123話 地の底で
澱核魔像の大きさは4~5mほど。
ビュンと風が鳴った次の瞬間、最後の一体が横に弾け飛び、岩壁に叩きつけられて沈黙する。
静寂。
群れを排除する
「こんなものか。
はあ……まだ見ぬ魔物に期待した私が馬鹿だったわ。
年甲斐もなく、はしゃいでしまった。」
「ね、ねえまさか、魔物の重量が足りなくて物足りないってこと!?」
クラリッサが、淡々と呟く。
「え……?
いやいや。まさか。
そんなことないって。
全長、五メートル前後……推定重量、十~二十トン
準備運動にもならないのよね……
カタボリックしちゃう。」
「いや、あの……おかしいと思う。」
「そう?
こんなもんじゃない?
知らんけど。」
「絶対違うと思う!
そしてすごくやっつけになっている!」
水精霊が勝手に顕現すると声をあげた。
「やっぱりクラリッサ・グランディールは頭おかしいの!!殺すの!!」
「あら。奇遇ねクソみたいな精霊選抜をやめろとパワハラした事をまだ根にもってるんでしょ。
ここで水没させると多分偉い事になるんだけど、ここを永遠の住処にしてあげてもいいのよ?」
「喧嘩しないで!!!
水没したら偉いことになっちゃうから!!!!」
やがて。
「ここかな。」
「洞窟ね。
精霊って洞窟にいることが多いのかしら。」
入り口は横に広く、だが高さは不揃いで、まるで大地が“割れて”できた裂け目のようにも見えた。
靴底が岩を捉える音が、わずかに――遅れて返る。
「わりと深そうかな。」
「ねえ。誰かいるみたい。
あれ誰かな?」
「マッチョじゃない?」
「……絶対違うと思う」
洞窟の奥、視線の先に薄く滲む闇の中に人影。
フードを深く被り、壁にもたれるように、じっとしている。
フードを被っていて、とても怪しい。
クラリッサは、即座に思案する。
──精霊を探している自分達と、目的地は同じなのかもしれない。
(この深さまで来る理由は限られる。精霊か、それに準ずる何か
もしかして魔族?
私達は、今はリーシャの中の水精霊の導きによって精霊を探している。)
シトリーの言葉が、頭をよぎる。
精霊の暴走。
それに干渉しようとする存在。
答えはすぐだった。
(あ、魔族じゃないわね。
あの程度の魔物に手こずってるから。
ついでに言えばマッチョでもない。)
フードの影は、動いた。
相対するは、澱核魔像
次の瞬間。鈍い衝突音。
視界の奥で、絡み合った根と岩の塊の巨大な影が揺れる。
崩れた地形そのものが、起き上がったような巨体。
その腕が振り下ろされ、フードの人物は、横へ飛んで回避する。
だが呼吸が荒く、足運びが重く、動きにぎこちなさがある。
「手伝うわ!」
「ありがたい!!
頼んでも良いかの!?」
「リーシャ!!足止めをよろしく!!」
「任せて!!
……あ、やば。」
ゴォッ──
そしてリーシャの足元の水が、意思を持ったように蠢いた。
クラリッサは、視線は魔物から外さずリーシャの言葉に一歩下がる。
(速攻で暴走させやがった!!このリーシャ!!
秒なんだけど!?)
「ねえ……あなたまさか……」
「むむ……」
──集中してるフリをしてるが、全然隠せてないから!!
ズンッ!!
水が、止まらない。
地面を這うように、水が道を作り、弾け──
そのまま“形”を持った腕のように水が伸び、触手のようにうねると、その質量を洞窟の壁を叩きつけた。
バキ、と音がして、岩が割れ、洞窟の壁面にひびが走る。
そして洞窟内の一気に跳ね上がり、、天井からも水滴が落ち始める。
滞留した魔力が“媒質”となり、空気中の水分が、引きずり出される。
リーシャを中心に、洞窟そのものが“水”に侵食。
一気に洞窟内の空間を掌握し、水精霊の領域に塗り替えはじめた。
完全に、飽和するまで。
「あ。これまずい。
ごめんクラリッサさん!!
ちょっと待ってこれ……水が溢れる!!」
「知ってる!!
とはいえやりすぎじゃない!?!?
あなた力加減を思い出して!!
魔物を倒すのと引き換えに、流石にこんなところで溺れたくはないんだけど!?
ここで水没すると、逃げ場なくて本当に死ぬからね!?」
「はい。すんません。
だけど、ちょ、ちょっと待って――あれ?
たんまたんまたんま!!
制御が利かない!!」
そしてリーシャの周囲で、水が“膨れた。
足元から湧き上がる水流。
細い流れではなく圧縮された塊が、意思を持つようにリーシャを中心に水の竜を生む。
その竜が周囲を撫でるように渦を巻きはじめる。
止まらない。
水はさらに圧を増し、空間を押し広げる。
精霊が、応じすぎている。
「リーシャ!!マジで止まって!!
洞窟が崩落する!!
てーか私が溺れている!!
優しい子だと思ってたのに!!
ひどい!!」
「だから、人は優しくないみたいな、あらぬ疑いを生むような発言はやめて!!!!
ツッコむ余裕ないから!!!」
「いや、わりかしいいツッコミだから!!」
洞窟は、クラリッサを巻き込んで水没しかけていた。
リーシャの水流が解放され、轟音とともに夥しい質量の水塊が前方へと叩きつけられる。
澱核魔像達が周囲の壁ごとまとめて流され、水が引いたあとには不自然に広がった“通路”だけが残る。
静寂。
びしょびしょになった服を絞りながらクラリッサは言った。
「貴族として、私からあなたに一つアドバイスを。」
「な、なんでしょーか……」
「なかったことにして帰ればいいと思う。」
「はっ!?
なるほどいい考えだと思う……
よし、そうしよう
……ってダメだから!!」
クラリッサは思った。
(いいノリツッコミね!)
「まあ、現実逃避は程々にして探しましょうか。
フードの人を水に巻きこまれてどっかに行っちゃったから」
「うわーん!!!」
リーシャは泣いた。




