128話 精霊変異
ラティアが、静かに息を吐くと、青白い火花が散った。
光が走り、細い雷がラティアの指先から空へと跳ねた。
周囲の空気が、帯電していく。
「精霊術とは、術者が魔力を“使う”のではない。
精霊に“働いてもらう”術じゃ。
応えよ。」
雷が、増え
髪が、浮き
衣が、震える。
雷光が線となり、束になり、層になり、形となる。
ラティアの背後の、巨大な“何か”の輪郭は翼のようで、嵐のようでもあった。
「精霊顕現」
それは精霊をその身に宿す、精霊術の秘奥。
「──穿て。
雷撃神槍。」
雷の輪郭が光に溶け、それは閃光の軌跡となった。
電圧干渉。
右腕破損、再稼働失敗。
駆動遅延。
オービット支援要請――
信号断絶。
ロスト。
再接続試行。
失敗。
――優先度、更新。
最適解、再構築。
再構築。
再――
クラリッサは光を失う、IBISを覗き込んでいた。
「これでおしまい?
まあまあ楽しめたわね。
ねえ、ところでリーシャ。
最後の水レーザーって、私が避けないと直撃してたんだけど。
あのクソガキ出してもらえるかしら?」
「ごめん!!私から言っておくから!!!!
「いーよ。そういうの。
私が直接言うから。
だって悪いのはリーシャじゃないもの。」
「クラリッサさん、実はちょっと怒ってるよね!?
怖いから!!
いいから!!!私から言っとく!!!」
「あなたは、優しすぎる。
げんこつ落としてやる。あのクソガキに。」
「やめて!!」
「お主らとんでもないな……
あれから逃げながら、ここに住まう精霊と契約とってくるのがエルフの成人の儀式なのじゃが……」
ラティアは言葉をとめた。
わちゃわちゃやっていた。
うわー
聞いてないやー
広間の先。
岩陰の向こうにそれはあった。
それは断崖に舞う無数のホタルのようだった。
光りの花畑が、崖に沿うように星空の如くどこまでも広がっていた。
彼女達はそこを訪れた。
「ここを抜ければゴールじゃな。
お求めの精霊はこの先じゃ。
ついてこい。
まだ進むぞ。」
「精霊達が集まってる……
綺麗……」
「じゃろ。
生まれたばかりの精霊じゃ。
アルヴェルンの地下では多くの精霊が生まれる。
そして旅立ってゆく。それがこの多くの光の理由。
美しい光景よな。」
光る宝石の海。
青、白、淡い金。色は様々。
ひとつひとつが、結晶のような輪郭を持ちながら、脈打つように明滅し、宙に波を作っていた。
明滅はどこか柔らかく、呼吸するようだった。
色は混ざり合い、重なり合い、波のように崖一面を流れていく。
「空中庭園アルヴェインが浮遊した後にできた巨大なクレーター。
さらにその下を流れる地脈と呼ばれる大きな流れに近い部分。
精霊は、世界を循環しながらあらゆる澱みの浄化し、そこへ還っていく。
そしてここからまた、幼精霊が生まれるわけじゃ。
ここは、精霊界と現世の狭間と言っても良い。」
「ここって、エルフでもなかなか来れないんじゃないの?
いいの?
綺麗ね。」
「確か来れぬ。
エルフの長い歴史の中でも、ほぼあるまい。」
「ふーん。お眼鏡に適ったようで。」
「良からぬものが心にあれば、精霊が黙っておるまいて。
お主らなら良いじゃろ。」
「だってリーシャ。
精霊が黙ってないとダメなんだってさ。
リーシャは良くても私はダメそう。
だって水精霊が私にキレまくってくるから。
私帰っていいかな?」
「ここまで来て帰らないで!!
絶対に帰らないで!!
ちゃんと言い聞かせるから!!」
「えー」
「お願い!!
だって、こんなのすでにスケールが大きすぎて、すでに私の手に余るの!!」
エレベーターがそこにはあった。
(エレベーター……
エレベーターがある。)
ラティアの認証。
認証が降りて自動で扉が開いた。
四角い枠。
滑らかな面。
継ぎ目のない、金属の壁。
岩肌の奥でそこだけが、不自然に文明になっている。
「ほれ。早く乗れ。
扉が閉まる。」
(自動ドアの動きもスムーズなんだけど……
さらに生体認証って……)
扉が音もなく開いていた。
軋みも振動もない。
ただ“そうあるべき動き”として、完璧に作動し、クラリッサ達を迎え入れた。
扉が閉まり、上がる感覚。
やがてそこに訪れた。
扉の向こうは、通路だった。
ラティアは迷いなく歩く。
「こっちじゃ。」
さっきまでの光の海と打って変わり、ここには、揺らぎも、気配も、生命の温度もない。
やがて。
精霊だ。
通路の先で空間が開け、中央たけがわずかに窪んでいた。
光が集まっている。
よく見ると淡い光の中に、一人の姿が浮かんでいた。
大人の女性の姿。
長い髪が、宙で水中のようにゆるやかに広がり、揺れている。
その身体は、自らを抱くように腕を膝に回し、静かに丸まっていた。
「ねえ……これ……」
「まて。近寄ってはいかん!!」
「え?」
床に、細い線のような浮かび上がっていた。
光でもなく、影でもない。
わずかに空間が“歪んで見える”だけの境界。
「まんまの意味よ。
そこに空間のゆらぎがある。
精霊の防衛機能で殺されたくないなら、そこのラインからは近寄っちゃダメってことよ。
リーシャ。あなたの時も似たようなのあった。」
「その通りじゃ。
精霊は、すでに変異を遂げようとしている。
そしてその変異過程を守るために、防衛機能が接近した者に対して自動で働く。
経験があるようじゃな。
その通りじゃ。精霊は変異しかけておる。」
「なぜ、変異を?」
「空中庭園アルヴェインは大きくなりすぎた。
精霊が増える仕組みは、言い方は悪いが鼠算に近い。
つまりある点から指数関数的に、大きくなる。
制御できているうちはまだよい。
規模が膨れ上がりすぎて制御が効かなくなれば、新たな制御の形が必要なのじゃ。」
「魔王がハイエルフに手を出さないわけだ。」
「うむ。
あやつはわかっておった。
空中庭園アルヴェイン。
これは精霊の暴走した魔力を消化するためだけに用意された箱庭。
何千年、何万年とうまく回っているように見えた。
そこには歪があった。
一つの精霊が、この環境を制御している事実がもたらす負荷という歪」
「はあ……
またワンオペ……
リスク分散くらいしなさいよ……精霊関連でずさんすぎるんだけど、どいつもこいつも。
変異……つまり自己進化を促してアップデートってわけか。」
「言葉もない。」
「ど、どういうこと?」
「空中庭園アルヴェルンは、精霊の楽園。ゆりかご。
城のような巨大な建築物の管理を、一人でやっている事を思い浮かべてもらえばよい。
多くの精霊がアルヴェルンを起点に世界をめぐるために巣立ち、帰巣本能に従い循環し、そしてその過程でアルヴェインの大地を膨れ上がらせている。今も。
精霊がゆりかごから旅立ち、巡回する度にアルヴェインは大きくなるからの。
大きくなりすがた重量は、やがて重力に囚われる。
いくら精霊といえども、例外ではない。」
「あるいは、新たな拠り所を求めて、次の拠り所を目指すってところかなー」
「うむ。
変異を終え、蓋を開けてみるまで、どうなるかはわからぬ。」
「ねえ……まさか」
「そこの風精霊が限界を迎えれば、その過程で精霊のゆりかごの役目であるアルヴェルンは落ちる。
そして落ちれば、世界は終わる。」
「でもさ。
そこはアルヴェインが落ちたら、筋力で受け止めれば、いけると思わない?」
リーシャは真顔で激しく思った。
いけねーよ




