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雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる  作者: もちもちほっぺ


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16/20

再会

頬がこけて、目の下に影がある。領地の作物が枯れ始めてから、眠れない夜が続いているのかもしれなかった。


父はフェリシアを見た。


フェリシアも父を見た。


父が口を開きかけた。


「まあ、お姉様!」


カサンドラだった。

ドレスは今夜も華やかだった。

でも、フェリシアの目には、二ヶ月前と何かが違って見えた。


たっぷりとした体つきは変わらないが、顔色が冴えない。頬のバラ色が、心なしか薄い。扇で口元を隠しているのは、その唇の乾きを隠しているのかもしれない。


「ずいぶんと立派なドレスを着ているのね。いい暮らしをしているみたいじゃない」


カサンドラが扇を揺らしながら近づいてきた。

周囲の人々が、さりげなく注目しているのがわかった。


「お久しぶりです、カサンドラ様」


フェリシアは静かに言った。


「久しぶり。……随分と、変わったものね」


カサンドラの目が、フェリシアのブローチに止まった。次に、フェリシアの隣に立つギルバートに。

その顔が一瞬強張ったが、すぐに取り繕った。


「でもお姉様はお姉様ね。どこにいても、地味なものは地味。雑草を育てていた人が急に着飾ったところで」


周囲の声が、少し静まった。


フェリシアは答えなかった。

言い返す言葉を探していたのではない。ただ、カサンドラの言葉が、以前ほど胸に刺さらないことに気づいていた。


同じ言葉なのに、同じ場所を刺さない。


「……それより、お姉様って薄情よね」


カサンドラが続けた。

扇の動きが、少し速くなった。


「ルミナリスの領民が困っているのに、のうのうと公爵邸で花など育てて。領民を見捨てるつもり?自分だけ良い暮らしをして、恥ずかしくないの?」


周囲がまた静まった。

領民、という言葉は効いた。貴族にとって領民の暮らしは、責任の話だ。それを持ち出されると、返しにくい。カサンドラもそれをわかって言っているのだろう。


フェリシアはしばらく、黙っていた。

カサンドラが勝ち誇ったように扇を揺らした。


「何も言えないでしょう。いくら公爵夫人になったからって、生まれの」


「カサンドラ様は、今もイベントのお仕事が入っていますか」


フェリシアが静かに言った。

カサンドラが口を閉じた。


「え?」


「オーロラのご依頼です。先日も王家の方から声がかかっていると、以前伺っていたので」


「……ええ、まあ、それはそうだけど」


「それならば」


フェリシアは少し考えるような顔をしてから、続けた。


「カサンドラ様のオーロラの稼ぎがあれば、領民が飢えることはないと思ったので」


静寂が落ちた。

カサンドラが瞬いた。


「……え?」


「カサンドラ様はルミナリス家の顔として、ずっと家に貢献されてきたと聞いています。その稼ぎがある限り、領民の食い扶持くらいは賄えるはずと思って、私は安心していたのですが」


「ちょ、ちょっと待って、それは」


「違いましたか?」


フェリシアは首を傾げた。

至って真剣な顔だった。


カサンドラの口が、開いたまま閉じなかった。

稼ぎがあると認めれば、領民を救う資金があるのに救っていないということになる。稼ぎがないと言えば、これまで吹聴してきた自分の価値を自分で否定することになる。どちらに転んでも、逃げ場がなかった。

そのとき、隣で噴き出す気配がした。


アルヴィンだった。


口元に手を当てて、必死に堪えようとしている。肩が小刻みに震えていた。


「ローゼン、タール様……?」


カサンドラが引きつった声で言った。


「失礼、少し……」


アルヴィンは一度、深く息を吸った。笑いを飲み込もうとしているのが、見ていてわかった。でも無理だったらしい。


「……っは」


こらえきれず、短く吹き出した。


慌てて口を押さえる。目が笑っている。どうにか表情を整えようとしているが、目元が全然追いついていない。

ギルバートがアルヴィンを一瞥した。


「……アルヴィン」


「わかってます、わかってますから少し待って」


アルヴィンは深呼吸を三回した。

ようやく顔を上げたとき、その目はまだ笑っていたが、声は落ち着いていた。


「失礼しました、カサンドラ嬢」


「……何がおかしいのですか」


「いいえ、おかしくはありません」


アルヴィンは真顔で言った。


「フェリシア嬢のおっしゃる通りです。カサンドラ嬢のオーロラは社交界でも高く評価されている。その稼ぎがある限り、ルミナリス家の領民が飢えることはない。……そういうことですよね、フェリシア嬢」


「はい」


フェリシアはまっすぐ頷いた。

アルヴィンの口端が、また少し上がった。


「カサンドラ嬢、ご安心ください。フェリシア嬢はあなたを信頼していらっしゃるようです」


カサンドラの頬が、みるみる赤くなった。

扇が、小刻みに揺れていた。


「……っ」


何か言いかけて、カサンドラは踵を返した。ドレスの裾を翻し、人混みに消えていく。

その背中を見送ってから、アルヴィンはフェリシアに向き直った。


「フェリシア嬢」


「はい」


「今のは……ご自分で、わかっていましたか」


フェリシアは少し考えた。


「カサンドラ様がご活躍されているのは本当のことですし、領民のことを心配してくださるなら、きっとお力になれると思って」


アルヴィンはフェリシアを見た。

三秒ほど、見ていた。


「……そうですか」


それからまた、短く噴き出した。


「本当に……本当に、あなたは」


「何かおかしなことを言いましたか」


「いいえ」


アルヴィンは目元を拭いながら、首を振った。


「何もおかしくない。完璧です」


ギルバートがアルヴィンを見た。それからフェリシアを見た。


その目が、普段より少し柔らかかった。


「……アルヴィン」


「なんですか」


「……早く帰れ」


「またそれですか」



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