大祭は『奉華の儀』だけに非ず
作中に出てくるお祭りは実際にあるので興味を抱いた方はググるかYahoo!で検索して見てくださいな。
神祇省───祇官達がつめる王城内に存在する官舎は神祇院と呼ばれ、この国の祭事の準備や各地神社への情報連絡がこの官舎に集められ、纏められる。
そして神祇官達にとって祭事と同じ位大切な役目が妖と祟り神の討伐と浄化。そして被害にあった地の厄払い。
現在、先の『奉華の儀』で暴れ回った雑鬼や祟り神による被害で貴族や城下町の民から厄払いと魔除けの札の注文が殺到している。
実力ある神祇官達は日々その作業に追われていたが………神祇省にはもう一つ、大きな仕事を抱えていた。
それは九月に行われる神嘗祭。
秋の実りを天上に居わす神々に感謝し来年の五穀豊穣を祈祷する大祭である。
………この話を聞いた時、「えっ? また?」と神薙達についポロリと零してしまった縁は非常に居たたまれない視線を頂戴したという。
つまり、今この神祇院では『奉華の儀』の後始末と新たに始まる大祭の準備に追われているということ。
それがどういうことかというと───、
「誰だ!? 私の机に贄(神棚に捧げる供物)の書簡を置いたのは! この書簡は宮内省の大炊寮行きの物だろ!? さっさと届けてこい!!」
「誰ですか!? この資料を持ってきた人は!? すぐに図書寮に行ってこの資料を返しがてら一昨年の資料を貰ってきてください!!」
「お~い。検非違使庁に警備の見直し案を届けに行ってくれ~~。ついでに、そのぐらいアンタらでやれよ。って一言一句違えずに伝えておいて~~~」
「すみません!! この書簡、私がやっていいやつじゃないですよね!? また押し付けた人誰ですか!?」
「ちょっと式部省の連中と交渉してくる!!」
「この貴族は後にしろ! こっちが先だ!!」
「何々……娘が言うこと聞いてくれないのだがどうしたらいい……? ……………家庭相談を神祇省に回すな! このクソ忙しい時に!!」
「え~~何々………忍びれば 登りて降る 暁の 日々ものこそと 袖濡らしつつ…………。お~い、誰か、この相聞歌(恋文)を火にくべてくれ~~」
「………すみません!! なんだか各省書簡に混じって神薙様宛ての相聞歌が大量に混じってます! どうすればいいですか!?」
「それも纏めて火にくべちゃって~~相手の都合考えない上に仕事に私情持ち出す奴の恋路なんざ潰しちまえ~~~」
「了解しました!!」
時々仕事と関係無い事案を処理しながら目を回す程に走り回る神祇官達の姿が出来上がった。
先輩の指示の元に相聞歌を火にくべる縁はこの忙しさに心底辟易していた。
「おい! 新人!! この書簡を益稀様にお持ちして差し上げてくれ!」
「はい!」
しかし立ち止まってはいられない。動かなくては仕事は減らない。次々に溜まるばかり……。すると向こう側から走ってくる人影が───。
「陰陽寮の使部の者が今外に来てまして。神嘗祭の進行の書簡が届かないのだが早くしてくれと陰陽頭が申しているそ「「「「そっちから取りに来い! 取り込み中なんだ!! と言え!!!」」」」うなんですが分かりました……………そう伝えておきます」
目が血走った者。据わっている者。笑っていない者。苛立っている者。…………頑張りましょう、先輩方。もう少しの辛抱です。きっと多分。
そうこうしている内に太陽は中天を示していた。お昼刻だ。ようやく、これで一息つける………。
縁はヨロヨロと大膳職という部署に向かった。主に饗膳の調理、調達を司る部署なのだが官吏達の昼餉や夜餉(直丁の者)を用意してもいる。
神薙が後見人に付いてくれているとはいえ縁は神祇院で一番の下っ端。自分はもとより先輩方の弁当も取りに行かなくてはならない。
「茶の準備はしとくから早よ戻って来いよ~~~」
「わかりましたー」
先輩からエールを貰いつつ、重い足取りで縁はヨタヨタと歩いているのだった。
大膳職から弁当を受け取り神祇院に戻る途中で縁は穂稀とばったり会った。
「あ」
「白水さま……!?」
数日振りに会った穂稀は少々くたびれているように見えたが体を壊していないようで安心した。
「お久しぶりです白水さま………まあ!! だ、大丈夫ですか!? お顔が真っ青ですよ?! それに……なんだか御痩せになりましたか……?」
「あー……大丈夫。昨日は一応屋敷に帰れたし。神嘗祭が終わるまでちょっとの間だけだから……」
苦笑すると穂稀の顔が僅かに曇る。
「……そう、ですわね。例年とは違い今年は『奉華の儀』があったこともそうですがその最中にあのようなことも有りましたし………」
本来ならば神祇官達も此処までせしわなくは無いのだが如何せん。陰陽寮と共に妖討伐とお祓いに乗り出しているとはいえ神祇省には次々の祭事を執り行う業務がある。陰陽寮にも他の業務があるとはいえ全て急ぎの仕事ではないので妖討伐とお祓いがあるとはしてもまだ余力がある。
しかし、神祇官達に残された時間は少ない。吉日までに整えねばならない特定の供物やら各地神社への指示、さらに今年の『奉華の儀』で蓮炎国に蓮智那炎比売命が降臨した。そのことを他外国に示す為にも盛大に神嘗祭を行うことを皇帝並び上層部のお歴々が決定。
神祇省全体の忙しさが加速したのはいうまでもない。
「まあ……体を壊さん程度には頑張るさ。神嘗祭まで後十日は切ったし。これさえ乗り切れば……きっと………。ああ、早く戻らないと先輩方にドヤされる。───じゃ、穂稀。また」
「えぇ……。それではお疲れが出ませんようお体にお気を付けてください」
ふらふらと弁当を持ちながら歩いている縁の様子に一抹の不安を覚えたが、穂稀も頼まれている弁当を取りに大膳職へと向かうのであった。
「遅い」
「すみません」
戻って早々に文句を言われてしまった……。
「まあまあ。そんなに待ったわけじゃ、ないんだからさ~。もうちっと優しい言い方出来ねぇの?」
「貴重な休息ぐらいは穏やかに過ごしたいしな」
「そうですよ。……ほら、貴女の分のお茶です。これでも飲んで貴女も少しでも休みなさい」
「ありがとうございます」
弁当を先輩方に配った後、縁も自分の席に腰を下ろして渡されたお茶を啜る。
渡されたお茶は見た目は緑茶だったが味は烏龍茶みたいだった。
少々カルチャーショックを受けつつお茶を置いて弁当に手を付ける。
「いただきます」
手を合わせて摘まむオカズに舌鼓を打ちつつ先輩方の話を聞く。
「今年は何時もよりも疲れますね。上からの指示とはいえ少しは我々神祇官を慮って欲しいものです」
「仕方ないさ。何せ王都の危機にこの国の祭神である蓮智那炎比売命がお降り遊ばされたのだから。建国以来初の事だ。それを記念して派手にやりたい気持ちは分かるだろう?」
「ん~~? 俺から言わせれば。本当に帝が彼の女神に御寵愛を受けているのか? はだはだ疑問だけどね~~~」
「おい!!」
おー……凄いこと言うな、この先輩。確か忌部道師利寛だったっけ?
「俺だけじゃなくお前らだって疑ってるくせに……」
「利寛、そういうことじゃない」
利寛を止めたのは忌部臣隆勝。利寛の従兄弟に当たる人だ。
「わーてるよ。でもな? コレ、一番言っているのは陰陽寮だぜ? アイツらが、一番帝を疑ってる。信の厚いアイツらでさえ疑っているんだ」
「だが憶測で口にして良い事ではない。………どこに『耳』があるか判らぬのだ。下手なことを口にするな」
「へいへい……わるーございやんした」
ちっとも懲りた様子の無い利寛に隆勝が嘆息するもそれを取りなすように残り二人の先輩が言う。
「お前一人が咎を負うならまだしもこっちまで巻き込もうとするな」
「それに帝でなければ他の者が蓮智那炎比売命を降ろしたことになります。………そのような大事、皇室の存在意義にすら触れてしまうやも知れぬこと。どちらにしろ、我々神祇官が王城で口にしてはなりませんよ。人心を乱してしまいます」
鏑木宿禰道綱と大伴宿禰満。
二人の言葉に、利寛はむくれて弁当の中身を口の中にかき込むのを見ながら……。
(まあ、覚え無いけど……その女神降ろしたの私みたいなんだけどねー)
縁は我関せずと言った風情で静かに弁当を食べ続けた………。
彼女はこの後、普通に仕事してたとさ。
気にしなさすぎだろ……縁さんや……(-_-;)




