攻守交代
上谷君と絵園さんが野球ボールの持ち主へ対応している頃、私達は上と下に別れていた。
『どっどうしたんだ哀抔?』
困惑しながら私を見つめる大神君が可愛く見えて仕方ない。
見下ろしてるからかな。
影の付いた彼は、普段よりも艶やかな表情を露にする。
喰ってヤりたくなるほどに。
『本当にどうしたんだ! 何故顔を近づける!』
『あんまりうるさくしてるとその口閉じちゃうよ?』
間近に寄せると可愛さ倍増。
もうダメ、特訓なんて言ってらんない。
『それは流石に、マズイぞ......』
『大丈夫よ、私美味しいから』
私達の唇が、お互いの鼓動を感じられるほどに近づいて、関係性の階段を登りかけたが......
『すいません! 今戻ったっス!』
このチャラ男君は空気を読めないみたい。
というか見られちゃった、私が大神君を押し倒している場面を。
『その......、失礼しましたっス、行こっかエッソん』
『ええ、そうですね......』
『あっちょっと待ちなさいよ!』
私の声には一切耳を傾けず、二人は足早に生徒会室を去っていった、まるで駅で狂乱した人に出くわした人のように。
はぁあ、窓ガラスも割れちゃってるし、二人もどこかへ行ってしまうし、後で愛住君にどう説明しましょう。
『いつまでそうしているんだ哀抔』
『あらごめんなさい、あなたが可愛くてつい』
言いたいことありげに顔を伏せる彼に手を差しのべる。
震わせながらも触れた彼の手からは、僅かながら熱を感じた。
『手熱いよ? どうしたの?』
『......気のせいだ』
『照れてるの?』
『照れてない!』
彼の必死に取り繕う姿は、私の頬と貞操を緩めるのに十分な威力を保持していた。
『ホント愛おし......あっ』
『今度はなんだ?』
『勘違いしないで頂戴、私を突き動かしたのは愛欲じゃなくて性欲なんだから』
『その言い訳はどうかと思うぞ......』
危なかった、私ったら愛おしいだなどと、愛なんて私には必要無い感情なのに。
『あなたいつから女性に苦手意識を持つようになったのよ』
危ない発言を止められてはいない、あまりにデリケートなことを聞いてしまっていたのだから。
『いつからって......、昔からだ』
『教えてくれないんだ?』
『出会ってまだ時間が経っていないからな、副会長といえどそこは譲れない』
『その時が来るのを楽しみにしてるね』
『随分楽しそうだな』
『楽しいから』
『出会った頃とはまた違いがあるな、最初はもう少し気難しい奴だと思っていたが、そうでもないらしい』
緩んだ私の頬に微熱を帯びた彼の手が、赤子を慈しむように優しく触れて軽く潤んだ綺麗な瞳に止まってもらっている。
『今の哀抔はなんというか、可愛く見える』
唐突に急激的に、一点への熱烈の灯火。
初心で可愛らしい彼から、突如静かに甘い言の葉を紡ぎ出され、私の中が灼尽滾る焔の如き熱によって充たされる。
攻め手のはずだったのに、いつのまにか受け手へと逆転されていた。
この子相手には攻めていたかったはずなのに、今の状況に心も身体も火照って仕方がない。
サドの自認を有していたのに、そう在らなければならないと思い知らされたのに、この学園に来てから調子を崩されてばかりである。
私はマゾじゃない、はず。
攻める時より受ける時の方に酔いしれているだなんて、そんなの認めらんない。
『可愛いのはいつものことでしょ? まぁあなたにしては上出来かしらね』
『その反応は可愛くないな』
『言ってくれるじゃない』
二人きりの和やかな時間、それもここに通うようになってから急激に体験するようになったことだ。
こんなことしてる場合じゃないと、殺してやりたい奴がいる中で漂っていられる空間じゃないと、わかっているけれど、これを味わっていたい私も確かに存在する。
不意にこぼれた笑みが団欒とした空気に当てられての物か、復讐を誓った傍らに男の子と戯れる自分への自嘲かは私にもわからない。
この関係、喪いたくないな......
『みんな無事!?』
穏やかな情勢もそう長く続く物じゃないようで、勢い良くドアを開いた愛住君が血相を変えて生徒会室に侵入してきた。
『どうしたのよ愛住君、同級生のブラジャーを舐めているところを目撃されたような顔をして』
『そんな表情はしてないよ、イヤそれはいいよ! 生徒会室からガラスの割れる音が聞こえたから急いで来たんだ』
『その割りには遅かったんじゃなくて?』
『ああ、怜の部活動の体験入部の付き添いから抜けようとしたんだけど、なかなかそうさせてもらえなくて、ってそれもいいよ! それよりなに!? 二人のその距離感は!』
『彼に女性に慣れてもらおうと思ってだけよ、アンタの考えてることにはなってないから』
『とにかく離れなさい! これは生徒会長権限だから!』
『似た者同士だな』
『どういう意味よそれ!』
他愛の無い時間が過ぎて行く、上谷君と絵園さんはボールを返しに行ってるけど。
戻ってきた二人を待ってから、生徒会メンバー全員でガラスの破片の掃除してから、愛住君と怜と私の三人で帰宅し、居間にて優雅にティータイム。
ここ最近二人きりで帰ってばかりだったから、なんだか新鮮で、寂しかった。
慣れる日は来るのかな、そうなったらそれもまた寂しいのかも。
『やっ哀抔さん、僕も一杯貰って良い?』
『飲んだらさっさと失せなさい』
『冷たいんだから、ところで大神くんとはなにしてたの?』
『別にイヤらしいことはしてないわよ、もしかして妬いたの?』
『妬くに決まってんじゃん......』
上目遣いで放たれた彼の一言に、私のハートが一点の衝撃が走る。
ズルイわ、そんな不意打ち。
『言いたくないのならそれでも構わないけど、その場合どうなるかな......』
『私を売るとか?』
『僕とデートしてもらうから、明後日に』
耳元で甘く、そっとそれだけ言い残して居間を去って行ってしまった。
天使の顔した小悪魔にもたらされた、戯獄の招待状を胸に刻まれた。
素直に行くべきか、逃げおおせるか、どうすればいいのよ......
この物語はフィクションです。
犯罪行為を推奨、肯定する物ではありません。




