104話 対羽虫戦
リーシャの体は水の中でゆらゆらと揺れていた。
まるでゆりかごの中にいるように、体を抱えている。
外の世界が見えた。
水面越しに、別の世界を覗く。
──なんであの人たちは、あんなに必死に。
(消えていく……私が……
心地いい……溶けていくようだ……)
きっと終わりは近い。
ある一線を越えてしまえば、戻れない予感があった。
もしかしたら、もう臨界点は越えてしまっているのかもしれない。
──それでいいんだよ。おねえちゃん
声は響く。
水は静かに揺れ、記憶は遠い。
水面越しに誰かが戦う。
あれは。誰だろう?
異常種ともなれば、巨体が揃う。
高位悪魔が、召喚と転送を用いて用意した、牙と爪を持つ魔物の群れ。
闘争本能に従い、人間もどもを蹂躙すべく突撃。
対する兵士達は、盾を並べ、槍を構え、陣形を組む。
間をおかず接触。
ドゴンッ!!
魔物の群れが、盾列に激突する。
「甘い。
その程度じゃ、うちの奴らは崩れない。
そもそも今更100匹や、200匹の異常種を連れてきたところで無駄なのよ。
こっちは1000人。
1000人全員がレベル30オーバー。
全員が英雄クラス。
英雄1000人は伊達じゃない。」
クラリッサは、近くの岩の上、空中を旋回する高位魔族をにらみながら言う。
数でも質でも、魔物達の群れは負けていた。
魔物の身体が貫かれ、悲鳴が上がり、黒い血が砂を濡らす。
牙を剥き、黒い奔流と等しき異常種の群れが、切り裂かれていく。
空中より、魔物達が一蹴される様子を見て高位悪魔は思った。
──……強い。
──こいつらは魔王軍の虎の子。突撃力は屈指だ
そのはずなのに……
(一人なら、まだいい。
二人でも、問題ない。
よりにもよって全員が英雄!?!?
1000人全員なんて嘘でしょ!?!?
反則じゃないこんなの!!!!聞いてない!?!?
というか、ずるい!!)
その数の英雄の群れの前では、さすがに魔物の群れと言えど、蟷螂の斧にすぎない。
天空に飛び上がり、高位魔族はその乱気流に舌打ちする。
──いつのまにか、上空を蓋をするように乱気流が形成されている!!
(明らかに人為的なもの!!
飛翔を封じられた!!
まずい、風に巻き取られる!!
まさか対策とられてるの!?これ!?)
空そのものを縄のように縛る大魔術。
人為的に竜巻を起こし続ける、天候規模の制圧術式。
上空は、狂ったように回転する風の檻。
飛翔すれば、即座に巻き上げられ、叩き落とされる。
高位魔族は、陣形の奥に杖を掲げる一人の魔術師の姿を捉えた。
──あいつだ。
(黒曜魔杖を使用した風魔術!!
あんな化け物みたいな魔力極大増大効果を制御しきるなんて!!!)
高位魔族が風に囚われ、地面にたたき落されたときだった。
――ドゴオ!!
「ちっ。外した。意外と周りがみえてる。
力こそ正義。
そのうちあたるかな。」
高位魔族は、その放たれた破壊の衝撃をなんとか避けていた。
叩き落され、態勢を崩した高位魔族の隙をつくように、クラリッサの打撃。
それは地盤を破壊するほどの一撃。
大地が沈み。衝撃は波紋となって砂地を割る。
まるで巨人が大地を殴ったかのように、地形そのものを歪ませる一撃。
──こいつ!!
──動きも威力もあの時とは桁違いだ!!
(冗談じゃない!!
こんな力を隠していたのか!?!?
食らえば一発でお陀仏だ!!
なぜだ……なぜなのだ!!!)
魔族のの戸惑い。
膝をつく高位魔族に対して、クラリッサは肩を回して歩いていく。
「まあ詰みかな?
あなたお得意の魔物の群れは、グランディール兵に抑えられ、頼みの飛翔魔術を使うにしても、空はセドリック兄上の乱気流の魔術。
逃げ道は封じられた。」
「……貴様……以前とはまるで動きが……
聖女のバフか?」
「違うわ。
パワーアンクレットって知ってる?
まあ、いわゆる重りね。
それを外したの。」
「パワーアンクレット……?」
「手首や足首に装着して、トレーニングの負荷を高めるウエイト器具。
日常動作やトレーニングに負荷を追加することで、腕力や持久力の向上を目的とする。
つまり重りをしていたから、前回は動きが遅かったの。」
「貴様!!
あの時、死にかけていただろう!!」
「何言ってるのよ?
筋肉は命より重い。
スケジュールとノルマは、命を懸けてこなしてなんぼじゃない。
トレーニングには関係ない。」
「……っ!
……トレーニングの手段と目的が逆転している……
完全に頭がおかしい!!」
「よく言われるわ。
まあ、さすがにあの時はオーバートレーニングで筋疲労がすごくてね。
だから、今回はご飯をたくさん食べてきたわ。
だから元気いっぱい。夢いっぱい。
オーバーカロリーってね。」
悪あがきのように魔族から放たれた魔術を、クラリッサの脇にいたセレスティアが封殺する。
セレスティアはノリノリで放たれる、クラリッサの発言を横で聞いて、思っていた。
(重りを外したくらいで、それで戦闘力がそこまで変わるのでしょうか。)
なんで?
相変らずイカれてる。
この子。
「避けれないなら死ぬかもね。
魔族君。年貢の納め時かもよ。」
「ちっ……!
なんだ……?体が……」
「お。マリア、ナイス!」
高位魔族は、低空を縫うように飛ぼうとして気づく。
体が重い。
見えない何かに囚われるように。
視線を向ければ、大剣を掲げる、女の姿。
(重力大剣。
しかも重力矯正偏向!?固有結界だと!?
魔人ヴァル・ザハークですら、持て余していた重力大剣を使いこなす人間がいるだと!?!?
ばかな!?)
高位魔族は、重力に囚われた──!!
次の一撃は無条件で入る。




