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湊は一旦落ち着くために、座ったまま自分のリュックの中から水入りのペットボトルを取り出して喉を潤した。その後、気になっていたことをピャートゥイに聞くことにした。
「あのさ、助けてくれてありがとう。俺、死んだと思ってた。それでさ、どうやってあの場を切り抜けたんだい?」
そういうとピャートゥイは湊の顔を見ずに話し始めた。
「あの時、襲ってきた無人機の足元が陥没したみたいで無人機は姿勢を崩して倒れたの。その隙に気絶したあなたを引っ張って離脱したわ」
湊は自分の情けなさに頭を掻いた。その後、湊はピャートゥイの体を、詳しくいうなら腕を見た。
細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。
湊がそう考えたのを見透かしたのか、ピャートゥイは言葉を付け加えた。
「私一人の力じゃないわ」
「協力者がいたのか。お礼をいわないと」
立ち上がろうとする湊に手を向けてピャートゥイは制止した。
「でも人じゃない」
「どういうことだい?」
「明日の朝、紹介するわ」
ピャートゥイとの会話はそこで途切れてしまった。
薄く光る小さなランプが部屋を照らし静寂が支配する穏やかな時間が流れた。
無言の時間は決して苦ではなかった。
話したいことは沢山あったがこの時間を壊したくなかったので湊は黙っていた。
なぜだか湊は、ピャートゥイと一緒にいるとそれだけで穏やかな気持ちになった。
どうやって帰ろうか悩んでいた気持ちも何とかなると思えるほどだった。
そうしているうちに、眠たくなってきた湊は欠伸をした。
「眠いのならそのままそこで寝ていいわ」
ランプの光に照らされながらそういうピャートゥイの顔は、今までで一番穏やかな表情に見えた。
「君は?」
「別に遠くに行ったりはしないわ」
そう、と呟いたあと湊は薄いカーペットの上で横になった。
湊は目を閉じた。するとピャートゥイがどこかに行こうとする気配を感じたので目を開けずに声を掛けた。
「寝る前に一つ聞いていいかい?」
「何」
「なんで俺を助けたんだい?」
少しの沈黙の時間が流れた。
「さぁ、なんでだろう……私にも分からないわ」
「そっか。……おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
そういうとピャートゥイはどこかに歩いて行ってしまった。
湊は遠くに行ったりはしないというピャートゥイの言葉を信じて眠ろうとした。
湊が眠りに落ちるまで色々なことが頭をよぎった。
明日、どうやって家まで帰るのか。そもそもここはフィフスウェル内のどこなのか。
明日もピャートゥイと共に行動できるだろうか。
何故、自分はピャートゥイと共に行動できることを望んでいるのか。
そのうち思考は闇に溶け、意識は夜に沈んでいった。
誰かが頬をつついている感覚で湊は目が覚めた。
「うん?」
ゆっくりと目を開くと目の前にはピャートゥイの人形の様な綺麗な顔があった。
「お、おはよう?」
「やっと目が覚めた」
なぜだか恥ずかしくなって顔を赤くする湊をよそに、何事も無かったかのようにピャートゥイはそういうと湊の前からどいた。
周りを見るとすっかり明るくなっていて、コンビニの外もはっきりと見えた。
コンビニの玄関からは駅の改札の残骸が見える。
廃駅という話は嘘ではなかったようだ。
湊が腕時計を確認すると、朝九時であった。
「昨日の協力者の話覚えてる?」
ピャートゥイにそう聞かれて湊は頷いた。
「紹介するからついてきて」
ピャートゥイはコンビニを出ていった。
湊は立ち上がり軽く背伸びと欠伸をするとリュックを背負ってすぐにピャートゥイを追いかけた。
ピャートゥイの後ろについて行って、駅の階段を下り、ロータリーの跡に着くと、そこには装甲車が止まっていた。
「彼が協力者の八三AC。細かい名前はもっとあるけど、私は八と呼んでいるわ」
「運転手じゃなくて、この装甲車が協力者?」
「そう。八、湊が目覚めたわ」
そういってピャートゥイは軽く装甲車を叩いた。
すると装甲車に付いたスピーカーから渋い男の声が聞こえてきた。
「湊さんですね。お嬢がお世話になっております。私はこの装甲車に搭載されたAI。お嬢と同じく八とお呼びください」
「呼び方には賛成だけど、お世話したのは私だから」
「そうでしたね」
二人が喋る様子を呆けて見ていた湊は、ピャートゥイの視線を受けてハッとした。
「八……さん。えっと、よろしくお願いします」
「なんで八にはさんをつけて私は呼び捨てなのかしら」
「いやぁ、この渋い声を聞くとどうも……」
湊は頭を掻いた。
ピャートゥイはため息をつき、「まぁいいわ」といった。
「それで、湊はこれから帰るんでしょ。八、県境まで送って行ってあげて。場所の詳しいことは湊、あなたが八に伝えて」
そういってピャートゥイは八の後部ドアを開けた。
「ちょっと待って、ピャートゥイは?」
そう湊がいうとピャートゥイは不思議なものを見る目を向けてきた。
「私は私のするべきことをするわ。湊が帰るのに私はいらないでしょ?」
それはそうだったが、湊はもう少しピャートゥイと一緒に居たかった。
なぜそう思うのかは分からなかったが。
「えっと、八さん。昨日の所からここまでどのくらいかかりました?」
「だいたい二時間半くらいですね」
「そっか、俺の元々の門限は十八時だったんだ。だからもし今行っても迎えは来てないと思うんだけど……」
「そうかしら。あなたを信じたうえで心配しているのなら、迎えの人は湊をずっと待っていると思うけど」
ピャートゥイの言葉は一理あった。
こんなことは初めてだから博士も無理して待っているかも知れなかった。
「さぁ、行動するなら早くした方がいいわ。乗って」
「う、うん」
湊はピャートゥイに背中を押されて、そのまま八に乗り込んだ。
装甲車に乗るのは初めてだった。中は思ったより広く、座席も柔らかくて快適であった。
「それじゃあ、湊。さようなら」
またどこか寂しそうな表情をしてピャートゥイはいった。
そんな顔をしていたのはきっと湊も同じであった。
「うん……さようなら」
湊の言葉を聞いた後、ピャートゥイが八のドアを閉めると八はすぐに出発した。
不思議な感覚であった。
荒れ放題なフィフスウェル内を装甲車に乗って移動している。
窓の外に見える景色は次々と後ろへ流れていった。
それを見ながら思い出すのは昨日、ピャートゥイと出会ってからのことであった。
無人機の残骸から出てきたピャートゥイを写真に収めて、その写真を巡って少し争って。
そして、湊は自らの上に馬乗りになってカメラを眺めるピャートゥイを思い出して、今更ながら顔を赤らめた。
「湊さん、どうしたのですか。顔が赤いようですが」
車内スピーカーから八の渋い声が聞こえてきた。
どうやら車内にもカメラか、それに準ずるセンサーが付いているらしかった。
そして、体調を気遣ってくるのはいかにもAIという感じだと湊は思った。
「いや、なんでもないです。ちょっと恥ずかしいことを思い出しただけですから」
「そうですか」
八は、そうして再び沈黙した。
暫くして、湊が窓の外を見ながら物思いに耽っていると八が声を掛けてきた。
「湊さんは、AIが苦手なんですか」
突然そう聞かれて湊は驚いた。
なぜ分かったのだろうか。
自分の態度はそこまで露骨だっただろうか。湊が色々考えているうちに八は言葉を続けた。
「昔、ここで戦争が行われていた頃。あなたと似たような人物を乗せたことがありました。その方がAIを苦手といっていたので、もしかして、と思い」
八は湊の返事を待つようにそこで話を止めた。
「そう……ですね。AIは苦手です」
窓の外を見ながら湊はそういった。
「そうですか。話は変わりますが、このまま進めばそう遠くないうちに県境に着きます」
突然なんだろうと思いながら、湊は八の話を聞いた。
「後悔はないですか?」
「え……?」
後悔はないか。
その言葉にどんな意味が含まれているのか湊は考えた。
フィフスウェル内でやり残したことといえば、巨大な影を追いかけられなかったこと、回収しようとしていた物を結局回収していないこと。……それにピャートゥイともう少し話がしたかったことだろうか。
「別に……」
湊がそういうと、八はまるで人間のように話し始めた。
「先ほどのAIが苦手な人の話なんですがね。彼はこうもいっていたんです。素直に生きるのが一番だと。自分にすら嘘をつくのはナンセンスであると」
「それが……?」
「私は、今のあなたとお嬢はナンセンスだと思います」
「素直に生きていないって?」
湊は視線を運転席に向けた。
そこには誰もおらず、ハンドルが自動で動いているだけだった。
「はい。後悔、やり残したこと。あるのでしょう?」
沈黙。
湊は、自分が取り返しのつかない世界に足を突っ込もうとしているような感覚を覚えた。
それを口にしたら今までの生活すべてが変わってしまうようなそんな選択肢。
だが湊は、八のいうナンセンスな生き方はしたくないとそう思った。
「八さん……」
「八で構いませんよ」
「八、戻って……くれませんか?」
「喜んで」
八はゆっくりと止まりそして来た道を戻る。
八の中で、湊の体と心は揺れていた。
この選択が正しいのかどうかは分からない。
ただ、今はピャートゥイともう一度話がしたかった。何かを決めるのはその後にしよう。そう湊は思った。




