表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる  作者: もちもちほっぺ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/20

ちいさな約束

礼装ではなく、室内着のままだった。ただ、その目が父に向いた瞬間、空気が変わった。


父の背筋が伸びた。継母が息を呑んだ。カサンドラが俯いた。


「……話は終わったか」


ギルバートはフェリシアに向けて、静かに言った。


「はい」


「そうか」


ギルバートは父を見た。


「伯爵」


「は、はい」


「フェリシアは私の妻だ」


ただ、それだけ言った。

でもその一言で、全部が終わった。


父は深く頭を下げた。継母も、杖をつきながら頭を下げた。カサンドラは俯いたまま、動かなかった。


「……帰れ」


ギルバートが静かに言った。

三人は立ち上がった。

応接室を出る前に、父が一度だけ振り返った。フェリシアを見た。


何か言いたそうだった。

でも結局、何も言わずに、扉の向こうに消えた。

馬車の車輪が、石畳を離れる音がした。


応接室に、二人が残された。

フェリシアは窓の外を見た。

ルミナリス家の馬車が、門を出ていくのが見えた。


「……辛くなかったか」


ギルバートが言った。


「少し」


フェリシアは正直に答えた。


「カサンドラ様が、変わっていたので」


「……そうか」


「怒りたいとか、悲しいとかより……なんというか」


フェリシアは言葉を探した。


「もっと早くに、誰かが気づいてあげていれば良かったと思って」


ギルバートは何も言わなかった。


「私も含めて」


しばらく、沈黙が続いた。

ギルバートがフェリシアの隣に立った。二人で、窓の外を見た。


冬の庭。枯れているように見えるが、土の中で、球根が眠っている。


「……春になれば、咲く」


ギルバートが言った。


「はい」


「……スノードロップが、一番に咲くはずだ」


「楽しみにしています」


ギルバートはフェリシアを見た。

フェリシアも、ギルバートを見た。


「……フェリシア」


「はい」


「……欲しいものはあるか」


フェリシアは少し、首を傾げた。


「欲しいもの、ですか」


「宝石も、ドレスも、もう大抵のものは渡した。……他に、欲しいものがあれば」


フェリシアはギルバートを見た。

真剣な顔だった。本当に困っているのが、伝わってきた。贈り物のネタが尽きて、でも何か渡したくて、どうしたらいいかわからない顔だった。

フェリシアは少し考えた。


「では」


「なんだ」


「クッキーをいただけますか」


ギルバートが、動きを止めた。


「……クッキー」


「はい。公爵様が作ってくださった、花模様の」


ギルバートはフェリシアを見た。


「……あんなものでいいのか」


「あんなものが、いいんです」


ギルバートはしばらく、フェリシアを見ていた。

それから視線を逸らした。


「……明日、作る」


「楽しみにしています」


「……花の模様でいいか」


「はい」


「……何の花がいい」


「スノードロップを」


ギルバートは窓の外を見た。

球根が眠っている、冬の庭を見た。


「……難しいかもしれない」


「不器用でも、嬉しいです」


ギルバートの耳が、赤くなった。


「……わかった」


翌朝、フェリシアが厨房に向かうと、ベルナルドが複雑な顔をして出てきた。


「奥様、公爵様が厨房に」


「入ってらっしゃいますか」


「夜明け前から」


フェリシアは扉をそっと開けた。

ギルバートが、エプロンをつけて立っていた。


テーブルの上に、クッキーの生地が並んでいる。型を使おうとしているのか、何種類かの道具が出ていた。でも型にスノードロップの形はないらしく、ギルバートは小さなナイフで、一枚一枚、手で模様を刻んでいた。


不器用だった。

明らかに不器用だったが、丁寧だった。

一枚刻んでは確かめ、また刻む。眉間に皺を寄せて、真剣な顔で、小さなクッキーに向かっていた。


フェリシアはしばらく、扉の陰から見ていた。

胸の中が、じんわりと温かくなった。


「……公爵様」


ギルバートが振り返った。

エプロン姿だった。軍礼服でも、室内着でもなく、エプロン姿だった。


「……早い」


「お手伝いしてもいいですか」


「……いい」


「でも」


フェリシアは厨房に入りながら言った。


「模様は、公爵様が全部彫ってください」


ギルバートは少しの間、フェリシアを見た。


「……全部か」


「全部です」


ギルバートは頷いた。

それからまた、小さなナイフを手に取った。

二人で並んで、厨房に立った。外はまだ暗かった。窓の向こうに、冬の庭がある。


「旦那様」


「なんだ」


「来年の春、楽しみですね」


「ああ」


「庭に、二人で出ましょう」


ギルバートは手を動かしながら、答えた。


「……ああ」


「スノードロップが咲いたら」


「……一番に、教える」


フェリシアは微笑んだ。

窓の外が、少しずつ白み始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ