夜会にて
王都で開かれる秋の夜会。差出人は王家の紋章入りで、断ることのできない類のものだった。
「……行かなければならないか」
ギルバートが封書を見ながら言った。どこか憂鬱そうだった。社交の場が得意でないのは、見ていればわかった。
「おふたりでのご出席ですか」
ホレスが確認すると、ギルバートはフェリシアを見た。
「……フェリシアも来い」
命令のような言い方だったが、フェリシアにはもうわかっていた。それが、一緒に行きたいという意味だということが。
「はい」
夜会の当日、フェリシアは仕立て屋が届けてくれた深い緑のドレスを着た。
胸元に、カモミールに似たパールのブローチをつけた。鏡を見ると、自分でも少し驚いた。ルミナリス家にいた頃の自分とは、別の人間のようだった。
扉をノックする音がした。
開けると、ギルバートが立っていた。礼装姿だった。金の飾緒のついた軍礼服で、普段より更に威圧感がある。
でもその目が、フェリシアを見た瞬間に、微かに変わった。
「……準備できたか」
「はい」
ギルバートはフェリシアをもう一度見た。それから視線を逸らした。
「……行くぞ」
廊下を並んで歩きながら、フェリシアはちらりとギルバートの横顔を見た。耳が少し赤かった。
会場に入った瞬間、人々の視線が集まった。
フェリシアは最初、ギルバートに向けられた視線だと思った。氷の魔王が夜会に現れれば、それだけで注目を浴びるだろう。
でも違った。
「ウィンストン公爵が奥方を連れてきた」
という囁きが、さざ波のように広がっていくのが聞こえた。
ギルバートが妻を社交の場に連れ出したのは、初めてのことだった。
フェリシアはギルバートの少し後ろを歩こうとした。
ギルバートの手が、フェリシアの手を取った。
無言で、隣に並べた。
フェリシアは少し驚いたが、何も言わずにギルバートの隣を歩いた。
しばらくして、アルヴィンが現れた。
「やあ、二人とも。フェリシア嬢、今夜は一段と」
「……余計なことを言うな」
「まだ何も言っていませんよ」
アルヴィンはフェリシアに笑いかけた。フェリシアも笑い返した。
三人で話していると、周囲の空気が少し和らいだ。アルヴィンがいると、ギルバートの威圧感が幾分か薄れる。
それを本人も知っているのか、ギルバートはアルヴィンが側にいることを嫌がらなかった。
「今夜はルミナリス家も来ているようです」
アルヴィンが、さりげなく言った。
フェリシアは少し、体が固くなるのを感じた。
「……そうですか」
「顔を合わせることになるかもしれない。心の準備だけ」
「ありがとうございます」
ギルバートがフェリシアを見た。何も言わなかったが、フェリシアの手をそっと取った。さりげない動作だったが、確かな力があった。
フェリシアは小さく頷いた。
ルミナリス家と顔を合わせたのは、夜会も半ばを過ぎた頃だった。
人の流れの中で、ふと視線を感じた。
振り返ると、父がいた。
エドワード・ルミナリス伯爵。
二ヶ月ぶりに見る父の顔は、フェリシアが記憶しているより、老けていた。




