129話 解決策が見つからないままでも進むしかない。
ラティアはそれを言った。
決まってしまった未来をなぞるような、事実だけを告げる声音だった。
「風精霊が変異を終えれば、その過程で精霊のゆりかご――アルヴェインは落ちる。終わりじゃ。」
「……終わり?」
「うむ。落ちるだけではない。
積み上がった質量。
溜め込まれた魔力。
それらが一度に地表へ叩きつけられる。
叩きつけられるだけならまだ良い。
規模が大きすぎる。
空は閉ざされ、光は届かなくなる。
大地は凍りつき、流れは止まり、巡りは断たれる。
そして世界は、ゆっくりと死ぬ。」
クラリッサは、軽くため息をつく。
──精霊の変位過程に中途半端に手をだせば、文字どおり世界が崩壊する。
──精霊が変位過程を達成してしまえば、風精霊はアルヴェインを必要としない形に、精霊の循環を作り変える。
(どちらにしても必要なくなった空中庭園アルヴェインは堕ちる。
世界は終わり。
はあ……どうせこんなことだろうと思ったわよ。
まあ、なんとかするしかない。)
リーシャは、あわあわしはじめた。
「どうするの?」
「猶予は、もはやない。
手立てはない。
どうにもできぬ。
どうにかしようと思ってここに様子を見に来ておるが……
変異はすでに最終段階に入っておる。
いつアルヴェインが落ちてもおかしくはない。」
「ラティアさん……
精霊の循環する仕組み自体に介入できないかな?クラリッサさん。」
「無理でしょうね。
下手に精霊の循環に介入すれば、アルヴェルンは落ちる。
強引にアルヴェルンを大地に降ろせば、今度はそれはそれで精霊が怒り狂う。
どちらも詰んでる。
そして精霊は、生物よりも精霊を取る。
私でもそうする。」
「だけど……そんなの……」
「良い。
これはエルフの問題じゃ。
問題を先送りしてきた、エルフのな。
滅びを受け入れるのも、また運命じゃろう。
できるだけ被害は抑えて見せる。この命にかけてな。
これはエルフが招いた歪み。
ならば――最後まで見届けるのも、また我らの責務。」
「はあ。
のじゃっ子はこれだから。
諦めるにはまだ早いから。」
「……今私は、馬鹿にされたのかの?
……てーか、あとなんじゃ、のじゃっ子って!?」
「物分かり良すぎるって意味よ。」
「良い事じゃろうが。」
「私が水精霊を介して、風精霊に呼びかけるとかどうかな。
平和的解決を。」
「よしんばそれができたとして、根本的な解決にはならぬ。
なぜなら、空中庭園アルヴェルンが精霊のゆりかごとしてキャパシティ不足、その構造そのものが問題だからじゃ。」
「じゃあー──etc」
リーシャは帰り道、必死で頭を捻っていた。
精霊を介した共感の強制接続。
空中庭園の一部を意図的に切り離し、浮遊機構を一時的に分割運用する
風精霊の暴走過負荷・過循環が問題なら、水精霊の力で浄化・冷却・鎮静などの機能を担えないか。
その全てをラティアは否定する。
なぜならリーシャが思い付いた事は、すでにエルフが思いつき、それら全てをやったいた事だからだ。
その上でダメだった。
「でも……」
リーシャは、それでもという。
珍しく引く気はないらしい。
──珍しいは流石に失礼か。
──問題は時間だ。
(そして時間だけでなく、猶予。
崩壊がはじまるまでの猶予。
崩壊がはじまってから、終わりまでのあらゆる猶予。
それで多くの被害は変わる。
もちろん空中庭園アルヴェルンが落ちない事が一番いい。
だけどそんな希望的観測に世界の命運を託す気にはならない。)
──実際、落ちるだろうし。
クラリッサは、そこはザ・レイディーファーストキスのストーリー構成を信用していた。
絶対に落とす。
何がなんでも落としてくる。
希望を与え、選択肢を並べ、わずかでもシナリオを踏み外した瞬間に全てを踏み潰してくる。
バッドエンドの為だけに。
リーシャの飛翔魔術で、地の底を一行はゆっくりと上がっていく。
解決策を見出せぬまま。
──対策は考えないと。
(イベント概要はだいたい見えた。
精霊が自己進化する事で、アルヴェルンは空中浮遊の機構が崩壊して落ちる。
さらに並行して魔族の侵攻。
今、不足しているのは、分岐条件だ。
リーシャの“選択”に関わる要素。
つまり、攻略対象。)
──男がいないと話が進まない。
ゲーム的に。
アルヴェルト殿下以外の攻略対象が出現していない。
エルフ領に入ってから、男性個体の出現率が極端に低い。
候補がいなければ、フラグも立たず、フラグが立たなければ、イベントは進行しようもない。
──会場に戻ったら、男を洗い出す。……最悪、こちらから探す。
(その上でリーシャと接触させ、反応を確認。フラグの有無を判断。
該当攻略対象かどうかを、なんとか特定する。
ただ、外した場合、ただの男漁りになるんだけどね!?!?
そいつとリーシャを速攻で邂逅させ、フラグを 進ませる。
メインイベントの達成が世界崩壊の回避に繋がるはず。
さらに言えば、男を探して、うまくリーシャと恋愛しても、そいつがイベントキャラクターかどうかもわかんねー。
単純にリーシャが、男漁りしてるだけな可能性もありうる。
サブイベ的な。)
「ねえ、ラティア。
エルフの中でさ、将来性ありそうで、ヒトクセありそうで、色気が限界突破してるイケメンエルフっている?」
「……なんじゃ急に。
おるわけなかろう。」
──一個だけ確認しておこう。
(モチベーション的に)
「じゃあマッチョなエルフっている?」
「おらぬな。」
「ふーん。
ラティアって運動好き?
鍛える事は?」
「嫌いではないが、それがどうしたんじゃ?」
「いえ。ありがと。助かったわ。」
リーシャは一瞬で悟った。
(クラリッサさん。ハイエルフのラティアさんを毒牙にかける気だ。)
この状況で!?
ブレなさすぎでしょ
ラティアに案内され、一行は樹上の広場へと降り立った。
「ラティア様
お帰りなさいませ。」
「出迎えはいらぬといつも言っておろうが。」
「そういうわけには、まいりませぬ。」
周囲を囲むように、エルフ達が一斉に頭を垂れていた。
ラティアが一歩、前に出ると道が、割れた。
誰かが指示したわけではない。
声も、合図もなく、頭を垂れたまま、視線を上げる者もなく。
頭を下げているのは明らかに立場のある老エルフ。
集団の後方に位置しているハイエルフの一団まで。
クラリッサは、愕然としていた。
「ラティア。
ええ……あなたクソガキじゃなかったの!?!?
うそでしょ!?!?」
「クラリッサ。
おぬし。私を誰だと思っておったのじゃ……」
「え?
そんなの、ちょっと若作りのハイエルフのヒラの下っ端に決まってるじゃない!!
ちょっと冒険好きの、こうミステリアス枠の!」
「不思議ちゃん枠的な感じか?
……お主。
いや、実はうすうすは感じておった。
きっと私のことをクソガキか何かかと思って接してるのじゃろーなと。
目が節穴すぎじゃろ……」
「違うの?」
クラリッサは首を傾けていた。
ラティアは額を指で押さえる。
「幼い容姿は自覚しておる。
万が一中身がクソガキだとして、この口調はどう説明するのじゃ。」
「キャラ作り。」
「痛いじゃろうが!
エルフの寿命は1000年。
ハイエルフは10000年を越えるのじゃぞ!?」
「いやでも、あるじゃない。
長命種特有の若作りを拗らせたやつ」
「一緒にするでない!!」
リーシャは思う。
クラリッサさん。こういう時
まじでひかねえ……
周囲のエルフ達の空気が、ぴたりと張り詰めている。
「ラティア様。
お話し中失礼致します。」
「うむ。」
「その人族を拘束します。」
「うむ??」
クラリッサに手枷が嵌められた。
「へ?」
手早く拘束が進められていく。
細い蔓のようなものが絡みつき、それが硬質化し輪を成す。
カチリ、と小さな音。
「ごめん。状況がわからないのだけど、理由を聞いても?」
「あなたが魔族と結託しているからです。」
「冤罪って言葉、知ってる?
それが今行われているのだけど。」
「その判断も含め、上が行います。
裁量は現場にはありませんので。」
「ええええええ!?!?
クラリッサさん!?!?」
リーシャの叫び。
それが遠ざかっていく。
蔓の魔術で拘束され、さらにドナドナされながらクラリッサは思った。
──バレやがった。
(シトリーの奴。)
つかえねー!!!!!
「ら、ラティアさん!!
クラリッサさんが連れてかれちゃったんだけど!!
どうしよう!?」
「う、うむ。
流石の私も戸惑っておる。
彼奴は一体何をやらかしたのじゃ。」
「わかんない!!
いつも地雷を踏むの!!
盛大に!!」
「あー
じゃろうなー」
ハイエルフをして、ラティアは頷かざるを得ない。
わかるわー
時は戻る。
世界魔術論文大会会場
出場者控室。
高位魔族シトリーは、その論文を確認する。
紙面には、整然とした魔術式。
既存の魔力回路を前提とせず、既存の魔術構造自体を変えかねない、異物。
「こんなところか。
全くクラリッサめ。とんでもない論文を任せやがって。」
クラリッサはシトリーに依頼していた。
『シトリー。
悪いけど、私の代わりに論文を発表してしてもらうから。』
──論文構成と内容の大体の把握は終わった。
(発表のプレゼンをこなすだけならなんとかなるだろう。
理論としては成立している。
成立してしまっている事が問題なのだがな……)
マリアは、シトリーに制服を渡した。
「はい。シトリー様。
制服の胸周りを、仕立て直しました。
少し余裕を持たせています。」
「すまないな。マリア殿。」
「いえ……
このくらいは、いつもの事なので。
ところでシトリー様。
論文の方は大丈夫ですか?」
「ああ。
そちらは問題ない。
破綻はしていないという意味だがな。」
「出番です!
準備を!」
案内が入る。
「行こうか。
クラリッサの要望を満たすための、時間稼ぎに。」
シトリー言葉に、マリアは頷いた。
そしてシトリーは、世界魔術論文大会の壇上へと上がった。




