『奉華』の真実
目の前に飛び込んできた数多の白骨体に腰を抜かしたのか。稲良姫は縁にすがりつきながら顔を伏せて震えてしまっている。
縁としては身動きが取れなくなるので止めて欲しかったが、この光景を見てしまっては仕方がないのかも知れないと黙り込んだ。
……このような危機的状況であるにも関わらず、稲良姫の気配を感じながら、縁は思わず自嘲してしまう。
自分はどこまで無関心なのだろうかと。
縁は考えてしまう。平和で平穏で平凡な世界の中で生きてきたであろう自分と稲良姫のこの差は何だろうか? と。本来ならば縁も稲良姫と同じく震え、無力になり下がるのが『普通のこと』だろう。
しかし縁は最初こそ衝撃を受けこそすれ、すぐに『興味を失った』。
白骨体のことを『どうでもいい』と思い、すぐさま異形の男の近くにいる稲良姫のもとに向かう。
無論、縁の行動自体は間違えではない。
実際に稲良姫は一時的とはいえ男の危機から逃れることが出来たのだから。
縁のこの物事に関する無関心さがひと一人の命を繋いだ。その事実に変わりはない。
しかし縁の内心は、とても穏やかとは言いがたい。
興味を持っても長くは続かない。身に付かない。身に、刻まれない。自分という重さが、実感出来ない。
グイッと縁の服が引っ張られる。
稲良姫が身体を支える為に縁にすがりついている為だ。それによって縁の意識は思考の海より浮上する。
まったく……助けておきながらすぐさま意識が横に逸れる。本当に。私はどこまで無関心なのだろうか?
苦笑をしつつ、縁は思考を切り替えた。ここを生きて帰るにはコレをどうにかしなくてはならない。
「随分と野蛮な……痛いではないか、娘」
「そうかい。それは悪かった。何しろ緊急事態だったもんで手段を選んでいられなかったんだよ」
顔をさすりながら視線を向けてくる男に軽口を叩きながらも縁は注意深く男を観察していた。
一見優男に見えるが、くつろいでいる姿は武道に素人な縁にも隙があるようにはまったく感じられなかった。
「女に顔を蹴られるとは、初めての経験だ……大抵の娘は我が手招くと悦んで身を任せてくるのだが………ふむ? そなた、我に何も感じぬと?」
心底不思議がっている男に縁はこのリア充が、自慢か? 自慢なのか?? とイラっときていた。
「お綺麗な顔だとは思うけど、私にとっては別にどうでもいいことだし。興味ないよ。そんなことよりも。惑いの森の主さん? あんたに聞きたい事があるんだけど?」
どうでもよいのか、と若干傷ついたように気落ちしていたが、縁からの問い掛けに反応して下げていた視線を気怠げに向けてきた。
「我に問いか。まぁ、良いだろう………ふっ。我をすげに扱うのは吾奴以来だ」
男の瞳に、一瞬寂しげな陰が過ぎったがすぐに艶のある笑みを浮かべる。男の瞳に浮かんだ陰が少し気になったが縁は構わず男を真っ直ぐに見つめ返した。
(ほぅ? ……面白い。面白いなこの娘。我を真っ直ぐに見つめるか。このような眼差し。なんと懐かしい……。まるで我の───のような眼差し)
「聞きたい事は一つ……───『奉華の儀』は、奉華に選ばれた女は、あんたに捧げられる生け贄なのか?」
ほぼ間違いない答えを縁は男に敢えて訪ねた。いままで怯えていた稲良姫は縁の言葉に驚いたのか、バッと顔を上げて目を丸くして縁を凝視している。
「それがこの国の祖たる者達との約定よ。我に贄たる娘を捧げる代わりに我の力を貸すと。まぁ最も、時々そなたのように奉華に選ばれた娘を助ける為、他の贄を差し出すこともあるがな?」
男の方はさもありんといった風情であっさりと認めた。
「……分かっていながら稲良姫を食おうとしたと? 私は助かるけど。あんた、性格悪いね」
縁は自分が付き添い人として稲良姫に付けられた理由は何となく分かっていたので軽くスルーすることにした。縁を付き添い人に指名した神薙に言わねば意味がないことだろうし。
殴るべきか、蹴るべきか。それが問題だ。むしろ両方か?両方ヤるべきか?
「ハハッ……。ずいぶんと物怖じしない娘だな。我が恐ろしくないのか? まこと、面白い奴よのぉ───愉快だ」
何がそれほど面白いのか、男は肩を揺らしながら笑っている。
「なんでこの国はあんたに生け贄まで差し出して力を借りようとするんだ? 確か、『奉華の儀』をするきっかけは二百年前の厄災で死んだ人間の鎮魂と、蓮炎国開祖を祀る為だろ? この国には神祇官だってちゃんといるんだ。地力がないようには思えないんだけど……」
縁が引っかかっていたのはまさにそこだった。当時の有力な方士の力を借りてこの大陸は災いを払ったのではなかったか? 別に、そこに人外の存在があったって構いやしないけど………でも対価に生け贄なんて要求されていたのなら……そんな力を借りる意味はない。そんなの、結局は支配されているのと変わりないのだから。
「他の国の開祖とも面識があっただろうし、そんな事、見過ごすとは思えない」
他の国も似たようなモノなら話は違うだろうけど……少なくとも『奉華の儀』の後でも奉華を務めた姫は死んではいないだろう。神薙達に聞いた話がホントなら。
その、心に引っかかっていたこと告げた瞬間、男の雰囲気がガラリと変わった───。




