再会
頬がこけて、目の下に影がある。領地の作物が枯れ始めてから、眠れない夜が続いているのかもしれなかった。
父はフェリシアを見た。
フェリシアも父を見た。
父が口を開きかけた。
「まあ、お姉様!」
カサンドラだった。
ドレスは今夜も華やかだった。
でも、フェリシアの目には、二ヶ月前と何かが違って見えた。
たっぷりとした体つきは変わらないが、顔色が冴えない。頬のバラ色が、心なしか薄い。扇で口元を隠しているのは、その唇の乾きを隠しているのかもしれない。
「ずいぶんと立派なドレスを着ているのね。いい暮らしをしているみたいじゃない」
カサンドラが扇を揺らしながら近づいてきた。
周囲の人々が、さりげなく注目しているのがわかった。
「お久しぶりです、カサンドラ様」
フェリシアは静かに言った。
「久しぶり。……随分と、変わったものね」
カサンドラの目が、フェリシアのブローチに止まった。次に、フェリシアの隣に立つギルバートに。
その顔が一瞬強張ったが、すぐに取り繕った。
「でもお姉様はお姉様ね。どこにいても、地味なものは地味。雑草を育てていた人が急に着飾ったところで」
周囲の声が、少し静まった。
フェリシアは答えなかった。
言い返す言葉を探していたのではない。ただ、カサンドラの言葉が、以前ほど胸に刺さらないことに気づいていた。
同じ言葉なのに、同じ場所を刺さない。
「……それより、お姉様って薄情よね」
カサンドラが続けた。
扇の動きが、少し速くなった。
「ルミナリスの領民が困っているのに、のうのうと公爵邸で花など育てて。領民を見捨てるつもり?自分だけ良い暮らしをして、恥ずかしくないの?」
周囲がまた静まった。
領民、という言葉は効いた。貴族にとって領民の暮らしは、責任の話だ。それを持ち出されると、返しにくい。カサンドラもそれをわかって言っているのだろう。
フェリシアはしばらく、黙っていた。
カサンドラが勝ち誇ったように扇を揺らした。
「何も言えないでしょう。いくら公爵夫人になったからって、生まれの」
「カサンドラ様は、今もイベントのお仕事が入っていますか」
フェリシアが静かに言った。
カサンドラが口を閉じた。
「え?」
「オーロラのご依頼です。先日も王家の方から声がかかっていると、以前伺っていたので」
「……ええ、まあ、それはそうだけど」
「それならば」
フェリシアは少し考えるような顔をしてから、続けた。
「カサンドラ様のオーロラの稼ぎがあれば、領民が飢えることはないと思ったので」
静寂が落ちた。
カサンドラが瞬いた。
「……え?」
「カサンドラ様はルミナリス家の顔として、ずっと家に貢献されてきたと聞いています。その稼ぎがある限り、領民の食い扶持くらいは賄えるはずと思って、私は安心していたのですが」
「ちょ、ちょっと待って、それは」
「違いましたか?」
フェリシアは首を傾げた。
至って真剣な顔だった。
カサンドラの口が、開いたまま閉じなかった。
稼ぎがあると認めれば、領民を救う資金があるのに救っていないということになる。稼ぎがないと言えば、これまで吹聴してきた自分の価値を自分で否定することになる。どちらに転んでも、逃げ場がなかった。
そのとき、隣で噴き出す気配がした。
アルヴィンだった。
口元に手を当てて、必死に堪えようとしている。肩が小刻みに震えていた。
「ローゼン、タール様……?」
カサンドラが引きつった声で言った。
「失礼、少し……」
アルヴィンは一度、深く息を吸った。笑いを飲み込もうとしているのが、見ていてわかった。でも無理だったらしい。
「……っは」
こらえきれず、短く吹き出した。
慌てて口を押さえる。目が笑っている。どうにか表情を整えようとしているが、目元が全然追いついていない。
ギルバートがアルヴィンを一瞥した。
「……アルヴィン」
「わかってます、わかってますから少し待って」
アルヴィンは深呼吸を三回した。
ようやく顔を上げたとき、その目はまだ笑っていたが、声は落ち着いていた。
「失礼しました、カサンドラ嬢」
「……何がおかしいのですか」
「いいえ、おかしくはありません」
アルヴィンは真顔で言った。
「フェリシア嬢のおっしゃる通りです。カサンドラ嬢のオーロラは社交界でも高く評価されている。その稼ぎがある限り、ルミナリス家の領民が飢えることはない。……そういうことですよね、フェリシア嬢」
「はい」
フェリシアはまっすぐ頷いた。
アルヴィンの口端が、また少し上がった。
「カサンドラ嬢、ご安心ください。フェリシア嬢はあなたを信頼していらっしゃるようです」
カサンドラの頬が、みるみる赤くなった。
扇が、小刻みに揺れていた。
「……っ」
何か言いかけて、カサンドラは踵を返した。ドレスの裾を翻し、人混みに消えていく。
その背中を見送ってから、アルヴィンはフェリシアに向き直った。
「フェリシア嬢」
「はい」
「今のは……ご自分で、わかっていましたか」
フェリシアは少し考えた。
「カサンドラ様がご活躍されているのは本当のことですし、領民のことを心配してくださるなら、きっとお力になれると思って」
アルヴィンはフェリシアを見た。
三秒ほど、見ていた。
「……そうですか」
それからまた、短く噴き出した。
「本当に……本当に、あなたは」
「何かおかしなことを言いましたか」
「いいえ」
アルヴィンは目元を拭いながら、首を振った。
「何もおかしくない。完璧です」
ギルバートがアルヴィンを見た。それからフェリシアを見た。
その目が、普段より少し柔らかかった。
「……アルヴィン」
「なんですか」
「……早く帰れ」
「またそれですか」




