10 分岐点
「お二方、着きましたよ」
会話というより湊の近況発表会のようになっていた車内に、渋い声が心地よく響いた。
「もうそんなに時間が経っていたんだ。気がつかなかった」
窓の外を覗くと荒れ果てた施設跡の入り口が見えた。奥には倒壊寸前という言葉が似合う大きな建物が見える。
「ええ、湊のおかげで退屈しなかったわ」
皮肉か本心か、正直ピャートゥイの真意は分からなかった。話をしていた時も、今も無表情だったからだ。例外としてニベたんの話をした時だけ不機嫌そうにしていたが。
ピャートゥイは後部ドアを開けて、八から降りていった。
湊も降りようとした時、目の前でピャートゥイが湊を見ていた。
「ねぇ、湊。やっぱりあなたは八の中に居なさい」
そういうピャートゥイの目は鋭かった。
「どうして」
「ここは、湊が気絶したあの場所よりよっぽど危険だから。よく無人機が集まってくる。その中には戦闘用の特殊な装備をした奴もいるわ」
「でも」
「でもじゃない。湊は私と話がしたかっただけなんでしょう。なら帰ってからいくらでも話を聞いてあげる。だからここに居て。いいわね?」
「危ないのはピャートゥイだって同じじゃないか」
「私は大丈夫。気絶した湊を連れて無人機から逃げたのは私。湊よりよっぽど平気よ」
有無をいわさぬ雰囲気だ。
今までで一番分かりやすい、もしかすると初めて聞いたピャートゥイの本音だと湊は思った。
「分かった、待ってるよ……」
「それでいいわ。じゃあ行ってくる」
ピャートゥイは後部ドアを閉めた。
湊は、歩いて施設跡に入って行くピャートゥイを八の窓から見送った。
戦地に赴く家族を見送る人間の気持ちが何となく分かったような気がした。
湊は背負ったリュックと一眼レフカメラを座席に置いた。
そして、他人に心配されるほどの己の弱さを痛感し座席に深く座り込んだ。
「八」
「なんですか」
自分の気持ちをただ誰かに聞いて欲しくて、湊は八に話しかけていた。
「ピャートゥイはなんであんなに強いんだろう……」
「そうあれと願われて生まれたから、でしょう」
その言葉の意味は、いまいちわからなかった。
だが今はそんなことどうでもよかった。
「俺は、なんでこんなに弱いんだろう」
「そう思い込んでいるからだと私は思います」
思う、か。
湊は大きくため息をついて窓の外を眺めた。
よく見ると朽ちた無人機がそこら中に転がっていた。
先ほど外を眺めた時に気づかなかったのは、草花が朽ちた無人機を隠すように覆っていたからだ。
すると突然、八が走り始めた。
「移動します」
「でも、ピャートゥイと合流出来なくなっちゃうんじゃ?」
「大丈夫です。それより、何かの駆動音がこちらに近づいています。恐らく車です。二台以上いますね。それに恐らく無人機ではないBGもいます」
車とBG。
こんなところに。
その時、湊の頭の中で記憶がフラッシュバックした。
「別のゲートから国の許可をとって正式にフィフスウェルに入った企業がある」
湊がフィフスウェルに侵入するときに警備員がいっていたことだ。
「ちょうど施設跡の入り口を一方的に確認できる林がありますからそこに止まります」
「あ、はい。分かりました」
少し移動して八は停車した。
そこは八のいっていたとおりの場所であった。
林の中からは外が見えるが、きっと反対側から見てもそこに装甲車が止まっているようには見えないだろう。
湊は、八のいう近づいてくるものを待った。
そして、そんな必要は無いが無意識に息を殺していた。
気付くと八はエンジンを止めていた。
元々ほとんど聞こえないようなエンジン音だったが万が一に備えてだろう。
数分もしないうちに重機関銃を載せた装甲車二台と大型トラック。それに二機の白いBGが現れた。
装甲車は八とは違うデザイン。
BGの方は見覚えが無い機体だった。二機とも巨大なBG用ハンドカノンを装備している。
そのハンドカノンには見覚えがあった。
五十ミリメートルハンドカノン、日本の自衛隊用BGにも正式採用されていた物のはずだ。
「湊さん、このロゴに見覚えは?」
湊の覗いていた窓に企業ロゴが映し出された。
「秋津大和の企業ロゴです」
東浪見重工と並ぶ日本の大手BG開発企業。それが秋津大和。
「装甲車とトラック、それにBG。すべてにこのロゴが確認できます」
「秋津大和の新型BGのテスト運用でもしているのか。こんなところで?」
湊がそう呟くのと同時に、二機のBGと一台の装甲車が施設跡に入って行った。
「ごめん八。俺、やっぱり行ってきます。ピャートゥイにこのことを伝えないと」
湊は椅子から立ち上がった。
「そうですか、大空洞の入り口はあの建物の先にありますよ。建物に入らなくても隅の方から裏にまわれるはずです」
「止めないんですか?」
後部ドアを開ける前に止められると思っていた湊は少し拍子抜けした。
「ええ、素直になれといったのは私ですから。ただ、死なないでくださいよ。お嬢に怒られたくないので」
「分かりました」
湊は後部ドアに手を掛けた。
「ちょっと待ってください。これを」
八がそういうと椅子の座面が開き、下から回転式拳銃と小さな懐中電灯が出てきた。
「俺、懐中電灯はともかく銃は使ったことないですよ」
「使えなくてもいいんです。お守りとして持っていってください」
少し迷った湊は渋々、ポケットに拳銃と懐中電灯を突っ込んだ。拳銃の重さに緊張感と不快感を覚えた。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けて」
湊は静かに後部ドアを開き外に出ると、ドアを閉めて素早く施設跡に近づいた。
まさか秋津大和のトラックや装甲車が止まっている正面から行くわけにもいかないので、彼らの見えない位置から施設の敷地を仕切るフェンスを乗り越えた。
湊は敷地内を、姿勢を低くしながら走り抜けた。
途中、雷の様な音が轟いた。倒壊寸前の建物前でBG二機が無人機と戦闘をしている音であった。その近くには装甲車が一台止まっていた。向こうが戦闘していたことと、荒れ放題の敷地内に背の高い雑草が都合よく茂っていたおかげで、湊は秋津大和や無人機に発見されずに済んだ。
倒壊寸前の建物を無視するように敷地の隅の方から裏手に回り込むと、大きな穴が目の前に現れた。
標準的なBGの高さは十四メートルだが、その穴はそれよりもっと高さがあるように見えた。横幅も相当だ。
地面は舗装されていた形跡があり、土が所々むき出しになっていた。
そして地下に降りるように緩やかに下っている。
荒れ方は経年劣化というより、誰かが意図的に破壊した様な感じであった。
穴の奥は暗闇だ。
何も見えない。
それでも湊は、足を踏み出した。
八に貰った懐中電灯で足元を照らしながら湊は穴を下った。
小さな懐中電灯の出す光は心許ないもので、湊は穴の中の暗闇が自分に迫ってきているかのような錯覚を覚えた。
早くピャートゥイと合流したかったが、大きな声で名前を呼ぶわけにもいかなかったので湊は注意深く歩みを進めた。
やがて地面は平らになった。
周りに光を向けても壁が見えない。
恐らくここが大空洞なのだろう。
どこかで水が滴る音がしている。
それ以外は無音だ。
先に進もうと湊は歩き始めた。
足音が嫌に響く。
少し進むと目の前に大型のコンテナが現れた。雑然と置かれたそれの中身を確認しようと近づいた時、湊は誰かに肩を掴まれた。
「うわぁ!」
湊は自らの肩を掴んでいる手を振りほどいて振り向き、懐中電灯の光を当てた。そこには呆れ顔のピャートゥイがいた。
「何してるの。私の言葉、もう忘れたの?」
「いや、そうじゃないけど」
「じゃあどうしてここに居るの」
「ああ、大変なことになったんだ。外に……」
そう話始めた瞬間、湊はピャートゥイに口を押さえられてそのままコンテナの中に押し込まれた。
「誰か来る」
ピャートゥイのささやきに、口を押えられたまま湊は頷いて懐中電灯の光を消しポケットにしまった。
するとすぐにBGが地面を踏みしめる音と複数人の足音が大空洞内に響いた。
コンテナの出入り口からピャートゥイと湊はそっと音の方向を覗き込んだ。
大空洞の入り口に先ほどのBGが一機、それにライト付き自動小銃を装備し武装した人間が三人いた。
「目標確認できず。空洞内の調査を開始する」
そんな男の声が響いた。
「まずいわね、ここにいたらいずれ見つかる。移動しましょう」
「どうやって」
「見つからないようによ。私が先導する」
ピャートゥイは左手を差し出した。
湊がそれを掴むとピャートゥイはすごい勢いでコンテナを飛び出し大空洞の奥へ走った。
湊は転ばないようにピャートゥイについて行くのがやっとだった。
自動小銃のライトに照らされることは無かったが、間違いなく足音は聞かれたと湊は思った。
やがて大空洞の奥の壁に辿り着いたころには、湊は肩で息をしていた。
ピャートゥイはというと、全く息を切らさずに辺りを警戒していた。
「ここまでくれば見つかるまでの時間は稼げたはず……。湊、この壁に右手をついて出口まで行きなさい」
「はあ……、ふう。ピャートゥイはどうするの」
息を整えながら湊はピャートゥイを見た。暗くて表情はよく見えなかった。
「湊が行く側の反対で奴らをおびき寄せるわ。その隙に逃げて」
「でも」
「それじゃ」
湊が何かをいう前にピャートゥイは行ってしまった。
また、湊は置いてきぼりになった。
せっかく一緒に逃げようと思ってきたのに、上手くいかないもどかしさを感じた。
仕方なく湊は壁に右手をつきながら大空洞の入り口に向かった。
大空洞を戻り始めて、ちょうど入り口まであと半分といったところで、BGや人の走る音で大空洞内は騒がしくなっていた。
「不法侵入者よ。そこにいるのは分かっている。無駄な抵抗はせずに姿を現せ」
遠くの方から先ほどの男の声が聞こえた。
声の方を見ると複数のライトが瓦礫の山に向けられていた。
そしてその影からピャートゥイが出てきた。
「こんなところに少女……?」
困惑する男の声が空洞内に響いた。
まずい状況だと湊は思った。
不法侵入者として秋津大和に捕まってしまっては、いくら未成年でも塀の中で一生を過ごすことになることだってあり得る。
湊は自分が見つかった訳でもないのに頭が真っ白になった。
そして残念ながら、どうするか考える時間は無かった。
湊が頭を真っ白にしている間にも状況は悪い方向へと進んでいた。
「ゆっくりと手を上げて」
男の声に従ってピャートゥイはゆっくりと両手を上げた。
ここまで来たら次にはもうピャートゥイの拘束を始めるだろう。
そう思った湊はポケットから回転式拳銃を取り出し、なるべく音を消して走り出した。
そして、ピャートゥイを取り囲んだ武装した人間がその包囲を狭め始めた時、湊は先ほどから声を発していた男の背後をとった。
流石に近づいてきた足音に気づいたようで、男はちらりと背後を見たが湊の行動の方が早かった。
「全員動くな!」
湊は男の背に銃口を突きつけた。
その瞬間、ピャートゥイを狙っていた全ての銃口は湊に向いた。
「鼠は二人いたのか……。皆、銃を降ろせ。一人は少女を見張っていろ。ああ、ライトだけは向けといてくれ、見えない」
男の合図で武装した人間たちは指示通りに動いた。
「少年。要求は?」
男は今の状況を何とも思っていないように話しかけてきた。
慣れている。そんな表現がしっくりくる。
「……そこの少女と俺を見逃してほしい」
湊は緊張でつばを飲み込み、乾いた口から声をひねり出した。
「少年」
男は優しい声で話しかけてきた。
「背中越しでも分かる、手が震えている。銃を使うのは初めてだな」
「……」
男はゆっくりと振り向く。
ヘルメットやゴーグルなどの装備で男の顔は見えなかった。
湊はそれでも男に銃口を向けていた。
「動くなと……」
「撃てるものなら撃ってみな」
「何を……」
男は湊の持つ拳銃を自らの腹に押し付けた。
「さぁ」
湊は拳銃の引き金に引掛けた指に力を込めた。
心臓が五月蠅いほど鳴っている。
今から、人を、撃つ。
湊は顔を背けて目をつぶり引き金を引こうとした。
その時、男の後方から短い悲鳴が聞こえた。
「なんだ!」
地面に転がったライトが微かに状況を映し出す。
ピャートゥイが体術で武装した人間を気絶させていた。
鋭い肘打ちを腹に叩き込み、よろけたところに回し蹴りを放つ。一連の動作は洗練された見事な動きであった。
自らを取り囲んでいた人間を気絶させ、ピャートゥイは湊と男の元に走ってきた。
「この!」
男がピャートゥイに右ストレートを放つと、ピャートゥイは最小限のダッキングでそれを躱し男の顎に向けて掌底を放った。
「がはっ」
ピャートゥイの攻撃をもろに食らった男はその場で気絶した。
そして、すぐにピャートゥイは唖然とする湊の手を取って走り出した。
しかし、走り出した先にはBGが立ちふさがっていた。
「止まれ!」
BGからそう声が響いてきた。
「湊、目をつぶって!」
「ま、まさかフラッシュグレネードとか?」
「似たようなもの!」
用意周到なピャートゥイの言葉通りに、湊は手を引かれながらも目をつぶった。
直後、激しい電撃の音が響いた。
「いいわ、全力で走るわよ!」
ピャートゥイの言葉で湊が目を開けると、目の前にいたBGが膝をついて煙を出していた。
その横を素早く通り過ぎ、湊とピャートゥイは入ってきた穴を駆けのぼった。
「はぁ、はぁ。ピャートゥイ……」
湊は息が苦しくなって、手を引くピャートゥイに声を掛けた。
「八のところに戻るまで我慢して」
息を切らさずにピャートゥイはそういった。
外の光が見えて、勢いのまま穴を飛び出すと穴のすぐ近くに待機していたBGと装甲車がいた。しかし突然現れた湊達に驚き、あたふたしている隙に横を通り抜けることが出来た。
幸いなことにそれが追ってくることもなかった。
「湊、どこから入ってきたの?」
「敷地の隅、建物、正面の、死角」
息が切れ、横っ腹が痛くなってきた湊はどうにか返事をした。
それからピャートゥイと湊は、湊が敷地内に侵入する際に乗り越えたフェンスを越えて、八の止まる林の中に逃げ込んだ。
湊はピャートゥイに手を引かれたまま、八に乗り込むと車内の床に俯せで倒れ込んだ。
「離脱します。荒っぽい運転になりますがご容赦を」
八はそういって急発進し、秋津大和が待機していた施設跡の入り口とは逆の方向へ走り出した。
湊は床に倒れ込んだままだった。
「はあ、はあ……」
「情けないわね」
ピャートゥイがどんな顔でそういったのかは見れなかった。
いい返す体力も顔を見上げる体力も湊には残っていなかった。
まさに全力で湊は走り切ったのだった。
「ねぇ、それでなんであの場にいたの?」
そうピャートゥイがいったのは、湊の呼吸が少しずつ落ち着いてきて座席に座る余裕が出てきた頃であった。
湊は座席に深く座り込み、深呼吸を繰り返した。
「ピャートゥイにさっきの連中、秋津大和が来たって伝えなきゃ危ないと思ってさ」
「私を助けに来たって訳?」
「情けないことに結局は俺が助けられたんだけどね」
「待ってなさいっていったのに、拳銃まで持ち出して……」
ピャートゥイは不満げな顔をしていた。
「ごめん、でもピャートゥイが捕まってしまうんじゃないかと思うとじっとしていられなかったんだ。だって……」
「私が捕まったらもうお話出来ないから?」
ピャートゥイは湊の言葉に先回りした。
しかし、湊は首を横に振った。
「一緒にいられなくなっちゃうからだよ……」
「え?」
湊の言葉にピャートゥイは足を組んで座ったまま固まった。
「会話だけじゃない、君ともっと一緒に居たい。弱くたって一緒にいてピャートゥイの力になりたいって、そう思ったんだ」
言葉の思いつくまま湊は話した。
湊自身も自分がそう思っていたのかと少し驚いた。
そして、その湊の言葉を聞いてピャートゥイは顔を背けた。
「ピャートゥイ」
「……」
顔を背けられたままだが、湊は勢いでいえることは全ていってしまおうと思った。
「君の目的が達成するまで。いや、してもずっと一緒にいたい」
「わ、わかった。わかったから」
ピャートゥイは慌てていた。
「俺と友達になろう!」
「は?」
ピャートゥイは、今までで一番驚いた顔を湊に向けてきた。
「湊さんは面白い人ですね。ねえ、お嬢」
八の言葉にピャートゥイは声にならない声を出していた。
「……そして信じられないくらい馬鹿ね」
「そ、そうかな」
「間違いないわ。私が出会った人間の中で一番の馬鹿だわ」
ピャートゥイは組んだ足の上で頬杖をつきながら、ため息をついて笑った。
「でも、気持ちは良く分かったわ。さっきの連中にも恐らく目を付けられているだろうし、湊ももう後戻りはできないだろうから、これからは私の友達として私の手伝いをさせてあげる」
「本当かい!」
「ええ」
湊は、ガッツポーズをとった。
それと同時にお腹が鳴った。
「あはは、そういえば昨日から何も食べてないや。お腹すいちゃった」
顔を赤くして頭を掻く湊にピャートゥイは笑顔を向けた。
「次の場所に向かう前に一度、あのコンビニまで戻りましょうか。フリーズドライの缶詰とかがあったはずだわ。八、お願い」
「かしこまりました」
八は、先ほどまで居た施設跡を避けるようにして廃駅に向かって走り出した。




