも、とはいきませんがある程度分かります。経験からの推測ですが」

「そうですか」

 湊がそういうと八はそれに、と続けた。

「湊さんもお嬢も結構分かりやすい性格していますからね」

 湊は口を尖らせた。

「やっぱり俺、AIは苦手です」

「褒め言葉だと思っておきます」

 八の車体が道路の亀裂を乗り越えて激しく揺れた。

 ちょっと怒らせてしまったかな、と湊は思った。


 一時間もしないうちに湊は八に乗って廃駅に戻ってきた。

「さぁ、お行きなさい」

 八が停車し湊は後部ドアを開けた。

「ありがとうございます」

 八の言葉に頭を下げた湊はAI相手に何やっているんだろうと頭を掻きながら、廃駅の階段を上った。

 そして廃駅内のコンビニを覗き、ピャートゥイを探した。

 ピャートゥイは、湊が昨夜に寝ていた薄いカーペットの上で片腕を目の上に置き寝ていた。

 どう声を掛けようかコンビニの玄関で湊が悩んでいると「なんで帰ってきたの」と姿勢を変えずにピャートゥイはいった。

「その、やっぱり俺まだ帰れないから」

「帰れない。どうして?」

「やり残したことがあるから」

 湊はコンビニの中に入って行ってピャートゥイの横に立った。

 ピャートゥイは湊から顔を背けるように姿勢を変えた。

「あの写真に写った影を追いかけるの?」

「それもあるけど」

 湊は、ピャートゥイの顔を見ようとしたが顔を背けられているおかげで見えなかった。しょうがなく、行く当てのなくなった視線を棚に移した。

 棚に並べられたものはどれも子供向け、幼児向けに見える。

 ピャートゥイはなぜこんなものをこんなところで集めて大事にしているのだろうか。

 そんなことを考えているとピャートゥイは「他になにがあるの」と呟いた。

「それは……」

 湊は答えようとして口が乾いてきたことに気が付いた。

 湊は自分が素直な人間であると思っていた。

 素直でいることは楽で簡単なことだと思っていたのだ。

 しかし、すぐには言葉が出なかった。

 素直な言葉を口にするのはなんて難しいんだと湊は感じた。

 姉ヶ崎博士や八幡さん、青堀さんやニベたん。

 彼らの前では素直でいられたのに、なぜピャートゥイの前ではこんなにも素直な言葉が口に出せないのか。

 湊は分からなかった。

 湊が話始めるのを待っているのか、ピャートゥイは黙ったままだった。痛い沈黙が続いた。

 ふと、湊が棚から視線をピャートゥイに戻すとピャートゥイは立ち上がって湊を見つめていた。

 どこか不安そうな顔だった。

「ピャートゥイと……」

「私と……?」

 湊は自分の顔が赤くなるのを感じた。

 ピャートゥイのことを真っすぐ見れなかった。

「話が、したかったんだ。もっとたくさんのことを」

 本当にそれだけだろうか。いってすぐに湊は頭を掻いた。

 ピャートゥイのことを見れなかったので、ピャートゥイがどういう反応をしているのか分からなかった。

 ただ、コンビニの中は静かで、風の通る音だけが聞こえていた。

 湊は意を決してピャートゥイを見た。

 ピャートゥイはまたも湊に顔を背けていた。

 そしてすぐに向き直った。

 無表情だった。

「馬鹿ね」

「そうかな」

「ええ、すごく」

 すると、ピャートゥイはコンビニから出ていってしまった。

 呆れられてしまったのだろうか。

 不安を覚えて湊はすぐにピャートゥイを追いかけた。

「どこに行くんだい?」

「いったでしょ、私は私のするべきことをするって」

 二人は廃駅の階段を下り、八の止まったロータリーに戻ってきた。

「八、行くわよ」

 ピャートゥイは八に声を掛けると後部ドアを開けて八に乗り込もうとした。

 湊はとっさにピャートゥイの手を掴んだ。

「何」

「いや、ごめん」

 ピャートゥイは掴まれた手を振りほどこうとはしなかった。だが湊は手を離した。

「俺も行くよ。何をするのか知らないけどさ」

「嫌よ」

 そういってピャートゥイは八に乗り込んでドアを閉めようとした。

「うかりける、人を初瀬の山おろしよ、はげしかれとは、祈らぬものを」

 そう八のスピーカーから聞こえてきたのはピャートゥイがドアを完全に閉めきる前だった。

「え?」

 今の声は湊かピャートゥイか。分からなかったが二人がお互いの顔を見たのは確かだった。

「お嬢、湊さんを連れて行ったらいいのでは?」

「八……あなた、湊の味方をするのね」

 ピャートゥイは八の車内の座席に足を組んで座った。

「話し相手になるくらいなら、お嬢の行動に支障はないのでは?」

「それはそうだけど……というか聞いていたのね」

「聞こえてしまっただけです。私は少し耳が良いので」

 ピャートゥイは少しの間悩んだ後、ため息をついた。

 それは諦めの合図の様だった。

「ついてきたいなら勝手にすればいい。話がしたいならすればいい。私の邪魔をしないならもうなんでもいいわ」

 投げやりにピャートゥイはいいながら奥の席に座りなおした。

「ありがとう、邪魔にならないように努力するよ」

 湊は八に乗り込んで後部ドアを閉めた。

「お嬢、前と同じ場所で?」

「いえ、あそこは収穫無かったからいいわ。今日はまず大空洞を確認する」

 初めて聞く言葉が出てきた。

 大空洞。

 その言葉が文字通りの物を意味するのなら、フィフスウェルの地下にはそんなものが存在するということか。

 湊はそう思い、まだ見ぬその場所を想像して少し心を躍らせた。

 八はピャートゥイの目的地、大空洞に向けて走り出した。


 八が荒れ放題の道路を走る際の衝撃に揺られながら湊はピャートゥイを見つめていた。

 またこうしてピャートゥイと一緒に居られることに湊は喜びを覚えていた。

 自然と頬が緩んできたのを感じて湊は慌てて普通の表情を作った。

 そうしていると、窓の外を眺めていたピャートゥイがそのままの姿勢でため息をついた。

 だらしない顔をしていたのがバレたのかと思い湊は頭を掻いた。

「聞かないの?」

「え」

 なんのことだろうか。そう思った湊の心を見透かしたようにピャートゥイは続けた。

「大空洞。知らないんでしょ?」

 どうやらピャートゥイにだらしない顔をしていたことは、バレていなかったようだ。

「あぁ、いや。聞いても秘密っていわれるかなって」

「いわないわよ。どうせ今から行く場所なんだから」

 ピャートゥイは足を組みなおした。

「大空洞。それは千葉県の地下にある文字通りの空洞。元々は、空洞の真上にあるBSECCの所有していた何らかの施設」

 BSECC。湊は記憶を漁った。聞いたことがあるからだ。

 確か正式名称は、房総宇宙エレベーター管制センター。

 日本が開発した宇宙エレベーターの管理施設のはず。

 それ以上のことは、湊は知らなかった。

 だが、それだけ知っていれば違和感にはすぐに気づけた。

「なぜそんなところに大空洞があるんだろう。地上にあるのはただの宇宙エレベーターの管理施設だろ?」

「何があったのか。それはもう分からないわ。内部は壊れてしまっているもの。今じゃただの空洞」

「そんな空洞になんのようなんだい?」

「……秘密」

 結局それだった。

「大空洞まで何分くらいですか」

 湊が八にそう聞くと「無人機をよけながらですから四十分ほどかかるかと」と返事がきた。

 湊は座席に深く座り込んでピャートゥイを見つめた。

「まだ長そうだし、色々話していいかい?」

「どうぞ。その為に来たんでしょ」

 ピャートゥイは顔を湊に向けずにそういった。

「……」

「何。どうしたの」

「いや、いざ話すとなると何を話せばいいやら」

 湊は、情けない顔を隠すように窓の外を覗いた。

 いつの間にか八は、林に囲まれた道を走っていた。

「じゃあ、私から聞いてあげるわ」

 思いもしなかったピャートゥイの提案を受けて湊は姿勢を正した。

「ど、どうぞ」

「……何が好き?」

 随分と抽象的な質問だった。

「えっと、食べ物ならマキシっていうチェーン店のハンバーガーかな。よく買って家で食べてるよ」

「美味しいの?」

 ちらりと視線を向けるとピャートゥイは外に向いたままだった。

「うん。ちょっと値段が高い分しっかり美味しい」

「そう」

 そして沈黙。

 湊は自分に絶望しそうになった。

 なんてつまらない人間なんだと。

 もっと面白い話が出来れば、ピャートゥイだって興味を持って話を聞いてくれるのに。

 そう思って湊は両手で顔を覆った。

「ねぇ、他には?」

「え」

 ピャートゥイが続きを催促してきた。

 だが、話を聞き流されていると思っていた湊は、一瞬何のことだか分からなくなっていた。

「好きな物。他にないの?」

「あ、ああ。うん、ゲームとかも好きだよ。よくパソコンで通話しながらゲームしてる」

「友達、いるのね」

「もちろんっていいたいとこだけどネットの世界だけ。リアルだと友達いないんだ。学校にも行ってないし。作ろうとしてもなんだか上手くいかないんだ。なんでだろうね」

「さぁ?」

 また沈黙。

 湊は自分を呪った。

「ネットの友達ってどんな人なの?」

 ピャートゥイはそういって次の話を促してくれた。

 優しさを感じた。

「そうだなぁ。一番仲がいいのはニベたんってハンドルネームの女の人なんだけど……」

 一瞬ピャートゥイがピクリと動いた気がした。

「今時珍しい典型的なオタク気質な人なんだ。自分の事を拙者とかいうし、人のことは名前の後ろに氏をつけて呼ぶ」

 ニベたんとの付き合いは長かったので彼女について沢山話せそうだった。

 それに彼女の面白いエピソードは沢山ある。

 会話について、最高のパスを貰ったと湊は思った。

「それで……」

「もういいわ、他の話にしましょう」

 ピャートゥイは食い気味に話を止めてきた。

「えっと、彼女について面白い話があるんだけど……」

「興味ないわ、全くね」

 ピャートゥイは視線を湊に向けてきた。

 驚くほど不機嫌そうな顔をしていた。

 ニベたんの話がなぜ嫌なのか湊には分からなかったが、ごめんと謝った。

「それで、他は」

「じゃあ、完全に俺の趣味の話なんだけど今から約四十年前に作られた東浪見重工製のBGについて……」

 そうして湊は色々な話をした。

 レパートリーは少なかったが、ピャートゥイが所々で話を深堀するように質問してきてくれたので、湊は嬉しくなって沢山話した。

 しかし、話を聞き終わった後のピャートゥイの反応はそっけないものであった。


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