151話 懐柔
鉄の意思で気遣う表情を取り繕っていたが、普通にクラリッサは膝から崩れ落ちそうだった。
──終わった。
(完全に終わった。)
ベッドの上でリーシャは顔色悪そうにしていた。
普段の元気溌剌な様子は、一切ない。
リーシャはベッドの上で布団をどかして、上半身だけ起こす姿もよれよれしている。
非常に虚弱だ。
(すごく。
すごくダメそう。)
──何も考えないまま、恋も成果も全て持ってくリーシャの主人公ムーブも計算のうちなのだが。
「クラリッサさん……ごめんね。
ちょっと頑張りすぎたみたいで。」
「い、いいのよ。
体を大事にして。
水精霊は?」
「うん、あの子もちょっと疲れたみたい。呼んでも寝てる。
大丈夫かな?」
「精霊よ。
そりゃ大丈夫よ。そのうちまたうるさい事言い出すわ。
それじゃ、行くから、体を大事にね。」
「うん。ありがと。
う……」
よろけるリーシャを置いて、そしてクラリッサは部屋から去る。
「……」
無言のクラリッサ。
マリアの心配そうな声音。
「お嬢様。
大丈夫とか、言ってましたけど本当に大丈夫でよね?
もちろんリーシャちゃんもですけど……
あきらかに戸惑ってましたけど。
リーシャちゃんじゃなくて、お嬢様が」
アルヴェインの高度は現状3㎞ほど。
リーシャが、精霊の力を通すことで、300m級プロメテウスブレイクは動く。
よって移動手段は空中を高速機動できるプロメテウスブレイクの想定。
そんで強襲。
その作戦はリーシャがダウンしたことで瓦解した。
「終わったわね……
これは完全に終わった……最後の筋トレでもしようかしら……」
「諦めないでください!!!!」
竜王は落ち、戦線は膠着。
アルヴェインは浮上していく。
精霊に抱かれるように。
クラリッサはそこへ戻る。
世界論文大会会場へ。
各国の代表が集まる。
「ごめん。
ラティア。
リーシャがダウンした。」
「……
マジか。」
「うん。」
「……しょうがないの。一応第二プランも用意しておる。
不確定な手ではなるが、これで行くか。」
「ラティア。なんかあんの?
代替手段が。自爆の奴?」
「それではないの。
竜王をとらえておる。
力を借りるしかあるまい。」
難しそうな顔をして、ラティアはそれを言った。
幹をくり抜いた通路。
精霊の光が灯る回廊。
そこにある地表からわずかに浮いた、森の奥深くの円環状の空間。
竜形態も保てない竜王が、拘束用の空間にいた。
すごく,イケメン。
なんか、いやな予感がする。
非常にめんどくさい展開がすでに匂い立っている。
「殺せ。
俺は魔王様との空が好きだった。
死に場所を求めていた。
そして敗北したのだ。
もう翼は折れた。」
「お、お嬢様。
なんかこの方、自分語りをし始めましたよ。」
「え、ええ。マリア。
私も戸惑っているわ。
すでに殴りたい。」
ともかく、時間がないので要約すると、拗らせて全部どうでもよくなって、エルフ領を落としに来たらしい。
──どうしたものか。
(この、人に変化した羽根とかげを、なんとか奮起させつつ懐柔するか、リーシャに無理させて、プロメテウスブレイクの精霊枦にエネルギーを供給するかしない。
移動手段をどうにかしてなんとかしないと、そもそもアルヴェインのある高度にすら到達できない。
ともかく話してみよう。)
「久しぶりね。竜王。
魔王戦線以来かしら。」
「クラリッサか。
殺してやるから、そこで静かにしてろ。」
「人間形態ねえ……
竜の形態も保てないんだ。
力を貸しなさいよ。」
「聞くと思っているのか。」
「風精霊と仲良く心中したいなら、今すぐ殺してやるからここでどうするか決めて。
今ここでよ。
戦うなら殺す。
秒でこの瞬間に殺す。
有象無象のように殺してやる。
本気で邪魔だから。
万全の状態で戦いたいなら、付き合うから、後にして。」
「……」
そしてクラリッサは、マリアのもとにすごすごと戻ると言った。
「よし。だめね。」
「いや、今の説得する気ありました!?!?
お嬢様!!!」
「だって……
人の心とかよくわかんないもん。
ちょっと諦めちゃってんだもん、あの羽トカゲ。」
言い切ったよこの人。
リーシャが来ていた。
「リーシャ。寝てなくて大丈夫なの?」
「うん。
こんな時に寝てられないよ。
竜王さんがいるんだよね。
私が話してみるよ。」
「そ、そう。
なんでまた……いや、寝てなさいよ。
虚弱状態でしょあなた。本当に死ぬ──」
クラリッサは言葉を切ると、ふと周囲をみる。
おかしい。不自然なほど周囲がこの状況を受け入れている。
そしてクラリッサは悟った。
──なるほど。
(イベントに入った。
フラグが進んだ。
これはリーシャと竜王との出会いイベントか何かなんだろう。)
──ということは、エルフ領編は、これが正解ルート。
(……いや,さすがにそれはないか。
ワンレイディーファーストキスに、エルフの森が全滅するみたいなルートはなかったはずだ。覚えてないけど。
うろ覚えだか、魔族が来るにしても転校生だったとかだ。)
話は続いていた。
「……そうだ。否定はしない」
「ふざけないで
……飛べないって決めたの、あなただよね。
私、無理してでも飛ぼうとしてる。
怖いし、足りないし、壊れるかもしれないけど。」
まっすぐ、竜王を見る。
「あなたのそれ、“できない”じゃなくて、“やめた”だよね。」
――静寂。
風すら止まったような感覚。
竜王の指先が、わずかに震える。
「……やめろ。
俺の“終わり”を、勝手に書き換えるな
……一度だけだ」
掠れた声。
それでも、確かに前を向いていた。
「一度だけ、飛ぶ。」
リーシャと竜王のやりとり。
クラリッサは能面のような笑みを顔に張り付けて、冷や汗をダラダラながしていた。
ちょれえぞ、こいつ……
あまりにちょろすぎる……
──え。本当にこれでいいの!?!?
──まさか本当にこれで懐柔完了なの!?!?
どうやら話がまとまったようなので、クラリッサは周りに合わせて、わかってます風に頷いておいた。
内心では、盛大に引いていた。
どうやら、移動手段ができそうだ。
作戦は明朝。
そこで全てが決まる。




