124話 ハイエルフ
不自然に削り広げられた空間と、押し流された残骸だけが残る戦闘後の洞窟。
水は引いた。
湿った空気と、遅れて滴る水音が余韻を告げている。
クラリッサは考えていた。
フードの人物を探しながら、淡々と結論を組み立てる。
ゴルフで、ロストボールを探している時のような、微妙な後ろめたさが心をよぎる。
(ホントに死んでたらどうしよー
後味は悪いけど、知り合いじゃないからいいかなー
いや,ダメか。
正直にエルフ領の下に報告して、罪を償って、頭下げて許してもらえるかなー
減刑を考えよっと……)
クラリッサは、普通に贖罪と刑期について考えはじめていた。
──いや、本格的に逃げないとやばいかも
「あ、生きている!!
生きてるから!フードの人!!!
セーフ!!圧倒的にセーフ!!」
「アウトじゃない?」
「セーフ!!!」
クラリッサは、めずらしくジト目をして言った。
「リーシャ。
あなたの魔術制御力が卓越してるのはわかるわ。
天才だと思う。
だけど、水精霊のクソガキをちゃんと制御しなきゃダメでしょ。
水精霊は、力加減ミスると本気で大災害なのよ。
今回ギリギリだったけど、すぐ洞窟崩落しちゃうのよ。
クソガキによく言っといて。」
「はい。
本当にすいませんでした。」
リーシャは謝った。
成果でゴリ押すなんて慣れないことはするものではなかった。
速攻で言い訳は瓦解した。
「見つからない方が良かったんじゃない?
殺したことにすれば、死者はなんも話さないから、なんも生まれない。
つまり、完全なセーフ。」
「ひど!?!?」
倒れた人物を、二人は介抱していた。
フードを外したその顔は、エルフだった。
長い耳。
整った顔立ち。
透き通るような白い肌。
濡れた髪が頬に張り付き、その輪郭を際立たせている。
人間のそれとは似ているのに、どこか“作り物めいた静けさ”とでも言おうか。
何にせよクラリッサ達は、胸を撫で下ろしていた。
「気を失っている……息もしてる。
生きてて本当に良かったわね。
私は、賠償金払えるけど、リーシャは多分無理だから、マジに黙ってるしかなくなるところだったから。」
「う、うん。
本当に気をつける」
介抱しながら、簡易のキャンプを張ることにする。
洞窟の一角。
湿って崩れた岩をどかし、湿りし土は均し、比較的乾いた場所を確保する。
「……ちょっと待っててね
ほっと。」
リーシャは静かに息を整えると、複数の魔術を同時に展開する。
リーシャの得意の並列魔術起動により、一気に空間内の安全度が高められた。
回復。
索敵。
魔物払いの結界。
そして、地形の補強。
やがて。
「う……」
エルフが起きた。
「お主らは……
一体何が……
突然濁流が……」
「魔物は倒したわ。
ひとまずは脅威は去ったと言っていい。
今は安全だと思う。」
リーシャは小声でクラリッサに言う。
「クラリッサさん!?
なんで言わないの?謝らないと!!」
「いや、リーシャがちゃんとすればここにいる最大の脅威は去ったようなもんでしょ。
ならあらゆる魔は祓われた。ゆえに、ここに脅威はなし。
偽りでないなら、ゆえに咎にもまた、問われない。
道理ね。
ここて学びなさい。リーシャ。
貴族のやり方を」
「へ、屁理屈……
汚い。
さすが貴族汚い。」
そしてクラリッサは、自分達の経緯を簡単に説明する。
人族である事。
探し物をしにこの洞窟まで来た事。
「助けてもらった事は礼を言う。
感謝しておる。
ありがたいのじゃが……されど人族がどうしてここにおる?
ここはエルフの聖域。
他種族の立ち入りは、固く禁じられておる。
それにここは、空中庭園アルヴェインの浮遊によって生じた大地の底。
そもそも、本来辿り着ける場所ではない。」
物陰。
簡易キャンプ。
三人は、わずかに距離を取って話していた。
フードを被ったエルフは小柄な体躯をしている。
だが、その佇まいには妙な“圧”がある。
貫禄とでも言おうか。
リーシャが、小声で言った。
「なんか、おばあちゃんみたいな話し方だね。
すごく小さい、可愛い子だけど。」
「実際ババアなんじゃない?
耳の形とか見る限り、ハイエルフよ。彼女。」
「ええ!?
ハイエルフ!?!?
それ、殿下が言っていた触れちゃいけない枠じゃん!!」
「そのハイエルフ様に、私達って思いっきり被害を与えているけどね。
すでに加害者と被害者の関係って感じ。
もちろん加害者が私たち。」
「弁護案件かな!?」
「処刑でいいんじゃない?
クソガキに関しては。」
「またそう言うこと言う!!」
「聞こえておるぞ。お主ら。
物見遊山ならさっさと帰れ。
案内してやるから。」
「精霊の導きに従っているので。
あ……」
ぽん、と。
水が弾け、少女の姿をした水精霊が姿を現した。
ふよふよと浮かび、リーシャの肩のあたりをくるくる回る。
「こら。
だめだって。
勝手に出てきちゃ。
すぐ喧嘩するんだから、あなた。」
「だって……」
「だってじゃないです。
あとで喧嘩していいから。
今はだめ。」
「ほんと!?
じゃあわかった。
後でクラリッサ・グランディールと喧嘩して殺すの。」
「いや、何教育してんのよ。リーシャ。
今でも後でも、金輪際、一切合切、永遠に喧嘩なんてしちゃだめだから。
あなた。クソガキへの教育方針を完全に間違ってるから。」
「べー。」
「こら!!!」
ぴしり、リーシャの声が飛ぶ。
水精霊が、びくっと止まった。
本当に犬みたいになっている。
ハイエルフの視線が、わずかに変わっていた。
明確な“興味”が宿っている。
「……ほう。
先ほどの魔物との攻防よな。
それにしても原精霊か……
すさまじいの……」
「そうだよね。
危うく大惨事になるところだった。まだうまくコントロールが効かなくて。
そのうち慣れると思う。
……クラリッサさん?」
クラリッサは答えず、その視線はハイエルフへ。
──小柄な体躯。
──幼い容姿。
(だけど違う。
纏う貫禄。
選ぶ言葉の重み。
年代を感じさせる判断の的確さ……これは、間違いない。
クソガキの容姿で、口調はのじゃっ子。)
それを理解した瞬間、クラリッサの内心で何かが弾けた。
──コテコテのロリババアがきやがった!!!
思わずテンションが、跳ね上がる。
感動はしていたが表情は、微動だにしない。
関係性を築かねばならない。
可及的に速やかに。
「なんじゃ?
私の顔にゴミでもついておるか?」
「いえ。なんでもありませんぜ。へへ。」
気持ち悪い口調だなーと、ハイエルフはその時思ったという。




