27
ピャートゥイは、相変わらず無表情のまま足を組んで座っていた。
「ふうん。湊が報告して、秋津大和が作戦を提案したのね」
「最初にポビヂーチェリについて報告したのは俺だから、俺が誘ったことになるのかな……?」
湊は頭を掻いた。
ピャートゥイはそれを見てため息をついた。
「ポビヂーチェリとは?」
イブキは首を傾げて湊を見た。
「あなた達、秋津大和が不定と呼んでいるものの正式名称よ」
「なるほどな。だが、何故それを知っているんだ」
「……」
黙り込むピャートゥイを見てイブキは頷いた。
「教える気は無いか。まぁいいさ、目的が同じなら」
「目的が同じですって。湊、ちゃんと秋津大和に私の目的を伝えたの。戦争の匂いがするあなた達の目的と一緒にされたくないのだけれど?」
「不定。ポビヂーチェリだっけか。それを停止させた後に装備やデータを回収するということが臭いって思っているのか」
イブキも座りながら足を組んだ。
「そうよ」
「技術の発展の為さ。今じゃ奴さんに使われている科学技術は、ほぼロストテクノロジーなんだ。戦争がしたいから武器やデータを回収するわけじゃない」
ピャートゥイは眉を顰めた。
「あなた達がそうでも回収されたものが戦争に使われないとは限らないわ」
「そんなこといったらすべてに関してそういえる。空を飛ぶ夢を叶えるために作られた飛行機だって後に爆撃機や戦闘機になっているんだからな」
ピャートゥイとイブキは睨みあった。
湊は二人を見ても何もいいだせず俯くしかなかった。
「皆さん、報告したいことがあります」
八が突然そういいだしたことでピャートゥイとイブキのにらみ合いは終わった。
「なんだ」
「無人機の反応が消えました」
「消えた……全てか?」
イブキの言葉に八は、はいと答えた。
「八は基本的に集音センサーで無人機を探知しているのよね。ってことは無人機達が一斉に動きを止めたということ?」
「その可能性が高いかと」
イブキは顎に手を添えた。
「ポビヂーチェリに近づいている俺達がいる中で無人機達が動きを止めた……。まるでポビヂーチェリが会いに来いといっているような感じだな。ポビヂーチェリの場所は今も分かっているのか?」
「ええ」
「…まぁ、今はとにかく進むしかないか」
イブキは大きく息を吐いて背もたれに寄りかかった。
「うぐ……」
牧場跡をかなり奥に進んでいる中でピャートゥイは突然、頭を押さえて苦しみだした。
「ピャートゥイ、大丈夫かい」
湊がピャートゥイの顔を覗き込もうとするとピャートゥイは顔を背けた。
「彼女は何か持病でもあるのか?」
「ない……わ。ただ……残り時間はかなり少ないわね……」
「残り時間?」
「何でもない」
ピャートゥイは軽く頭を振ると何事もなかったかのように振舞った。
しかし、眉間にしわが寄っていたので、恐らく無理をしているようであった。
「皆さん、目の前に見える赤い屋根の建物。ポビヂーチェリはあの中です」
湊達がフロントガラスから正面を覗き込むと、かなり大きな木製の建物が目の前にあった。無人機すら余裕をもって通れそうな大きな扉が閉じていた。
その建物は牧場に入るゲートの跡からも薄っすらと見えていた記憶が湊にはあった。
「第一小隊各員、目標は目前の建物の中。戦闘準備。一号機はそのバカでかい扉を開ける準備をしろ」
八が建物の手前で停車すると、イブキとピャートゥイは自分の武器を手に八から急いで降りていった。
湊も遅れないように二人について行った。
イブキ達、秋津大和の第一小隊は扉の前に集まると自動小銃を構えた。
「カウントダウンして開けます、どうぞ」
「了解」
イブキが八咫烏一号機に乗ったパイロットとそうやりとりしたあと、そのパイロットによってカウントダウンが始まった。
湊とピャートゥイはイブキ達の後ろに並んで立っていた。
ピャートゥイはKSV八十を第一小隊に被らないように扉に向けて腰だめに構えていた。
「三」
湊もSエミールを構えた。
「二」
誰かが唾をのむ音が聞こえた気がした。
「一」
次の瞬間、八咫烏一号機によって大扉は勢いよく開かれた。
建物の内部は薄暗かったが、建物の天窓などから差し込む日差しによって内部は照らされていたので、何も見えないほどではなかった。
秋津大和の第一小隊が突入するのを見て、湊とピャートゥイは後に続いた。
「こいつ……」
イブキが呟く。
湊達の目の前、建物の中心に大きな黒い影。人型のポビヂーチェリがこちらを待っていたかのように片膝をついていた。
「動く前に破壊して!」
動かないポビヂーチェリに警戒していた一行の中でピャートゥイは、そう叫んでKSV八十をポビヂーチェリに向かって撃った。
湊は至近距離でKSV八十が発射されたことにより耳と頭が痛くなってとっさに耳を塞いだ。
KSV八十の弾丸はポビヂーチェリの装甲を貫いてはいたもののあまりダメージにはなっていないように見えた。
イブキは小隊員に向かって叫んだ。
「総員、攻撃!」
一斉に秋津大和第一小隊の自動小銃が火を噴く。そして後方からは八咫烏一号機のハンドカノンの弾も飛んできた。
自動小銃の弾はポビヂーチェリの装甲に薄く傷をつける程度しか出来ていなかった。
八咫烏一号機のハンドカノンの弾も当たる場所が悪かったのか装甲に弾かれて建物に穴をあけた。
すると、ポビヂーチェリはゆっくりと立ち上がった。
「下がれ!」
イブキの指示で第一小隊が後方に下がる。
湊もそれに続こうとしたがピャートゥイがKSV八十を地面に落とし頭を抱えて動かなかったので、ピャートゥイに駆け寄ろうとした。
「ああ、その顔。間違いない……。お帰り、湊」
「は?」
突然聞こえてきたその声に湊だけじゃなくその場にいた全員が止まった。
「だ、誰だ」
「私はピャートゥイ……お前の母親」
湊は唖然としていた。
その声は間違いなくポビヂーチェリから聞こえていたからだ。
「私と同じ名で湊の母親を気取るのはやめろ!」
頭を抱えていたピャートゥイはそう叫ぶとKSV八十を拾い上げて乱射した。
湊達は凄まじい音に耳を塞ぐ。
ピャートゥイが弾をすべて撃ち尽くすと、ポビヂーチェリはまた話し始めた。
「無駄なことはやめましょう。私よ、戻っておいで」
「誰があなたですって、私は私。あなたとは違う……うぐ!」
ピャートゥイとポビヂーチェリは同じ声でいい争っていたがピャートゥイは頭を抱えて座り込んでしまった。
湊はピャートゥイに駆け寄って、倒れ込みそうになっているピャートゥイを支えた。
「湊、その私はもう限界です。元々二つで一つだった私は二つに分かたれては存在することが出来ない。そう作られた」
「作られた……作られただって!」
嫌な予感がした。
想像もしていなかった最悪の言葉がポビヂーチェリがいおうとしている予感だ。
「私とその私、ピャートゥイはノーヴィによって開発されたBGと専用のパイロットアンドロイドです」
口の中が急速に乾いていき湊は唾を飲み込んだ。
「も、もしそれが本当だったとして……ピャートゥイが限界っていうのは……?」
「その私は、私に乗り込み接続することで記憶の保持や体の維持をしていました」
湊はピャートゥイを見た。俯いて動かないピャートゥイはまるで人形に見えた。
いや、まるでじゃない。
人形だった。
最初から彼女は人間ではない。
湊はそう思うと急に気が遠くなるような感覚がした。
「どうすればいい、このままじゃピャートゥイは死ぬ?」
「ええ、このままでは。ですが私に乗り込み接続すれば大丈夫」
「じゃあ!」
「待て」
突然背後からそう声がかかった。
「イブキ……?」
「彼女が一つで万全な物でないのなら、ポビヂーチェリ。お前もそうだろう。彼女を得ることでお前はどう万全な状態になるんだ?」
確かに、と湊は思った。
ピャートゥイがポビヂーチェリに乗り一つに戻った時に万全になるのなら、ポビヂーチェリも一つに戻る時に何かしらが万全な状態になるはずだ。
「私を取り戻した私は、私だけでは使えなかった全ての武装のロックが解除される。私を殺そうとする敵を、私自らが殺すことが出来るようになる。あの戦争の時と同じように」
イブキはため息をついた。
「湊君、すまないな。彼女をポビヂーチェリに乗せることは許可できなくなった」
イブキは自動小銃を湊に、正確にいうと湊が支えているピャートゥイに向けてきた。
「ピャートゥイを殺すのかい?」
「それが戦争を防ぐ方法なら」
湊は、何が何だか訳が分からなくなっていた。
ポビヂーチェリは喋り出し、自らをピャートゥイで湊の母だという。そして、今湊が支えている少女、ピャートゥイをアンドロイドだと。ポビヂーチェリとピャートゥイは二つで一つとも。
もし、今ピャートゥイを助けるためにピャートゥイを抱えてポビヂーチェリに走ったらイブキに撃たれて二人とも死ぬだろう。
だが、イブキにピャートゥイを渡したらピャートゥイは殺される。
湊は現実から目を背けたくなるのを必死でこらえて頭を振った。
今分かっているのは、このままではどちらにしろピャートゥイは死ぬということだ。
なら少しでも可能性がある方にかけるべきなんじゃないか。人間ではなかった。偽物だったが好きになったモノの為に。
「湊!」
ピャートゥイを抱えて走り出した湊の背後から銃声が響くより先に、ポビヂーチェリは屈みこみ腕を伸ばして湊を庇った。
「さぁ、私をコックピットへ」
ポビヂーチェリの胸部が開き、簡易的な階段が展開された。
湊はピャートゥイを抱えて階段を駆け上る。
「ハンドカノン、撃て!」
イブキの叫ぶ声が聞こえた。
咄嗟に声の方を向くと八咫烏一号機がハンドカノンをこちらに向けていた。
そして、ハンドカノンが放たれる瞬間、八が八咫烏一号機の足に突撃していた。
体勢を崩した八咫烏一号機はそのまま八に覆いかぶさるように地面に仰向けに倒れ込んだ。
八はその巨体に潰されていた。
その隙に湊はピャートゥイと共にポビヂーチェリのコックピットに飛び込んだ。
「私を、ピャートゥイをその座席に座らせてください」
湊はポビヂーチェリの言葉通りにピャートゥイをコックピットの中心にある座席に座らせた。
なにかが接続されるような音がした後、苦しむ表情を浮かべていたピャートゥイの顔色が良くなった。
「ありがとう湊、私の愛しい子」
「それってどういうこと?」
「私は私と共に、この地の人間を消し去った。あなた以外。……何故か赤ん坊だったあなたを殺すことが出来なかった私は、少しの間、母性を持ってあなたを育てていた。だから、あなたは私の子」
「それって」
両親を殺したのがポビヂーチェリなら自分を生かしたのもポビヂーチェリだったということになる。
「自分勝手だ、自分勝手すぎるじゃないか!」
「ええ、そうね。そう作られたから」
次の瞬間、湊はコックピットから転がり落ちた。
何が起こったのか、湊は一瞬分からなかったが腹部に走る鋭い痛みで自らが撃たれたということが分かった。
目を覚ましたピャートゥイが湊の腹部にフョードルを撃ったのだ。
地面に向かって落ちる途中でポビヂーチェリの手が湊を拾い、そのまま地面に優しく置いた。
「湊、可哀そうに」
そこまでいってポビヂーチェリは黙った。
「湊、私はあなたのことが嫌いだったわ。役に立たないし、付きまとってくるし。……今まで見てきた人間の中で一番最悪の人間だった」
声はポビヂーチェリと同じだが、湊は誰が喋っているのかすぐに分かった。ピャートゥイだ。
湊は痛みに耐え、腹部を押さえたままポビヂーチェリを見つめた。
いつのまにかコックピットは閉じられていた。
イブキ達、秋津大和第一小隊はポビヂーチェリの胸部にありったけの弾丸を放っていた。
「こいつが、ポビヂーチェリがどう考えているかなんてどうでもいい。私は私の意志で湊や秋津大和の人間を殺すわ。それだけじゃない、あなた達が終わったら、ここの外の人間も全員……」
次の瞬間、ポビヂーチェリはすごい勢いで空気を噴射しイブキ達を吹き飛ばした。
湊も地面を転がったが、どうにか地面にしがみつき叫んだ。
「ピャートゥイ、何をいっているか分からないよ。君は今、ポビヂーチェリに操られているのかい。前に人殺しはしたくないっていっていたじゃないか。あれは嘘だったのかい。それとも急に気が変わったっていうのかい。君の言葉は一体何が本当なんだ!」
湊の言葉にピャートゥイは少しの間、黙っていた。
「……大空洞で決着をつけましょう。湊。二日間だけ待っててあげる。ああ、でもその前に死んでしまってもいいわ。無人機を動かしといてあげるから」
ポビヂーチェリは変形し、そのまま建物の天井を貫き飛び去っていった。
それをその場の全員は見送ることしか出来なかった。
「ピャートゥイ。ピャートゥイ、どうして……?」
湊は急速に意識が消えていく感覚に襲われた。
腹部に空いた穴から血を流しすぎたのかも知れなかった。
意識を失う寸前、イブキの声が聞こえた。
「応急処置を……」




