13
湊はピャートゥイの指示に従ってSエミールを手入れしていた。
先ほどまでの穏やかな時間を若干引きずるようにぼんやりとしていたら集中して、とピャートゥイに怒られてしまった。
そんなピャートゥイはというと、湊の隣で自動拳銃フョードル二丁を軽く分解して、溶剤を塗っていた。
「これでどうかな」
七つのチャンバーとシリンダーの前面を掃除し終えた湊はピャートゥイにそれを見せた。
「うん、いい感じ。じゃあこれで周りを軽く拭いて」
ピャートゥイは少量の溶剤がついたブラシを湊に渡した。
「ここと、ここ」
湊の持つSエミールに指を指して丁寧に説明するピャートゥイはどこか楽し気だった。
とても長い時間が過ぎた気がした。
途中で何となく面倒に思うこともありつつ湊は初めての銃の手入れを完遂した。
「ふぅ」
ひとまず銃の手入れが無事に終わったことに安心した湊は、座ったまま地面に手をついて息を吐いた。
「お疲れ様、先に八に戻って銃を片付けてきてもいいわよ」
そういうピャートゥイはまだまだ時間がかかりそうに見えた。それはそうだった。同時に二丁も銃を手入れしているのだから。
「射撃訓練はしないの?」
「したいの?」
「いや、別に……」
湊は八の上で銃を撃った時のことを思い出した。あの時と気持ちはあまり変わっていない。撃たなくていいなら撃ちたくは無かった。たとえ練習だとしても。
「まぁそのうちね、少なくともここではしないわ。音で無人機や秋津大和がやってきても困るでしょ」
「そっか」
湊は納得したように頷いて立ち上がった。
そして、思い切り背中を伸ばすと気持ちのいい開放感の様なものが体を突き抜けていった。
「じゃあ片付けてくるよ」
湊がSエミールをもってコンビニから出ようとすると、いつの間にか専用のケースにしまわれたKSV八十が目に入った。
「これも一緒に持っていこうか?」
「重いわよ?」
ピャートゥイは少し心配そうに湊を見た。
「大丈夫だよ。丁寧に扱うから」
KSV八十のケースの取っ手を掴み持ち上げると、予想以上の重さに湊は驚いた。
「ねぇ、大丈夫?」
「平気……」
「落とさないでね」
八の車内で軽々と持ち上げていたピャートゥイの様子からそんなに重たくないと予想していたが、そんなことは全くなかった。少なくとも両手で持つ必要があると思ったので湊はポケットにSエミールを入れて慎重にケースを運んだ。
八が停まっているロータリー跡に行くまでの下り階段で転びそうになったがなんとか踏ん張って耐えた湊は、息を切らしながら八の後部ドアを開けた。
「お疲れ様です。湊さん」
「うん、本当にお疲れ。まさか対物ライフルがこんなに重いだなんてさ……」
湊はケースを八の中に載せてから自分も乗り込んだ。
「お嬢はなんてことなさそうに扱いますから、勘違いしました?」
「その通りです、はあ」
湊は最初にピャートゥイがKSV八十を取り出した座席を開けてケースをしまい込んだ。
その後、自分の定位置になりつつある座席を開けてSエミールをしまった。
「ピャートゥイって」
「はい」
「力持ちですよね……」
湊はブレーキで体が傾く感覚によって目が覚めた。
どうやら転寝していたようだ。
「お嬢ここまでです」
「わかった。湊、行くわよ。準備して」
ピャートゥイにそういわれ、湊は欠伸をしつつ返事をした。
寝ぼけた目を擦りながら座席を開けてSエミールを取り出しポケットに入れようとした時、ピャートゥイに止められた。
「リロードしておきなさい」
「へ、今?」
ピャートゥイは頷く。
「Sエミールはリロードに時間がかかるわ。戦闘が始まってから準備じゃ遅いもの」
そういってピャートゥイは弾薬箱を湊の横に置いた。
「やり方、分かるわね」
「うん……」
実際に銃に弾を込めていると、戦闘になるかもしれないという考えが現実になりそうで嫌だった。
「よし、終わった」
「その弾薬箱はリュックに入れて持っていきなさい」
「分かった」
リュックに弾薬箱を入れながらちらりとピャートゥイを見ると、ピャートゥイも小さなリュックを背負っていた。
「私も戦闘に備えて自分の弾を持っていくのよ」
湊の視線に気づいたピャートゥイはそういった。
「あのさ」
「何」
「どこに銃を持ってるんだい?」
純粋な疑問だった。
ピャートゥイはリュックを背負ってはいるもののワンピースにはポケットが無く手ぶらだったからだ。
「ここよ」
そういってピャートゥイはワンピースをたくし上げた。
太ももにベルトで固定されたホルスターの中に銃が収まっていた。
「そ、そうなんだ。分かったよ。ありがとう」
湊はすぐに顔を逸らした。自分の顔が真っ赤になっていく感覚がした。
「じゃあ、行くわよ」
ピャートゥイが後部ドアを開けて降りるのを見て湊は後に続いた。
湊が八から降りて見たものは、ビルや家屋が倒れ込み車両では通れなくなった道であった。
「ここの先へ?」
「そう。私が前にポビヂーチェリを見た場所がここの奥にあるの」
ピャートゥイは瓦礫を乗り越えて先に進んでいった。
遅れないように湊も瓦礫を乗り越えた。
「奥に何があるんだい」
「ショッピングモールよ」
湊はふぅんと頷いてから首を傾げた。
「ショッピングモールにポビヂーチェリが、なぜ?」
「さあ。私も教えて欲しいわ」
道はとにかく瓦礫が山のように積みあがっていた。歩きにくいことこの上ないがおかげで無人機も入ってこれなさそうであった。
その考えを裏付けるかのように無人機が二人の前に現れることは無かった。
八から降りて十五分ほど歩いたころ、ようやくショッピングモールに辿り着いた。
ショッピングモールは周りの建物とは違い、その形を綺麗に残していた。
「入ってみましょう」
「うん……」
誰もいないショッピングモールは、何かが飛び出してきそうな薄気味悪い雰囲気があった。
人がいなくなって久しい四階建てのショッピングモールの一階を探索しているとピャートゥイは突然、服屋の跡に入って行った。
「ピャートゥイ?」
湊もピャートゥイを追いかけて服屋に入ると更衣室の中に引っ張り込まれた。
「な、なに」
「しっ、聞こえない?」
狭い更衣室内でピャートゥイは人差し指を立ててそういった。
ピャートゥイにほとんど抱きしめられている体勢のまま湊は静かに耳を澄ませた。
最初は自分の心臓の音がうるさいだけだったが、それに慣れてくるとどこからか足音が聞こえてくるのが分かった。
「まさか」
湊はつばを飲み込む。
「ええ」
ピャートゥイが頷くのを見て湊は震えた。
「幽霊」「秋津大和ね」
二人は同時に違うことをいった。
「うん?」
ピャートゥイは湊の顔を覗いてきた。
「湊って意外とそういうスピリチュアルな物を信じているのね?」
「冗談だよ、冗談……」
湊は八十パーセントくらい本気だったが、冗談ということにさせてほしかった。
「幽霊でも、秋津大和でもこちらに害をなすなら厄介な敵であることに変わりはないわ」
「どうするんだい?」
ピャートゥイは湊をはなした。
「足音はまだ遠い、見つからないうちに私がポビヂーチェリを見たところまで行きましょう」
湊は首を傾げた。
「そこって?」
「奥の広場よ」
二人は服屋を出ると静かに、そして素早くショッピングモールの奥へ進んだ。
「あれぇ、二人でどこへ行くのかなぁ?」
そんな声が頭上から聞こえてきたのは左右にエスカレーターがある道を通るときであった。
声の方を見るように振り向いて視線を上にあげると二階の渡り廊下から武装しているのに妙に薄着の女性が立っていた。
ピャートゥイは女性を無視して歩き出そうとした。
すると頭上から飛んできた弾丸が行く手を阻んだ。
湊は驚いて一歩後ずさった。
「ふふ、びっくりしてる。雑~魚」
微動だにしなかったピャートゥイはため息をついて振り返り、薄着の女性を睨みつけた。
「囲まれているわね……」
ピャートゥイは湊にだけ聞こえるようにそういった。
湊が周りを見ると自動小銃を構えた秋津大和の人間が五人、店の跡やエスカレーターの陰から出てきてこちらを囲んでいた。
「ぷふ、今頃気づいた。可愛い」
逃げ場は無かった。




