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それで、と湊がいったのは二人が沈黙に包まれてから数分と経たないうちだった。
「ピャートゥイは?」
そう湊が聞くとピャートゥイは不思議そうな顔をした。
なにが、といいたげな表情だ。
「ピャートゥイはなんでここにいるのかって話。俺は話したからさ、聞かせてよ」
そんな湊の言葉をまるで聞こえなかったかのように無言でピャートゥイは歩いた。
顔すら湊に向けずに。
「ねぇ」
「秘密」
「え」
「教えないわ」
あんまりだ、そう思ったが湊は口に出さなかった。
だが、やはり抗議はしようと思った。
「自分だけ話すのは不公平だといったのはピャートゥイじゃないか」
「そうね、でも不公平と思うかどうか聞いただけ。湊がそれを不公平だと思ったから自分で自分のことを話し始めたのでしょう。私は湊の話を聞いたら自分も話すなんて一言もいっていないわ」
とんだ屁理屈だ。
湊は納得できないという顔でピャートゥイの顔を覗いた。
これ以上聞いても絶対に教えてくれないだろう、そう確信できる顔だった。
そしてまた少しの間、同じ道を行く二人の間に会話がなくなった頃。
先に口を開いたのはピャートゥイであった。
「本当にいつまでもついて来るつもりなのね。調査ってそんなに暇なものなの?」
ピャートゥイは道路の上の小さな亀裂を飛び越えながらそういった。
同じように湊もその亀裂を飛び越えた。
この辺りは地面が一部陥没していたり亀裂が走っていたりするため歩きにくくなっていた。
「実は今、さっきの写真に写った影を追っているんだ。調査の一環としてね」
「何か知っているの?」
ピャートゥイは湊が亀裂を飛び越えた先で湊の顔を見つめて待っていた。
「いや、何も知らないから追っているんだよ」
湊は困った様に両手を少し上げた。
「そう」
ピャートゥイは途端に興味を無くしたような反応をした。
「あ、もしかしてピャートゥイもあの影を追っているのか。そうでしょ」
「秘密だっていったでしょう」
否定しないということは中らずと雖も遠からずといったところなのだろうか。
「湊はどこに向かっているの」
「哲学?」
湊がそう聞き返すと今までで一番鋭い視線が返って来たので、素直に答えることにした。
「もちろん巨大な影が去っていった方だよ。時間制限ギリギリまで追いかけてみようと思ってね」
「ふうん、なんの当てもなく歩いている訳じゃないのね。それに、私に付いてきている訳でもなかった」
そういったピャートゥイは少し寂しそうな顔をしているように思えた。それは湊の願望がそう見せているだけかもしれないが。
「ピャートゥイはどこに向かっているんだい?」
「秘密」
ピャートゥイがそういうのと同時に湊も声を合わせてそういった。
驚いた様子でピャートゥイは湊をちらりと見た。
「これまでの経験からして、さすがにそういうだろうと思ったからね」
湊が笑顔を向けると、ピャートゥイは不機嫌そうに顔を背けた。
ふと、太陽の光が薄くなった。
どうやら太陽は大きめの雲の後ろに隠れたようだった。
道は雑草の生い茂る田畑より、建物の残骸の方が多くなってきていた。
ここらの建物の残骸には見覚えがあった。つまり湊がすでに来たことのある場所だということだ。
前に来た時よりいささか地面の亀裂や陥没が多く、より歩きにくくはなっていたが。
記憶にある場所だからなのか、それともピャートゥイという自分より年下に見える人形の様な可愛らしい少女が一緒にいるからなのだろうか、湊は気が抜けていた。
忘れていた訳ではないが、ここはフィフスウェルの内側。
戦争時代の無人機が蔓延る古戦場なのだ。
普通に道路の上を歩いていれば無人機と遭遇することは考えられることである。
しかし、湊がその音に気づいた時にはすでに後ろで十四メートルの無人機がセンサーを湊に向けていた。
「こいつ、突然どこから現れた!」
湊達が歩いていた道の近くには大きな地面の陥没地帯があった。恐らくそこに落ちた無人機が這い出てきたのだろうと予測できた。
湊は冷静にそう考えながらも自分の血の気が引いていく音を聞いた。
「まずい、ピャートゥイ逃げるぞ!」
そういって湊は走り出そうとするも、ピャートゥイは突然のことで呆けているのか走り出そうとしなかったので、湊は咄嗟にピャートゥイを抱えて走り出した。
「ちょっと、何するの!」
「何するもどうするも、逃げなきゃ殺されちゃうだろう!」
「私はいいから、一人で逃げなさい!」
「そんなふざけたこといってる場合か!」
担ぎ上げられたピャートゥイは湊から逃れようと暴れていたが、後ろに迫る無人機を見て大人しくなった。
「追い付かれるわ!」
「クソ!」
幸いなことに無人機は武装を失っていたので、湊達は銃でハチの巣にされることは無かった。しかし無人機はそれでも古い命令を守って、見つけた湊を踏みつけて殺そうとしていた。
「来る!」
ピャートゥイの言葉に湊は振り返って無人機を見た。
無人機が湊を踏みつぶそうと足を持ち上げているところであった。
避けられない。そう思う事しかできなかった。
次の瞬間、湊は目をつぶった。せめてピャートゥイを逃しておけばと思ったのは目をつぶってからであった。
そうして、湊が目をつぶってから来た感覚はピャートゥイが湊を押しのけて離れる感覚。その後、激しい電撃の音と衝撃波。
その衝撃波で宙を舞う間に目を開けた湊は、自分が立っていた位置の少し手前に無人機の足が振り落とされていたのを確認した。
そして、次の瞬間には地面に強くたたきつけられた。
「湊!」
ピャートゥイの声がした。
湊は安心した。
ピャートゥイは無事だったんだ、と。
体の打ちどころが悪かったのか湊の意識は急速に薄れていく。
目を開くことも出来ず、意識を失う前に最後の力を振り絞って湊は声を出した。
「逃げて……」
それは、ピャートゥイに向けた言葉であった。ピャートゥイが返事をしてくれたかどうかはもう分からなかった。
まず最初に手の感覚が戻った。
ほぼ無意識で湊は自分の体を手で触って確かめた。
体はあった。足も手も、もちろん頭も。
そうしているうちに意識がハッキリとしてきて、大きく深呼吸をして目を開いた。
空気は少し埃っぽかった。
そして薄暗い部屋の、汚れた天井が視界に入ってきた。
どうやらカウンターの上に置かれた小さなランプだけで部屋の中を照らしているらしい。
何がどうしてこんなところに居るのか分からなかったが、とりあえず湊は自分が死んでいないことを喜んだ。
硬い床に敷かれた薄いカーペットから体を起こし周りを見渡すと、湊の居る場所はコンビニか何かの跡を綺麗に整理して、人が暮らせるように再利用している場所だというのが分かった。
壁際に寄せられた棚には商品ではなく、つぶれた熊のぬいぐるみや子供向けの人形などが沢山飾られていた。
絵本や積み木などもあった。
他にも古い缶詰、粉ミルク、千葉県の観光ガイドブックなんかも。
それらは、埃が被らないように今でも大切に掃除されているようだった。
「起きたのね」
声の方を見るとピャートゥイが出入り口に立っていた。
「ここは?」
「廃駅の中にある施設。中を一時的に使わせてもらっているの」
「へえ、じゃあ棚に置いてある物はピャートゥイの物かい?」
「まぁ、そうね……」
そういった声はどこか暗い雰囲気を纏っていた気がした。
「にしても暗いな。今何時だろう?」
そういって湊は立ち上がり、小さなランプに近づき腕時計を確認した。
「嘘だ、二十二時じゃないか!」
「時間制限には間に合わなかった?」
ピャートゥイは湊の腕時計を覗いた。
「あぁ、とっくに過ぎてる……どうしよう」
湊は途方に暮れてその場に座り込んだ。
姉ヶ崎博士はどうしただろうか。
「明日の朝一番に帰ったら?」
「うーん……」
悩む湊はピャートゥイの言葉に空返事をした。
姉ヶ崎博士には、もしかしなくてもフィフスウェル内で死んだと思われてそうだ、と考える。なかなかに厄介なことになったのだと湊は確信した。
「湊」
そう湊が思考を巡らせていると、ピャートゥイがまた話しかけてきたので湊はピャートゥイを見た。
「何」
「見覚えない?」
「ここに?」
湊の言葉にピャートゥイが頷く。
湊はもう一度辺りを見渡した。
廃駅の中、コンビニの跡。
こんなところには来たことが無かった。
飾ってあるものにすら見覚えは一つもない。
「いや、初めて見る。そもそもフィフスウェル内でこんなところに来るのは初めてだよ」
湊がそういうとピャートゥイは湊から目を逸らしてそう、と一言だけ呟くのだった。




