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翌日、アズリオはミハイルが起きてくるよりも早く動き出した。

「私の部屋のベッドのマットレス、枕、布団、毛布、すべてを夜までに完全な新品に取り替えてくれ。元々あったものは処分して構わない。」

朝一番に血相を変えて命じる主人に、執事は「は、はあ……」と首を傾げたが、夕方までには作業が終わり、真新しくアズリオの匂いが一切しないベッドになった。

夜になってミハイルがアズリオの部屋に訪れると、すぐに昨日との違いに気がついた。

(あれ?ベッドが昨日と違くなってる……?)

チラリとアズリオの様子を伺うと、アズリオもまたミハイルの様子を見ていた。

(僕の匂いがついたから嫌だったのかな?それなら、あの貴族が帰って僕が来なくなってから替えれば……ああ、そうか。僕がここで寝る間だけこの寝具にして、僕が自分の部屋で寝るようになったらまた元の寝具に戻すつもりなんだ。僕は旦那様の匂いが好きだけど、旦那様は僕の匂いが嫌いなのかもしれない)

ミハイルはいつも通りさっぱりと解釈しようとしたけれど、胸の内にはぽつりと小さな寂しさと悲しみが湧いた。

「旦那様、おやすみなさい」

そう言うミハイルの声は僅かに震えていて、アズリオがそれを見逃すはずがなかった。

「……ああ、おやすみ。ミハイル」

そう返したアズリオの胸に、かつてない激しい警鐘が鳴り響いた。

(今……ミハイルの声が震えていなかったか……!?)

気のせいではない。いつも淡々と、穏やかでさっぱりとした態度を崩さないミハイルが、明らかに動揺し、傷ついたような、泣き出しそうな声を一瞬だけ漏らしていた。

アズリオは慌ててソファーから立ち上がり、ベッドの傍らへと歩み寄った。ミハイルはシーツを胸元まで引き上げ、アズリオから顔を隠すように少し背を向けている。

アズリオの脳内は、凄まじいスピードで「自分の何がミハイルを傷つけたのか」の理由を探し始めた。そして、ミハイルが部屋に入ってきてから、じっとベッドを見つめていた姿を思い出す。

(――ベッドだ。寝具をすべて新品に替えたことが原因か!?俺の匂いでミハイルを不快にさせないためだったが、まさかミハイルは、「自分の匂いがついたから、汚らわしくて全て処分された」と誤解したのではないか!?)

そこまで思い至った瞬間、アズリオの背中に冷や汗が流れた。

ただでさえ望まぬ婚姻で傷ついているはずのミハイルに、これ以上の精神的暴挙を働くなど、あってはならない。

「ミハイル」

アズリオは努めて優しく、しかし傍から見れば必死さを隠しきれない声で呼びかけた。

ベッドの上の小さな身体が、ピクリと小さく跳ねる。

「……はい、旦那様。何でしょうか」

振り返ったミハイルの瞳は、いつも通りの穏やかさを装おうとしていたが、その奥には隠しきれない寂しさが滲んでいた。アズリオはその場に膝をつき、ベッドの上のミハイルと視線を合わせるようにして、慌てて言葉を紡ぐ。

「寝具のことなのだが……急に替わっていて、驚かせただろう。すまない」

「いえ、そんな。旦那様のお部屋のものですから、僕が口を挟むことではありません」

穏やかに微笑むミハイルに、アズリオは恥を忍んで口を開いた。

「その、自分の匂いが心配だったんだ。寝るときには香水をつけないから、貴殿が男臭い匂いに落ち着かなかったり、匂いが移ったりしたら申し訳ないと思い……。本当は昨日気がつけばよかったんだが……」

ミハイルがパチパチと瞬きをする。アズリオは顔を赤くして視線を彷徨わせた。

「……僕のために、ですか?」

「……そうだ。貴殿を不快な気持ちにさせたくなかった。もし、新品のシーツが肌に合わなくて落ち着かないなら、すぐにまた別のものを用意させるが……」

大きな身体を小さくして不安げにしているアズリオを見て、ミハイルは呆気に取られてしまった。

(ああ、なんだ……。僕の匂いを嫌っているわけじゃなくて、僕に気を遣って新品を用意してくれたのか)

じんわりと胸が温かくなる感覚に、ミハイルはいつになく素直に思ったことを口に出した。

「僕は、てっきり旦那様は僕の匂いが嫌なんじゃないかと思っていました。でも僕は、旦那様の匂いが好きなので、正直少し残念です」

そういってすん、と寝具を嗅ぐ仕草をしたミハイルに、アズリオは耳まで真っ赤になった。

「嫌なはずがない。むしろ、その……俺も好ましく思っている。」

ミハイルはアズリオの消え入るような声も聞き逃さず、安心と眠気でふにゃりと笑った。

「よかったです。匂いだけでも、好きって、言ってもらえて……」

そう言って寝息を立て始めたミハイルに、アズリオはフリーズした。

(なんだ、この違和感は。ミハイルは俺を嫌っているはずなのに、ミハイルの中では俺がミハイルを嫌っていることになっているのか?確かに距離はとっているが、嫌っている相手に距離を詰められても困るだろう。いや、ミハイルにとっては実家への援助がかかっているから、俺の関心は気になるのか。だが、好意を伝えたらいよいよ身売りのようではないか。ミハイルに安心して過ごしてもらうにはどうしたらいいだろうか……)

穏やかに眠るミハイルに対して、アズリオは険しい顔で悶々と考えを巡らせていた。

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