131話 尋問あれこれ
薄暗い空間だった。
根が絡み合ってできた壁。
生きたままの木材が、ゆっくりと呼吸するように軋んでいる。
拘束具もまた同じだ。
蔓がクラリッサの手首と胴を縛り、脈打つように締め付けている。
対面には、尋問係であるエルフが数人。
「クラリッサ・グランディール。
魔族四天王シトリーとの関係は?
「なんのことかしら。」
クラリッサの初手。
みえみえの、すっとぼけ。
間髪入れない返答。
考える素振りすらない。
「シトリーは危険個体だ。
魔族四天王。
単独で都市機能を崩壊させうる存在。
その権能は魅了。
それと接触した者は、例外なく監視対象となる。
あなたも例外ではない。
シトリーとの関係は?」
「彼女はグランディール領に所属するメイドだけど。
ちょっと、魔術が扱えるなって。
だから手伝ってもらったの。」
「聖女候補だ。
知らないと言わせん。」
「いや、魔族とか全然わかんない。
だってお給料はらってるもん。
あなた魔族にお給料払う?」
エルフは思った。
どの口が言う。
扉が軋み、空気が変わる。
ラティアが来る。
「私が変わろう。」
「は。ラティア様。」
その一言で、場の主導権が移った。
クラリッサは、その様子を眺めて感心していた。
尋問係たちの背筋が揃い、わずかな緊張が走る。
「うーむ。本当に偉いのねえ。あなた。」
「貴様!!
ラティア様になんて事を!!」
「良い。
クラリッサと2人にしてもらえるかの。」
「はっ。」
クラリッサの言葉に即座に怒声が飛び、ラティアは手を軽く上げるだけで、それを制した。
尋問係のエルフ達の退室を見送る。
足音を殺し、速やかに退室し、扉が閉まる。
「ラティア。これ外してくれない?
話す気はあるんでしょ。」
「さすがに無理じゃな。
さてクラリッサ。
私もシトリーの論文を読ませてもらった。
あやつは、世界崩壊に至る可能性のある魔術理論をいくつも示しておる。
これについて、お主はどう思う?」
「シトリーがやる気なら、もうやってると思うけど?
それをこんなところで発表してる。
それって、手札を晒してるのよ。
それどころか、開発の発展性まで提示するとか、これ以上ない協力体制の提案だと思うけど。
受ける取れる受け取れないかは知らないけど。」
「はっきり言うぞ。
受け取れるわけがなかろう。」
「あのねえ。ラティア。
サキュバスは愛憎が深い一族。
今は、私の兄のセドリック・グランディールに入れ込んでる。
その時点で“制御可能”な状態にはある。
懐柔は、ほぼ終えてる。
さらに彼女の一族はトレザール領で確保済み。
サキュバスの権能である魅了は、今代の聖女セレスティアに封じられてる。
肉体もまあ強いけど、真正面から脅威になるほどじゃない。
これでもなお脅威と思うとか、びびりすぎなんじゃない?」
「お主が、先を見なさすぎておる。
戦は、力だけで起こるものではない。
可能性が示された時点で、人は動く。
疑心が、恐怖が、連鎖する。
そしてそれは、理屈では止まらん。」
「魔術の発展に、種族間の軋轢をもちこむとか悠長すぎると思うけど。」
「お主が性急すぎるな。
先の戦争の傷が癒えてないものも多い。
実際、今回の大会の出場者のほとんどがそうであろうに。」
「空中庭園アルヴェルンが落ちる事がないなら、ここまではやらないけどね。」
「……」
「さらに魔族の暗躍よ。
魔族は一枚岩じゃない。
対話派がいても、潰しに来る連中はいる。
エルフ領が落ちでもすれば戦争に逆戻り。
精霊が原因でも同じ事でしょ。
ラティア。
精霊の問題は、もうエルフだけの問題じゃないと私は思う。
力を合わせなければならないんだ。」
「……時間をもらえるかの?」
「そんなに猶予はないけどね。
多分。」
「最後に一つだけ。
シトリーは、大規模魔術のシミュレーションをすると言っておった。
それについてどう思う?」
「どう思うって?」
「終焉降下
地殻断裂
黒炎飽和
嵐核暴走
これらの仕様を踏まえ、魔族が今後、計算やシミュレーションを活用するとしたら、これらの脅威は増すと思うかの?」
「いや、というか、シミュレーションくらい最初からやりなさいよ。
そんなこと今更やってるから、魔族ほどの武力を持ちながら世界を滅ぼしてないのよ。
頭悪いんじゃないの?
私が魔王なら、もう10度は世界を滅ぼしてるから。」
ボロクソだった
やがて扉が開く。
「クラリッサ・グランディール。移動するぞ。
拘束は解く。」
「……いいの?」
「無論、条件付きじゃ。
お主は私の監視下に置く。
行動、接触、すべて記録させてもらう。
檻の中では、何も分からぬからな。
お主が“どちら側か”を見極める。
それが、解放の理由じゃ。」
再び現れたのは、ラティアだった。
蔓が、ゆっくりとほどけていくと、痺れた腕に血が戻る。
クラリッサは、腕を回しながらそれを確かめる。
「へぇ。
すごくびびってたのにね。
なんか性急なんじゃない?」
「確かにそうかもしれぬ。
だがお主は言ったな。
魔術の発展には、種族間の軋轢を挟む暇などない。
一面では真実じゃ。
変化を恐れていたのかもしれぬ。
我らエルフは変化を恐れていたと、そう受け取って構わん。
それに。」
「それに?」
「魔術論文大会には、各国の交流を通して魔術が発展すれば、空中庭園アルヴェルンをなんとかできる術が、手がかりだけでも得られるかもしれぬという狙いがあった。
それが魔族だったというのは、なんとも皮肉な話じゃがな。」
「未知へと足を踏み出した者であればこそ、世界はその境界を広げる。
その間に私はアルヴェルンを落とさない方法を探す。
でも別に、──落ちるって選択でもいいと私は思うけどね。
滅びを受け入れるのも、立派な決断だと思うし。」
ラティアは不敵に笑った。
「ぬかせ。
誰よりも足掻くじゃろうに。」
シトリーが拘束されていた場所は、建物の内部ではなかった。
幹をくり抜いた通路。
精霊の光が灯る回廊。
そこにある地表からわずかに浮いた、森の奥深くの円環状の空間。
「派手に拘束したわね。」
「さすがにしょうがあるまい。
魔王戦線において、シトリーのもたらした被害は驚くほど大きい。
よく懐柔したものじゃ。」
「いや、なんもしてない。
勝手に自滅したというか。
魔王軍におけるサキュバスの扱いが杜撰だったというか。」
「理由があるのかもしれぬな
領域指定、解除対象――シトリー。」
ラティアの声が静かに響くと、空間がわずかに軋んで見えない壁がほどけていく。
拘束されていたシトリーは開放される。
何もなかったように、シトリーは目を開けて、肩を回す。
「……窮屈な場所だったな。」
「そうでなければ意味がないからのう。」
クラリッサはわずかに笑う。
「偉かったじゃない。シトリー。
論文大会で暴れないで。」
「当たり前だ。
完全に敵対してしまえば、セドリック様と添い遂げる事ができないからな。」
「……ねえ。シトリー。
一体何が、あなたをそこまで掻き立てたの?
魔族を裏切るほどに。」
「顔。」
秒で言い切るシトリーにクラリッサは思った。
(恋愛って軽いんだなー。)
「だって。
ねえ、ラティア聞いた?
やっぱ顔じゃない?世の中……」
「……いや、さっぱり理解できぬ。」
「知らないのね。
恋を。」
「私は、クラリッサの事は大して知らぬが、絶対恋なんてしたことないじゃろ。
お主。」
「ふふん。」
「どやるな。筋肉女。」




