4
それが出てきた時、湊はすぐに自分が夢を見ていることに気が付いた。
何故なら、現実には既に存在していないものが出てきたからだ。
それは、湊の両親だった。
湊を暖かく抱きしめる母親と優しく頭を撫でる父親。
両親の顔や姿はぼんやりとした霧のようなものに包まれてよくは見えない。
まったく現実感の無い、まさに夢であった。
湊には両親に関する記憶が一切無かった。
だがそれが夢というものだからなのか、二人が両親だという事だけは分かった。
湊の両親は、湊が物心つく前に起きた戦争に運悪く巻き込まれて亡くなった。
その戦争は、とある新興宗教団体から生まれたテロ組織が起こしたものだった。
テロ組織が起こしたからといって「テロ」だなんてものではなく、世界各地で戦争と呼べるほどの大規模な戦いが繰り広げられたのだった。
なぜそんなことが起こったのかを問うのなら、答えは時代が悪かったからであろう。
止まらない人口の増加、それに比例するように膨れ上がっていく食糧問題。縮まることのない貧富の差。地球環境の悪化。AIの活躍による雇用の縮小。それ以外にも色々。その時代において、人類はある種の閉塞感に包まれていた。
ダークマターの部分的な解明と各国の宇宙エレベーター開発による人類の根本的なエネルギー問題の解決が引き起こした前の戦争からたった二十年しか経っていない当時の世界では、人は皆何を信じて生きていけばいいのか分からなくなっていた。
その弱った世界中の人の心にテロ組織の元となった新興宗教団体が入り込んだ。
テロ組織とその新興宗教団体は、厳密にいえばすでに違うものとなっていたのだが根底にある考えは同じであった。
だからこそ戦争の火種は世界各地で燻り、テロ組織が優しく風を流すだけで激しく燃え上がり戦争が起きたのだった。
湊と両親は日本で唯一、その戦争で地上戦が行われた千葉県に住んでいた。
千葉県は日本に存在していた潜在的なテロリストと海を越えてやってきたテロ組織の標的になった。
千葉県には日本で開発・管理されていた宇宙エレベーターの重要拠点があったからだ。
テロ組織は、人型二足重機BG の発展形である自律AI搭載の陸上無人戦闘機を世界中の戦場に解き放った。
それは千葉県も例外ではなかった。
その結果、千葉県は一カ月も経たずに瓦礫と焼け野原が広がる地になったのだった。
戦争が終わった現在においても千葉県には、当時の無人機が闊歩している。
それは無人機が無尽蔵にエネルギーを生み出す機関を搭載しているうえに、テロ組織から彼らに終戦を告げるデータが送られることが無かったからだ。
そのような場所は世界各地に存在しており、それらは総じてダークウェルと呼ばれている。
日本に存在するダークウェルである千葉県は、世界で五番目に出来たことからフィフスウェルと呼ばれていた。
今では千葉県を千葉県と呼ぶのは戦争前を知っている大人だけであった。
湊はそんな場所で拾われた。
なぜそうなったのか。その経緯を湊は知らないが戦争で両親だけが死に、たった一人生き延びた湊は姉ヶ崎という苗字の博士に拾われて育てられた。
姉ヶ崎博士は、一言で表すと「不思議なおじさん」であった。
湊が幼い頃、姉ヶ崎博士に最初に抱いた印象がそれであり、それは湊が十七歳になった今も同じであった。
湊は姉ヶ崎博士について、彼がAIやロボット関連の研究者であるということを彼の仕事を手伝ううちに知った。
しかしそれ以外の事。家族構成、詳しい仕事の内容、そもそもなぜ自分を拾ったのか。それらを姉ヶ崎博士は語らなかったので湊は何も知らなかった。
そして湊も姉ヶ崎博士にそれらについて聞くことは無かった。
教えてくれていないのは聞かれたくないからなのだろうと薄く感じていたからだ。
姉ヶ崎博士が教えてくれたものといったら、湊の名前について。
他に、フィフスウェルに入る方法などだった。
ふと湊の夢に両親以外の人影が現れた。
短いブロンドの髪、長いまつ毛、碧色の瞳、まるで人形の様な少女だった。
見た目の年齢は湊より少し下くらいに見えた。
突然現れたその人形の様な少女は、こちらをじっと見つめていた。
少しも表情を変えずに。
しかし、少女の碧色の瞳の奥から何か感じるものがあった。
それは、寂しさや悲しみに似た感情だった。
なぜ少女が自分を見てそう思うのか湊には見当もつかなかった。
友達になりたいと思った。
友達になって互いの事を伝えあい、少女の瞳の奥に溜まるその感情を解き明かしてみたいと湊は思ったのだ。
湊は少女に手を伸ばした。
するとその時、部屋のドアを叩く音がして周りを見渡した。しかし夢の中特有の空間にはドアなんてものは存在しない。
湊は音が現実の部屋のドアを叩くものだと理解した。その瞬間、今まで見ていた夢のほとんどを忘れて湊は目を覚ました。
湊は椅子に座ったまま腕を枕代わりにし、パソコンのキーボードを押しやって机に突っ伏し寝ていた。幸いなことに涎を垂らしてはいなかった。
気だるい体を起こして腕や首を回し、関節から音を鳴らしながら欠伸をすると、また部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
「はい」
湊がその音に対して返事をすると静かに部屋のドアが開かれた。
「仕事」
そういいながら顔を覗かせたのは姉ヶ崎博士であった。
「……今行く。資料整理?」
目を擦りながら欠伸を噛み締めるように湊がそういうと姉ヶ崎博士は首を横に振った。
「調査と回収」
その言葉だけで湊は仕事の内容を理解した。
姉ヶ崎博士がそういう時は、湊がフィフスウェル内に入り現地の無人機を調査・撮影。必要があれば無人機の残骸に残るチップなどを回収する仕事をする時であった。
しかし一般人がフィフスウェルに入ることは国から禁止されており、侵入するのは困難を極める。
フィフスウェルに面した各県境には高い壁が設置されていた。最新仕様の、妨害電波などの影響を受けない動体センサーとカメラによる監視。いくつかあるゲートは武装した警備員によってフィフスウェルに侵入する者、または外に出る者が現れないように厳重な監視体制が敷かれている。海上にも最新仕様のセンサーがあり、近隣の港にはいつセンサーが作動しても動けるように軍艦が停泊している。
そんな入ることも出ることも難しいフィフスウェルだが、人が管理している以上抜け道があった。
姉ヶ崎博士は彼独自のルートを使ってゲートの警備員を買収しており、正面から入ることが出来たのだ。
湊がフィフスウェルに入るのは姉ヶ崎博士が裏で請け負っている仕事を、年齢的に厳しくなってきた姉ヶ崎博士の代わりにこなすためであった。
「車で待ってて。着替えたらすぐ行く」
湊がそういうと、姉ヶ崎博士は頷いて部屋から出ていった。
湊は窓際まで歩き、外の光を遮るカーテンを勢いよく開けた。
外の天気は生憎の曇天だった。
しかし机の前まで戻り、置いてあるスマートフォンで今日の天気を確認すると午後からは晴れの予報だった。
雨が降らないでくれて助かったと思いながら湊は部屋着をベッドの上に脱ぎ捨てた。
クローゼットの中から灰色の作業着を取り出し着て、ポケットに方位磁石を突っ込む。そしてネックストラップの付いた一眼レフカメラを首から下げた。あとは腕時計を右手に着けて水入りのペットボトルが一つ入ったリュックを背負い、いつもの準備が完了した。
ふと湊は一眼レフカメラの残り容量が気になり、それを起動し中を確認した。
湊の持つ一眼レフカメラは、姉ヶ崎博士から仕事用に借りている物であり、姉ヶ崎博士が使っていた時代の様々な写真が残ったままになっていた。
容量の確認は無事終わったが何となくの好奇心で湊が古い写真を確認していると、赤ん坊の写真が出てきた。
その写真にはネームプレートの様な物が一緒に映っており、そこには「竹岡湊」と書かれていた。
今まで仕事で使っていたのに、カメラの中に自分の赤ん坊のころの写真が入っている事に気づかなかった湊は、それを少しおかしく感じてくすりと笑った。
「よし、行こう」
満足した湊は、カメラをスリープモードにして家の外に向かった。




