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その日、竹岡湊は茨城のとある駅付近の道路にて記念すべき通算十回目の友達作り作戦を決行していた。
「やぁ、こんにちは!」
「ども……」
突然道端で湊に行く手を塞がれた高校の制服姿の哀れな青年は、戸惑いながら湊を見つめた。
恐らく青年は頭の中の引き出しを必死に開けて、目の前の人物が自分の知る人物かどうかを確認しているのだろう。
しかし、残念なことにその努力には意味が無かった。
なぜなら、湊と青年は完全に初対面だからである。
そんな無駄な努力をしている青年をよそに湊は話を始めた。
「俺の名前は竹岡湊。趣味は読書とゲーム。十七歳の男子……は見ればわかるか。で早速だけど、俺と友達にならない?」
湊は出来る限りの笑顔を浮かべて、握手の為に右手を差し出した。
青年は眉を顰めた後に一歩後ずさった。
青年の湊を見る目は間違いなく不審者を見るそれであった。
その様子を見るにどうやら青年は、やっと湊と初対面であることに気づいたらしい。
「間に合ってます、さようなら!」
そういって青年は逃げるようにして湊を躱して去っていく。
「あ、気が変わったら声をかけて!」
湊は走り去る青年に手を振って見送った。
「やっぱり、このやり方じゃだめか……?」
湊はがっくりと頭を下げた。
そして、断られたことに対する精神的なダメージを受け流すように頭を振り深呼吸をして「よし」と気合を入れた。
「大丈夫、まだ一人目。次だ次。今日こそリアルの友達を作って自慢してやる!」
自分を鼓舞するように湊は拳を天に突き上げた。
それから、湊は道行く人々に片っ端から声を掛けるべく動いた。
もちろん、高校の制服を着ている自分と同世代の人限定だが。
「……ということで友達になってください!」
「遠慮しときます」
本日二人目、丸眼鏡をかけた知的そうな青年。普通に断られて失敗。
「友達になりませんか!」
「……」
三人目、背中を丸めた小柄な青年。湊を完全に無視、失敗。
「友達に……」
「急いでるんで」
四人目、黒髪が肩までかかっている女性。見向きもされずに失敗。
「あの……」
「うわ、不審者!」
五人目、警戒心強めの青年。声を掛けただけで失敗。
そして、六人目に行く前に湊は声を掛けられた。
「君、ちょっと」
「え、俺ですか!」
声を掛けることはあっても、声を掛けられることはそんなにないので湊は嬉しくなって笑顔で声の方に振り向いた。そこには、高校の制服ではなく警察官の制服を着た大人の男性が二人立っていた。
片方は細身で眼鏡をしていて、片方は体格が良い。
「警察です」
「あ、どうも……」
湊は警察官から視線を逸らして頭を掻いた。どうやら、今日の友達作り作戦はお終いにしなければならないようだった。
湊は眼鏡をかけた警察官に連れられて交番にやってきた。
もう一人の体格の良い警察官は別にやることがあったのか、交番の前でどこかへ行ってしまった。
「さぁ、座って」
眼鏡をかけた警察官はそういって、あまり広くない交番内の入ってすぐの場所に置かれた机の前のパイプ椅子に指を指した。
「はい……」
湊はその指示に従ってパイプ椅子に座った。
パイプ椅子は座る人間が現れたことを喜ぶように軋む音を立てた。
湊がパイプ椅子に座ったことを確認すると眼鏡をかけた警察官は机越しの向かいの椅子に座った。
眼鏡をかけた警察官が座ったのはパイプ椅子ではなく安そうなオフィスチェアだった。
「それで……」と眼鏡をかけた警察官は話し始めた。
まるで、ドラマで見る取り調べが始まったかのように思えて湊は緊張していた。
「また、友達作りかい?」
その言葉に湊はハッとして眼鏡をかけた警察官の顔をしっかりと見た。
鋭い目と日本人にしては高い鼻、優しく微笑むように両端が上がった唇。
それは湊の見知った警察官の八幡千歳であった。
何となく声に聞き覚えがあったが顔をしっかりと見ていなかった為、湊は今の今まで目の前の警察官が知人であることに気づいていなかった。
「あ、八幡さん……」
湊がそういって八幡の顔を見ていると「まさか、今僕だって気づいたのかい?」といって八幡は笑った。
知人と分かったおかげか、はたまた八幡の笑顔のおかげか湊の緊張はどこかへ行ってしまって、交番の中も暖かな雰囲気を持ち始めた。
場の雰囲気を明るくする八幡の笑顔に湊は羨ましさを覚えた。
「それで、当たりなんだろう?」
「はい、友達作りをしてました」
八幡の問いに湊が答えると、八幡は困った様に眉を八の字にして笑った。
目や眉の表情が変わっても口元が笑ったままなのが八幡の特徴であった。
「もうこれで、八回目だっけ。いや前回が八回目だったから九回目か」
「十回目です」
「そうか……」
八幡は眉間を左手で揉んだ。
「あー。もう分かっていると思うけど、通報があったんだ。高校生に声を掛ける身長一七〇センチくらいの若い不審者がいるってね」
「はい」
湊が友達作り作戦を終了するときは決まって不審者として通報され、交番に連れていかれた時であった。
「一応確認するけど、他になにか悪い勧誘とかはしてないよね?」
「してないです」
八幡は湊の顔の動きを探るように目を光らせた。
「……まぁ、そうだよな。君がそういうことするタイプじゃないことくらいは分かっているつもりだよ」
八幡は椅子の背もたれに寄りかかった。八幡の座るオフィスチェアは苦しそうに音を立てた。
さんざん怪しむ目を向けてきてから「分かっているつもり」なんて言われても信じられないと湊は思ったが、きっと警察官という職業柄、人を怪しむことが癖になっているだけでそれは本心なのだろうと納得しておくことにした。
「……危険なことをしている訳じゃないからそこまで強く言えないけど、不審者だと思われるようなことは止めて欲しい」
「すみません」
頭を下げる湊を見て八幡は軽いため息をついた。
「その謝罪を聞くのは何回目だろう。きっと今回もまったく懲りてないんだろうね。君に関しては保護者がアレだから家に電話しても意味がないし、学校に行ってないから電話する学校が無いし……」
そういって八幡は目の前の机の引き出しを開けて何かを探し始めた。
「だから、実は秘策を用意していたんだ。君がこれ以上不審者として通報されなくなる秘策をね」
そういって八幡は、目的の物を見つけたのか嬉しそうに「これが丁度いいかな」といって机の引き出しからチラシを取り出した。
「これは?」
「ボランティア募集のチラシだ。これに参加して友達を作ってくればいい。友達が出来れば不審者として通報されるようなこともしなくなるだろう?」
湊がちらりとチラシを見るとボランティアの活動日は明日の日時が書かれていた。
「ボランティアって大人がやる奴でしょ。俺、同世代の友達が欲しいんですけど……」
「このボランティアは高校生向けの奴だから安心してくれ」
「俺、高校行ってないんですけど当日飛び入りで参加していいんですか?」
湊の問いに八幡は自信たっぷりに頷いた。
「ああ。事前に確認しておいたさ。年齢が高校生くらいなら当日受付でも大丈夫だそうだよ」
「まじですか。なら、俺行ってみることにします!」
「その前に内容をしっかり確認しておくように。ほら、このチラシあげるから」
湊は、感極まって少し涙目になりながら満面の笑みで差し出されたチラシを受け取った。
「ありがとうございます!」
友達を作るあてが出来たのが嬉しかったというのもあるが、八幡の心遣いがとても暖かくて湊は感動していた。
「それじゃあ、今日はもう帰りなさい。次会う時は友達を作った報告の時にしてくれよ。くれぐれも不審者として通報されることがないように」
「はい。では失礼します!」
そういって湊は勢いよくパイプ椅子から立ち上がると一礼してから交番を出た。
「車に気を付けて」と背後から八幡の優しい声が聞こえてくるのだった。
「このボランティアに参加すれば友達が出来るのか……楽しみだなぁ」
湊は姫宮公園に設置された児童用の座席の低いブランコに座ってチラシを眺めていた。
姫宮公園は、先ほど湊がいた交番から少し離れたところにある。民家に囲まれた広い敷地にブランコとシーソー。まばらにベンチが設置されており、駅のホームの様な謎の設置物もあった。しかし湊以外には誰もおらず寒々としていた。
チラシをポケットにしまって地面を強く蹴った湊は、ブランコに揺られながら空を見上げた。
雲一つない、まではいかないものの良く晴れた空だ。
連日続いていた季節外れの寒波がようやく落ち着いてきて、この時を待っていたかのように暖かな太陽が湊を優しく照らしていた。
湊が地面に足を付けてブランコから立ち上がろうとした時、ズボンのチラシをしまった方とは逆のポケットに入れていたスマートフォンが通知音を鳴らした。
スマートフォンの画面を確認すると、SNSに新着メッセージが届いていることを知らせる通知が来ていた。
湊が顔認証を使ってスマートフォンのロックを解除しSNSを確認すると、湊が仲良くしているインターネット上の友達であるニベたんからメッセージが届いていた。
「おっす~、ポート氏。成果あった~?」
ニベたんの緩い雰囲気のメッセージは、連続友達断られ記録を更新している湊の心を少しだけ癒してくれて自然と笑みがこぼれた。
ちなみにポートというのは湊のインターネット上での名前だ。本名をひらがなにして英語翻訳しただけのなんの捻りもない名だが湊はそのシンプルさを気に入っていた。
湊はスマートフォンに指を滑らし、ニベたんに返信を送る。
「それは家に帰ってから話す。今日の二十時から通話できる?」
湊のメッセージにすぐに既読マークが付きニベたんの返信が送られてきた。
「おけ~、早めに待っとくね~」
よし、と湊は呟くとスマートフォンをポケットにしまって家路につくのだった。




