30
湊が、無力感にさいなまれながら頭の中を空っぽにしようとしていると、簡易キャンプに足音が響いてきた。
足音は二人分。
誰だろうかと確認するために湊は目を開けると、腹部の痛みに耐えながら立ち上がり、足音の主を待った。
簡易キャンプに現れた足音の主はイブキとナミハナだった。
「おわ、雑魚雑魚湊。起きてんじゃん。雑魚雑魚~」
湊が起き上がっているのを見るや否や、ナミハナはそういいながら湊の元に駆け寄ってきた。
「傷は大丈夫か?」
イブキはゆっくりと歩いてきた。
相変わらずイブキの表情はゴーグルで隠れてよくわからない。
だが、声の雰囲気からして疲れているようであった。
よく見るとナミハナも元気に振舞っているものの疲れが顔に見えた。
「傷は平気です。あれから、どれくらいたったんですか」
「湊君が気絶してからか。丸一日といったところだな。もうすぐ日暮れだ」
今居る簡易キャンプからは窓が見えなかったので太陽の位置すらわからず、そんなに時間が経っていたのかと湊は驚いた。
そして、自分が腕時計をしていることに今更気がついて、湊は少し恥ずかしくなってイブキから腕時計を隠すように服の袖を伸ばした。
「俺達は大空洞周辺まで威力偵察に行ってきたんだ」
イブキは秋津大和のロゴがついた箱の上に腰かけた。
「結果、ここから大空洞まで相当な数の無人機やロボットがいることが分かった。ポビヂーチェリを破壊する作戦は明朝に決行するがその時は、第一小隊か第二小隊どちらかが囮になる必要がありそうだ……」
「今度はあたしが不定、じゃなくてポビヂーチェリに攻撃したい~」
ナミハナの言葉にイブキは笑った。
「わかった。前回、第二小隊にはかなり世話になったからな。囮は第一小隊が務めるか……」
イブキは、箱から降りて物資の中から水の入ったボトルを取り出すと一口飲んだ。
ナミハナが自分もといったふうに指を指すのをみたイブキは、そのボトルを投げて渡していた。
「ここっていったい……?」
「なんだ、分かってなかったのか。ここは湊君や八と合流した総合スーパーの中だ。内部が綺麗に残っていたんで簡易キャンプにした」
水を飲み終わったナミハナが投げたボトルをキャッチしたイブキはボトルをしまった。
「隊員たちなら外だぞ。やつら、自分たちで車両や八咫烏の整備をするから隊長たちは休めといって聞かなくてな。いい部下を持ったよ、本当に」
辺りを見渡す湊を見てイブキはそういった。他の隊員を探していると思われたのだろう。
実際は今の位置から外が見える窓が無いか、再度確認していただけだが。
「そういえば八は?」
最後に見たのは八咫烏一号機の足に突撃していたところだ。
あの状態から八は気絶した湊や秋津大和と共にあの場を離脱出来たのだろうか。
湊はそう思い聞いた。
イブキはその話題が来たかといわんばかりにため息をついた。
「AIに死んだっていう表現が正しいか分からないが一号機の下敷きになって最終的に動かなくなったよ」
湊は俯いてこぶしを握った。
あの時が八の最期だったのだ。
八は、湊が八咫烏一号機のハンドカノンに撃たれそうになった時に、助けてくれた。
だが、それのせいで八咫烏一号機の下敷きになり動かなくなった。
死んだ。
イブキもいっていたがAIに死ぬという表現は正しいのだろうか。
きっと正しい。湊はそう思った。
なぜなら今まで動いていて、話も出来ていたものが一生動かなくなったのだから、人間の死と、生命の死と何ら違いはないだろう。
湊は、お世話になった礼をいうことすら出来ずに八と別れることになるとは思ってもいなかった。
湊は今、本物の喪失感を味わっていた。
AIは偽物だと思っていたのに、もう二度と会えなくなると思えば悲しくなった。
それなら、本物の人間と違いはない。
拳を握り締める湊はAIを偽物だと思わなくなった。
思えなくなった。
「八は即死だった訳じゃない。最期にお前に言葉と、ある銃を残していった」
湊は顔を上げた。
イブキが湊に向けてフレアガンの様な物を投げてよこしてきた。
「お嬢を頼みます、だと。そいつは八からお前に渡すように頼まれていた銃だ。秘密兵器、プリミリーチェリだそうだ。本当は俺が使いたいんだが、義理は通すタイプでね」
Sエミールより少し大きいそれは、一発だけ弾が装填されていた。
「超圧縮EMP弾が一発装填されている。そいつをポビヂーチェリの胸部に当てれば、電子ロックなどを無力化し外からむりやりコックピットを開けられるらしい。効果時間は長くは無いようだが」
湊はポケットにプリミリーチェリと呼ばれた銃をしまった。
「Sエミールと使い方は同じだ。撃鉄を起こし引き金を引く。分かるだろう?」
「ええ、一通りピャートゥイに教わりましたから」
そう、ピャートゥイに戦う術を教わった。
最初は八の提案だった。
ピャートゥイは、自分の為じゃなく湊の為に戦い方を教えてくれた。
殺す殺さないが選択できるのは強い方だけ、とピャートゥイがいっていた。
自分はそれを選択できるほど強くなっただろうか。
「そういえばさ、雑魚雑魚湊」
「何」
「嫌われちゃったんだってね。ピャートゥイに」
湊が顔を逸らすと、鈍い音がナミハナの方から聞こえてきた。
「痛い~」
「お前、本当に人の気持ちってもんが」
イブキがナミハナにげんこつを食らわしている音であった。
湊はピャートゥイに本当に嫌われてしまったのか考えた。
最初から迷惑をかけっぱなしだった気がするが、度々ピャートゥイは笑顔を見せてくれていた。
笑顔は好意を持ってくれていた証なんじゃないだろうか。
それから、急にこちらのことが嫌いになるだろうか。嫌いになるとプログラミングされたのならそうだろうが、人間と同じく実体験を経て感情が構築されるのなら突然嫌われることは無いのではないだろうか。
ふと、思いだす言葉があった。
イブキの言葉だ。
戦時中に使われていたAIは今作られているAIよりよっぽど頭がいい。嘘をつくタイミングを自分で判断できるほどだ。
たしか、そういっていた。
なら、ピャートゥイもあの瞬間、嘘をついたのではないか。湊は深く考え込む。
何のために。
戦うため。
違う、それならわざわざ嫌いになったなんていう必要はない。
嫌いになったとわざわざ相手に伝える時、それは相手から嫌われようとする時だ。
好意を持った相手に、自分に嫌われるためにわざとそういったのではないか。そう湊は考える。
人を殺したくないといっていたことが本音で、ポビヂーチェリに乗っていた時のほとんどの言葉が嘘だとしたら。
都合のいい解釈かも知れない。だが、それにすがってみたくなった湊は思考を続ける。
ピャートゥイはまだ湊を好いていて、尚且つ人を殺したくはない。だが、ポビヂーチェリに乗ってしまった。
完全な推測だが、ピャートゥイがポビヂーチェリに乗り込み接続したことでポビヂーチェリを攻撃することも、自ら死ぬことも出来なくなったとしたら。ピャートゥイは誰かを殺す前に殺されてしまおうと考えた。
ピャートゥイのいう決着という言葉の意味。ピャートゥイの望み。
それは、自らの死だと湊は考えついた。
死ねば誰も殺さずにすむと。
だが、それではピャートゥイが納得できても湊は納得できなかった。
誰かの死によって解決するならその人が死んでもいいなんて、悲しすぎる。
きっと、誰も見つけていない解決策があるはずだと湊は思った。
しかし、ピャートゥイはポビヂーチェリから長い間離れていると死んでしまう。
その為、ポビヂーチェリを破壊すればピャートゥイも遠からず死ぬ。
秋津大和の目的はなんだっただろう。
思いだす。
ポビヂーチェリのデータや装備の回収だ。
なら、ピャートゥイの生命を維持する装置も回収し再利用できるようにしてもらえばいいのではないだろうか。
「あのさ」
湊は、ポビヂーチェリを破壊した後に秋津大和がピャートゥイの生命を維持する装置や機能を回収しピャートゥイがそれを利用できるように出来ないかイブキに伝えた。
「それは、どうやってもポビヂーチェリだけを破壊して、ピャートゥイを助けたいということだな?」
「はい」
「……出来ない。といいたいがうちの変人の科学者や博士達なら喜んでやるんだろうな……」
湊は、前のめりになって本当か聞こうとしたが腹部の痛みで唸ることしか出来なかった。
湊は痛みを振り切ってイブキを真っすぐ見た。
もう悩むのは終わりだ。
湊が悩んでいた時、八にシンプルに考えればいいといわれたことを思い出す。
全くその通りだと湊は思った。
「イブキ、俺はピャートゥイを助けたい。俺を撃ったピャートゥイは何か必要があってそうしたんだと思う、その後にいった言葉もきっと、ほとんどが嘘だ。俺は前に俺の事を好きだといってくれたピャートゥイを信じる。だから、次の作戦に協力させて欲しい。そして、作戦が成功したらピャートゥイを助ける装置を作って欲しい」
イブキは腕を組んで困った様に笑った。
「次は裏切らないか?」
「俺はピャートゥイの命を優先するから、ピャートゥイを殺そうとしたら裏切るかも知れない」
「分かったよ。……作戦が成功したらお礼として、その装置を作るように科学者たちも説得してやる。日本を救う見返りがそれなら安いもんだ」
イブキは手を差し出す。
あの時と同じだ。
湊はイブキの手を掴もうと手を伸ばした。
すると横からナミハナに手を掴まれた。
「次は第二小隊がポビヂーチェリの相手をするから握手するならあたしね。雑魚雑魚湊君」
ナミハナのその様子をイブキは呆れたようにため息をついて見ていた。




