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 湊は味わったことのない、そして、いいようのない感情を味わっていた。

 まず、ワンピースを着た少女の足を全力で押さえることが初めてで顔が赤くなった。

 ピャートゥイは靴下などを履いていなかったのでなおさらだ。

 柔らかい足を抱き込むように押さえている湊は、なるべく今の状況を客観視しないようにした。どこからどう見ても変態に見えるからだ。

 そして、イヤーマフを貫通して耳をつんざくように聞こえてくる雷鳴の様な対物ライフルの発射音。

「トゥフ!」

 薄っすらピャートゥイの声。

 体の奥から寒気が上がってくるような感覚がした。

 湊はそんな風に顔を赤くしたり、寒気がしたり忙しかった。

 発射音が五発響いた後、ピャートゥイは車内に戻って上部ハッチを閉めた。

「上手くいかないものね。腕が鈍ったみたい」

 ピャートゥイはそう呟いた後、未だに足を押さえている湊のイヤーマフをとった。

「いつまでそうしているつもり?」

「お、終わったのかい?」

 湊はピャートゥイの顔を見ようとしてやめた。今顔を上げるとピャートゥイのワンピースの中を覗くことになるからだ。

 湊はピャートゥイの足をはなした。

 少しの名残惜しさを感じて湊はため息をついた。これでは本当の変態だ、と。

「向こうのタイヤを撃ち抜いてやろうとしたんだけど、運転手がかなりの手練れね。全弾外したわ。まぁ、スリップして林に突っ込んでいたけど」

「じゃあ?」

「お嬢のおかげで撒けた。ということです」

 八の言葉を聞いて湊はようやく安心して座席に座った。

「湊だけじゃなくって私もちょっと練習しないと駄目ね……」

 ピャートゥイは湊に背を向けて対物ライフルを分解していたのでどんな表情をしているのか分からなかったが、とても悔しそうに聞こえた。

 対物ライフルを片付け終わるとピャートゥイは座席に座り、湊を見た。

「とりあえず、向こう。えっと秋津大和。に湊も発砲する度胸があるとしっかり伝わったはず。いつ戦闘になってもいいように、これから私といる間はみっちりと訓練して銃を撃つ方法を教えてあげるわ」

「人殺しはごめんだよ」

 湊が眉を顰めるとピャートゥイは呆れ顔を向けてきた。

「なにいっているの、身を守る為よ。殺す殺さないが選択できるのはいつだって強い方なんだから。殺したくないなら強くなりなさい」

 先ほどまで対物ライフルを撃っていたピャートゥイがそれをいうと説得力があった。

 戦時中でもないのに秋津大和の人間がこちらを殺すために銃を撃ってくるなんて思いたくなかったが実際に湊達が乗る八を撃ってきたうえ、それをいうとまた説教をされそうだったので湊は素直に頷いておくことにした。

「わかったよ……」


 廃駅に戻って来るまで車内では、ピャートゥイによる銃の取り扱い講座が開かれていた。

 湊が使った回転式拳銃を中心とした拳銃タイプの扱い方をみっちりと叩きこまれた湊は頭が痛くなっていた。

 元々、湊は勉強が得意ではなかった。

「はい、缶詰と水。缶切りも」

 コンビニの中で座り込み目を閉じて頭を休ませていた湊の前に小さなフリーズドライの缶詰と長期保存水、それに缶切りが置かれた。

 缶詰のパッケージにはクラッカーが描かれていた。

「ありがとう」

 湊は缶切りを使って缶詰を開けて、クラッカーを口に放り込んだ。

 口の中の水分が一瞬でクラッカーに持っていかれた。味自体は少し塩気があり、空きっ腹には美味しいものだった。

 湊は貰った長期保存水をリュックに入れて元々持っていた方の水を一口飲んだ。

 口の中に水分が戻ってくる感覚は、まるで生き返るかのような心地よさがあった。

 ふと隣に目を向けると、ピャートゥイが八の中から持ってきた対物ライフルKSV八十を分解し手入れをしていた。

 近くには湊が使った回転式拳銃、それと見たことのない自動拳銃が二丁置かれていた。

 ピャートゥイは、湊の視線に気づいたのか困った様に微笑んだ。

「ごめん、臭かった?」

 湊は首を横に振った。

 多少は酸っぱい匂いがしていたもののそこまで臭い匂いはしなかった。

「あ、もしかしてこの銃が気になった?」

 ピャートゥイは、手入れの手を止めて二丁の自動拳銃を手に取った。

「うん、初めて見るなぁって」

 二丁の自動拳銃はどちらも同じ形に見える。

「これはフョードルっていう名前の銃。昔の私の相棒達」

 そういうと、ピャートゥイはマガジンが込められていないことを確認し、チャンバーをチェックした後、座ったまま誰もいない方向に構えた。もちろん引き金には指を掛けていない。

「すごい……」

 ピャートゥイの様な見た目の少女が二丁拳銃を構えている様子に現実離れしたカッコ良さを覚えた。

「ありがとう。長い間放置していたこの子たちも手入れしないといけないと思って持ってきちゃった」

 ピャートゥイは二丁拳銃を近くに置くと、対物ライフルの手入れ作業に戻った。

「湊が食べ終わるまでにKSV八十の手入れは終わらせておくから、食べ終わったら一緒にSエミールを手入れしましょう。自分の使う銃くらい自分で手入れできないとね」

「その回転式拳銃のこと?」

 クラッカーで口を乾燥させながら湊がいうとピャートゥイはそう、といって頷いた。

 そこからしばらくは、湊がクラッカーを噛む音とピャートゥイが銃を手入れする音だけがその場を支配した。

 ただクラッカーを口に運ぶだけだとつまらなかったので湊はピャートゥイが銃の手入れをしているところを眺めていた。

 ずいぶんと手慣れた様子であった。

 自分より年下に見える少女がそうしているのはハッキリいって異常な光景だった。

「ねぇ、ピャートゥイ」

「うん」

 ピャートゥイは綿棒で銃の細かい部位を拭きながら返事をした。

「い……」

 湊は急ブレーキで発言を止めた。

 無意識のうちに、今いくつか聞きそうになってしまったのだ。危うく湊はデリカシーゼロ男になるところであった。

「い?」

「いや、なんでもないよ。あはは……」

 ピャートゥイは首を傾げたがすぐに銃の手入れに戻った。

 湊は安心した。ピャートゥイが追及してこなかったからだ。

「やっぱり、気になるわ。なにをいおうとしたの?」

 一時の安心は簡単に崩れ去った。

「いや、その」

「うん」

 ピャートゥイの視線を受けて、湊は頭を掻きながら必死に別の質問を考えた。

「ど、どこで銃の扱いを習ったのかなぁって」

「本当にそれを聞こうとしてた?」

「いやぁ、ほら。だって俺より年下に見えるのによっぽど色んな知識があるから……」

 そこまでいって、しまったと思い湊は急いで口を押さえたが間に合わなかった。

「本音はそれね。自分より年下に見えるけどその技術といい、君は一体何歳なんだ。そう聞こうとしたわけ」

 ピャートゥイはジト目を湊に向けた。

「いわなかったじゃないか。それを無理やり誘導して……」

 湊は抗議の視線を返した。

「ごめんごめん、意地悪だったわね」

 ピャートゥイは笑いながら、手入れが終わったKSV八十を傍らに置くとSエミール、湊が使った回転式拳銃を手に取った。

「私が何歳かよりよっぽど銃の扱いの方に興味を持ってほしいわ。あなたの命を預ける相棒になるんだもの」

 そういったピャートゥイの笑顔は可愛らしくて、湊はつい顔が赤くなる。

 湊は顔を逸らした。

「……クラッカーはもういいや。銃の手入れ教えてよ」

「いいわ。さぁこっちに来て」

 余ったクラッカーをリュックに入れて、水を一口飲んだ後、湊はピャートゥイの横に腰を下ろした。

「はい。手袋も」

 湊はピャートゥイの手からSエミールと手袋を受け取った。

「まず、ここのシリンダーラッチを動かして……そう」

 湊は手袋をつけ、ピャートゥイの指示通りにSエミールを動かす。

「いいわ、次にこの布で全体を拭いて」

 説明に夢中になっているピャートゥイは、ほぼ湊に寄りかかる形になっていた。

 ピャートゥイの体重を感じて、湊は心臓が高鳴るのを感じた。

「湊、聞いてる?」

「う、うん。これで一旦置いとくんだよね」

 湊が比較的綺麗な布の上に溶剤を塗ったSエミールを置くとピャートゥイは満足そうに頷いた。

 そして、そのまま体を預けてきた。

「ピ、ピャートゥイ……?」

「汚れが柔らかくなるまで十分くらいだから……」

「うん……」

 湊は自然と笑みがこぼれた。

 ピャートゥイが体を預けてくれたのが嬉しかったのだ。

 優しい静寂が時間の流れを緩やかにした。

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