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湊は姉ヶ崎博士の運転する車に揺られ、フィフスウェルのゲートに向かっていた。
後部座席に座り、窓枠に頬杖をつきながら後ろに流れていく茨城の街並みを眺めていると、姉ヶ崎博士が口を開いた。
「十八時」
姉ヶ崎博士がいった時間が何を指しているのか湊はすぐに分かった。
「今回の門限ね。分かった」
門限を決めているのには理由があった。
まず、姉ヶ崎博士がいないと警備員がゲートを開けてくれない事だ。
それだけならスマートフォンを持っていって、帰る時間になったら連絡すれば済む話だが現実はそう簡単ではなかった。
フィフスウェル内では戦争時代に何者かによって使用された通信・センサー妨害電波が放たれたままになっており、通信は遮断され、機械のセンサーは弱体化し、内部から外部に連絡を取るのは難しくなっていた。
だから、事前に門限を決める必要があったのだ。
そしてそれは湊の行動の指針の一つになっていた。
フィフスウェル内をどこまで進むのか、いつ戻るのか。門限はそれを決める重要な要素であったのだ。
「準備」
姉ヶ崎博士は湊にそういった。
車は利根川にかかる若草橋の上を走っていた。
車の前方にはフィフスウェルと茨城を隔てる高い壁と警備員が常駐しているゲートが見えた。
車がゲートまでたどり着き止まると、警備員が飛び出してきて車の運転席の窓を叩いた。
姉ヶ崎博士は運転席の窓を開けた。
「お爺さん、ここから先は通れないよ。引き返してくれ」
「分かった」
慣れたようにそういうやり取りを姉ヶ崎博士と警備員はした。その後、すぐに警備員は胸に付いたマイクの電源を切った。
「博士。今日はあんまり日が良くない。悪いことはいわないから別の日にした方がいい」
車の中に顔を突っ込むようにして警備員は博士の耳元で囁くようにそういった。
「何故」
「別のゲートから国の許可をとって正式にフィフスウェルに入った企業がある。そいつらの影響か県境近くの無人機たちが騒いでやがるんだ。いつも以上に中は荒れているぜ」
「そうか」
姉ヶ崎博士は心底興味が無さそうにそう相槌を打った。
「貰うもん貰ってるから文句はいわねぇが、いいのかい?」
顔をしかめた警備員はルームミラー越しにちらりと湊を見た。
湊はそれに気づいてないふりをしてゲートの奥を覗いた。
遠くに無人機たちの放つ光らしきものがまばらに見えていた。
ゲートから無人機の光が見えるのは珍しいことであった。
警備員のいうとおり、中はいつもより荒れているらしい。
姉ヶ崎博士が頷くのを見た警備員はため息をついて顔を引っ込めると胸元のマイクの電源を入れた。
「あーあー。聞こえるか。またマイクの電源が勝手に切れたみたいだ。不良品だな、こりゃ」
そう胸元のマイクに呟くと警備員はその場に立ち尽くした。少しの間そうした後、警備員は湊に向かって人差し指を立てて回した。
それはカメラやセンサー類を一時的に止めてフィフスウェルに侵入できるようにした合図であった。
湊はそれを見ると静かに車から降りて、人一人分開いているゲートを通り抜けた。そして、フィフスウェル内を走った。
しばらく走って、ゲートから離れた所にある無人機の残骸の裏で、湊はゲートを覗いた。
フィフスウェルの内側からゲートを見ると、ゲートの上にカメラやセンサーに加えて大型対物銃が付いているのが見えた。
無人機がゲートを越えようとするものならあれで破壊するのだろう。
ゲート内では先ほどの警備員が引き返していく姉ヶ崎博士の車を見送っていた。
「今は十一時三十六分。よし。行くか……」
腕時計を確認し深呼吸をした後に湊はそう呟いて、フィフスウェル内を歩き出した。
フィフスウェル内は千葉県だった頃の名残が、いつか人が戻ってくるのを待つかのように残っていた。
それは長い間整備されておらず車の代わりにヒビが走っている道路であったり、電気の通っていない街灯であったり。
背の高い雑草の生え盛る田畑もそうだ。
他にも何の建物だったかは分からないが、確かにそこにそれが存在していたことを示す瓦礫の山が所々にあった。
そんな瓦礫の山と田畑の雑草の間を湊は進んでいた。
いくら湊の目的が無人機の調査であるとしても無人機に見つかったら命は無いため、道路の真ん中を通るようなことはせず、湊は物陰を伝うように周囲を警戒しながら慎重に歩いていた。
無人機は戦争当時の命令を忠実に守り続けている為、人をセンサーで捉えるとその命を奪おうと襲い掛かって来るのだ。
一時間ほど歩いて、入ってきたゲートからもすっかり離れてきた頃に湊は一つの場所に密集する高さ十四メートルほどの無人機達を見つけた。
珍しい、そう思いながら瓦礫の山の影に隠れて一眼レフカメラを構える。
無人機は計四機、それぞれが別の種類の無人機の様であった。
人がいないのに無人機が一か所に集まることはなかなか無い事だった。
湊はその場の無人機が全て写るように写真を撮った後、それぞれを個別にズームしてもう一度写真を撮った。
写真を一通り撮り終わり、その場を後にする前に湊は無人機が集まっている場所の中心をカメラでズームしてみた。
何故そんなことになっているのか気になったのだ。
するとそこには何かの装置が付いた比較的新しめに見えるマネキンが置いてあった。
無人機に搭載されているAIはマネキンと人間くらいなら簡単に見分けることが出来るはずだが、マネキンに装着されている何らかの装置によってその見分けがつかなくなっているようであった。
ますます珍しく感じる光景に湊は少し興奮した。
そしてゲートの警備員がいっていたことを思い出した。「別のゲートから国の許可をとって正式にフィフスウェルに入った企業がある」と。
その企業の人間が陽動や囮の為に使ったマネキンかも知れないと思った。
しかし、まさかこんなすぐに別の人間の痕跡を発見することになるとは思っていなかったので湊は僅かばかりに不安も感じた。
フィフスウェル内で人間に遭遇することは良いことではなかったからだ。
それは、相手が正規の手続きで入った人間なら尚更であった。
人間に遭遇するという事自体、無人機に見つかることの次に気を付けなければいけないことだ。
なぜなら、正規の手続きでフィフスウェル内に入った人間には不法侵入者を通報する義務があり、もし通報し不法侵入者を確保した場合、少なくない報酬金が通報したものに国から支払われるためである。
見つかったら決して逃してもらえないという点では人間も無人機も変わらなかった。
一応、マネキンも写真に収めておいて湊はゆっくりとその場を後にした。
無人機が集まっていた場所を大きく迂回するようにフィフスウェルの奥へ進んでいると、ひび割れた道路の上に倒れている無人機を見つけた。
その無人機からは黒煙と火花が出ており、つい最近まで動いていたことが分かった。
一眼レフカメラで遠くから無人機を撮影・観察して動かないことを確認すると、湊はその倒れた無人機にゆっくりと近づいた。
無人機は胴体に大きな穴が開いており、それが致命傷になり倒れたようであった。
武装は全てパージしたようで無くなっていたがセンサー類はほぼ無傷であり、湊は帰りにこれを回収しようと思った。
センサー類の他にも回収出来る物が無いか注意深く確認していると、突如遠くから爆音が鳴り響き突風が吹いた。
まるで近くに雷でも落ちたかのような体を貫くその音は、湊の聞いたことのない音であった。
湊は吹く風を避けるかのように素早く体を無人機の残骸の陰に隠し周囲を見渡す。
しかし、音の発生源と思わしき物は確認できなかった。
一度諦めて陰から出ようとしたその時、更なる突風と共に頭上に超巨大な影が現れた。
通常の無人機は十四メートルほどの大きさだが、影はそれよりも圧倒的に大きく感じた。そのうえ空を飛んでいた。
湊は咄嗟に一眼レフカメラを構えた。
そしてその影を写真に収めることに成功した。
影は風を巻き起こし一瞬で彼方に消えた。
まるで夢でも見たかのような感覚に襲われたが、湊の一眼レフカメラの写真が今起きたことが現実であることを物語っていた。




