20
湊とピャートゥイは八から降りて、秋津大和の装甲車から人が降りてくるのを待った。
もちろん、二人はいつ戦闘になってもいいように銃を隠し持っていた。
そのまま二人が数分ほど待っていると、秋津大和の装甲車の運転席のドアが開いた。
しかし誰も降りてこなかったので、湊とピャートゥイは顔を見合わせた。
「しかし、隊長……」
「いいから……」
「ここは隊長自らが……」
「いいから、行け。馬鹿!」
そんなやり取りが装甲車から聞こえてきた後、開いた運転席のドアから防弾ベストやタクティカルギアなどの装備に身を包んだ男が蹴り飛ばされて外に転がり落ちてきた。
湊とピャートゥイは苦笑いを浮かべた。
地面に転がった男はすぐに立ち上がり、駆け足で湊とピャートゥイの前にやってきた。
「私は秋津大和特殊試験隊第二小隊所属の保田と申します」
男は何事も無かったかのように二人の前で敬礼をした。
「あ、どうも」
湊は軽くお辞儀を返した。
そのやり取りを見ていたピャートゥイは腕を組みながらため息をついた。
「それで、私たちに何の用かしら」
「は、先ほどの援護に対し第二小隊隊長の鵜原浪花がお礼をいいたいとのことです」
「ふーん、でそのナミハナは?」
ピャートゥイは秋津大和の装甲車に目を向けた。
装甲車は運転席のドアが開いたままになっていた。
「現在、懸命に涙を拭いておられます!」
保田がそういった瞬間、開いたままになっていたドアからヘルメットが飛んできて保田の頭部に直撃した。
保田は頭を抱えて蹲った。
「いらんこというな。アホ!」
その声は確かに涙声だった。
右手で頭を押さえながら保田は立ち上がった。
「聞いての通り、隊長はまだ泣いておられます。よほど先ほどのことが怖かったのでしょう。かくいう私も無人機に装甲車ごと潰されそうになった時は肝を冷やしました」
保田は姿勢を整えた。
「隊長の先に私からもお礼を申し上げたい。我々、第二小隊を助けてくださりありがとうございます」
そういった保田はピャートゥイに向けて頭を深く下げた。
「そう、どうも。でもね、私は最初助ける気なんて無かった。湊が助けたいといったから助けたのよ。お礼なら湊にいって」
「ピャートゥイ……」
湊は頭を掻いた。
「では、湊さん。ありがとうございます」
保田は湊に向き直り再び頭を下げた。
「いえいえ、そんな」
湊が対応に困っていると装甲車から薄着の人が降りてくるのが見えた。
「保田、もういい。戻ってなさい……」
そういって鼻をすすりながら歩いてきたのは、涙がまだ目に浮かんだままのナミハナだった。
保田はそれを見て湊達に、隊長はああ見えてメンタルが弱いので優しくしてあげてくださいと小声でいって装甲車に戻っていった。
ナミハナは保田と入れ替わるように俯いて二人の前に立った。
「ぐす、雑魚雑魚不法侵入者たち……」
「その呼び方やめてくれる?」
ピャートゥイは笑顔だったが言葉の端から怒りの感情がこぼれていた。
「うう、だって名前教えてくれなかったし……」
湊はなんだかナミハナが可哀そうになってきてピャートゥイに目配せした。
ピャートゥイは呆れ顔で肩をすくめた。
「俺は湊、彼女はピャートゥイ」
湊は出来るだけ優しい声で伝えた。
「ピャートゥイ……変な名前……」
「殺していいかしら」
「まぁまぁまぁ」
湊がピャートゥイとナミハナの間に入るようにしているとナミハナは頭を下げた。
「湊、ピャートゥイ、あたしたちを助けてくれてありがとう」
湊はどうも、といって軽く頭を下げた。
「それでさ……二人はどうしてフィフスウェルにいるの?」
「教える必要ある?」
ピャートゥイは依然としてナミハナに対し攻撃的な態度をとっていた。
「あたしだけじゃなくて隊員たちの命も助けてもらった訳だし、お礼として二人の目的に協力させてほしいなって……」
そういいながら、ナミハナはもじもじとしていた。
「もし、ショッピングモールで見たあの巨大な黒い無人機、あたしたちが不定と呼んでいるものを追いかけているのなら、協力できると思うから」
不定……。ポビヂーチェリのことだろうか、と湊は顎に手を当てて考えた。
「協力?」
ピャートゥイは体の前で腕を組んだ。
「その前にあなた達の、秋津大和の目的を教えなさい。協力がどうこうはその後よ」
ナミハナは大きく鼻をすすった。
「うん……。あたしたち、不定を追いかけているの。そしてそれを無力化。その後、装備やデータチップを回収するのが目的なの……」
「ふーん、まぁ分かったわ。で協力って?」
ピャートゥイは次の話を促すようにため息をついた。
「ぐす。あたし達の無線機を一つ渡す……。不定の居場所が分かったらすぐに無線が入るから。それが協力……」
「うれしいけどいいのかい。ナミハナたちが第二小隊ってことは第一小隊の人たちもいるんだろう。その人たちに許可を取る前にそんなこといって」
湊の言葉を聞いてナミハナは唸った。
「ううん、多分大丈夫。イブキ……第一小隊の隊長はあたしに甘々の雑魚雑魚だから、いえば分かってくれると思う……多分」
ピャートゥイは呆れ顔で頷いた。
「じゃあ協力をしてもらうとして、約束して欲しいことがあるの」
「な、何」
ナミハナは怯えた目でピャートゥイを見た。
「私たちを追いかけまわすのを止めること、そして協力といったからには私たちを拘束しようとしないこと。これを破ったら即座にあなた達全員を……分かるわね?」
ピャートゥイがナミハナを睨みつけると、やっと止まってきたナミハナの涙が再び流れ出た。
「ちょ、ちょっとピャートゥイ」
「ふん」
湊はピャートゥイをなだめようとしたがピャートゥイは顔を逸らした。
話が終わった後、湊は保田から無線機を受け取った。
そして、湊は無線機を受け取る際に保田から細かい説明を受けた。
「フィフスウェル内で使えるようにカスタムされた無線機か……」
ナミハナ達を見送った後、八に乗り込みながら湊は呟いた。
「科学の進歩は早いものね」
先に八に乗っていたピャートゥイは座席に足を組んで座り、頬杖をついていた。
湊が八の後部ドアを閉めると八が声を掛けてきた。
「では、どうしましょう」
「そういえば話の途中だったわね」
ピャートゥイは頬杖を止めて座席に深く座り込んだ。
「そうだっけ」
「ええ」
湊の言葉にピャートゥイは頷く。
「八、今のあなたならポビヂーチェリの場所が特定できるんじゃない?」
「え」
湊は驚いて運転席を見た。
そこには誰もいないが、何となく八と話したり八について驚いたりする時は運転席を見る癖が出来ていた。
「そうなの?」
「可能か不可能かでいったら、可能です」
「やっぱり」
ピャートゥイは目を閉じた。
「しかし」
「特定には相当の時間がかかる、でしょ」
ピャートゥイは八の言葉を先回りした後、足を組みなおして座った。
「廃駅のコンビニに戻りましょう。戻ったら八はポビヂーチェリの場所の特定をお願い。湊、私たちは秋津大和か八のどちらかがポビヂーチェリを見つけるのを待つだけでいい」
ピャートゥイは嬉しそうに笑った。
「後は待つだけかぁ」
もらった無線機を八の中に置いて廃駅のコンビニに戻ってきた湊は、薄いカーペットの上に寝ころんだ。
「そう。なんとなく終わりが見えてきたって感じね」
ピャートゥイはそういいながら八の車内から持ってきたKSV八十の入ったケースを地面に降ろした。
そして、ケースから取り出したKSV八十の部品を丁寧に並べて手入れの準備を始めた。
「ねぇ、ピャートゥイ」
湊は天井を見つめた。
コンビニの天井は汚れで黒ずんでいた。
「何」
「すべてが終わったらさ。どうするの」
「どうするって?」
「日本人じゃないならどこか母国に帰るのかなって……」
「そうね……」
湊がピャートゥイをちらりと見ると、ピャートゥイは丁寧にKSV八十の部品を拭いていた。
少し酸っぱい匂いがするので溶剤を塗っているのだろう。
湊は視線を天井に戻した。
「ねぇ」
「うん」
「もしよかったらさ」
「何」
「俺の家に来ないかい。それで、一緒に住もう」
「どうして?」
「何が?」
「どうして私と一緒に住みたいの?」
「……好きだから」
「友達として?」
湊は起き上がってピャートゥイを見た。
そして深呼吸した。
いつからかピャートゥイに対して抱いていた友愛とは違うものを言葉にするために。
「女性として」
ピャートゥイはKSV八十の部品を手に持ったまま固まっていた。
「私が……女性として好き?」
「うん」
恥ずかしくなって湊は頭を掻いた。
「そう、ありがとう」
ピャートゥイは再びKSV八十の手入れを始めた。
「じゃあ」
「うん。それも、悪くないかも知れないわね」
「本当?」
「ええ、私にはもう帰るところがないし……」
ピャートゥイは悲しそうにそういった。
「じゃあ俺の家を帰ってくる場所にしよう。博士は俺がちゃんと説得する。部屋は使ってないのがあるんだ。そこをピャートゥイの部屋にしよう」
「うん、ありがとう」
そう話をしていた時、ピャートゥイは急に頭を押さえた。
「う……」
「ピャートゥイ、大丈夫かい?」
湊はピャートゥイに駆けよろうとした。
しかし、ピャートゥイはそれに掌を向けて制止した。
「大丈夫……何でもない、ありがとう湊。私もあなたが好きよ」
ピャートゥイは穏やかな笑顔を湊に向けた。




