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「旦那様……いえ、アズリオ様」
夕食を終えて後は寝るだけというタイミングで、ミハイルはアズリオに話しかけた。
スレインはすでに完全に怯えきって自領へと逃げ帰り、領地の境の警備も強化された。つまり、防犯上の理由としてアズリオの寝室に避難する大義名分は、もうなくなってしまったのだ。
「あの方も去りましたし、夜の寝所について少し話し合いませんか?」
ミハイルがいつも通りさっぱりとした口調で切り出すと、隣に座っていたアズリオの身体が、分かりやすいくらいびくりと強張った。
(つ、ついにこの時が来てしまったか……!)
アズリオの脳内は瞬時に大混乱に陥る。
両想いだと分かったのは天にも昇る心地だが、今まではあくまで護衛という建前があったから同じ部屋にいられたのだ。スレインが消えた今、これ以上自分の部屋に引き留めるのは、それこそ自分の職権濫用、下卑た下心を押し付けることになるのではないか、と持ち前の真面目さと罪悪感がまたしても頭をもたげ始める。
「あ、ああ、そうだな。ミハイル……。元の貴殿の部屋は、いつでも戻れるよう完璧に整えさせてある。……やはり、俺のような男と同じ部屋で眠るのは君にとっては窮屈だろうから、元の部屋に戻って眠るといい」
アズリオは拳を握りしめ、胸を引き裂かれるような思いでそう言った。
それを見たミハイルは、呆れたように、けれど愛おしそうに小さく吹き出した。
「アズリオ様、またそうやって気を遣って遠ざけないでください。僕は一言も窮屈だから戻りたいなんて言っていませんよ?」
「え……?」
「むしろ、僕は……」
ミハイルは少しだけ視線を落とし、ほんのりと頬を桜色に染めながら、アズリオの服の袖口をきゅっと掴んだ。両想いだと分かってから、ミハイルもアズリオに対する遠慮の仕方が少しだけ変わってきている。
「アズリオ様の傍にいると安心するんです」
「ミ、ミハイル……っ!」
ゆるりと頬を緩めるミハイルに、アズリオはその場で悶絶しそうになる。
「だから、もしアズリオ様が嫌でなければ、僕はこれからもあの部屋で眠りたいな、と……。もちろん、今度はアズリオ様もソファーではなく、ベッドで一緒に、です。……だめ、でしょうか?」
無意識の上目遣いで、はにかむようにそんな提案をされて、断れる男がこの世にいるだろうか。いや、いない。
「だ、ダメなわけがあるか!! むしろ俺の方から床に頭を擦りつけてでもお願いしたかったことだ!」
アズリオはガタッと立ち上がり、鼻血が出そうなほどの熱量を堪えながら叫んだ。しかし、すぐにまた持ち前の理性がブレーキをかける。
「し、しかし! 同じベッドで眠るとなると、俺の理性が……っ。いや、もちろん君が嫌がることは絶対にしないと神に誓うが、どうしても、その、触れたいと思ってしまうかもしれない。君に無理をさせるわけには――」
「アズリオ様」
ミハイルは立ち上がり、アズリオの大きな手を両手でそっと包み込んだ。そして、今度は悪戯っぽく、しかし確かな熱を帯びた瞳で彼を見つめる。
「僕たちは夫婦ですよ? 好きな人に触れられて、嫌だと思うはずがないでしょう。……それとも、アズリオ様は僕に触れたくないのですか?」
「そんなわけがあるか!!!」
ついにアズリオの理性のリミッターが完全に吹き飛んだ。
「わ、分かった。同じ部屋で、同じベッドで寝よう。ただし、俺が万が一暴走しそうになったら、遠慮なくその枕で俺を殴り倒してくれ!」
「ふふ、そんな物騒なことはしませんよ」
こうして、引き続き2人は同じ部屋で眠ることになった。




