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白恋鬼譚  作者: 丹下 博観(風光明媚)
異世界にて鬼に出逢うこと
22/71

惑いの森の主



 ゾクっとするような艶やかな声。


 回廊の先にある奥座敷に座っているその男は、片肘をつきながら優雅に寝転び、参じた奉華の姫に向かって微笑を浮かべていた。



「よくぞ参った。此度の奉華の姫君よ…、さあ、近こうよれ」



 目の前に現れた人外の美貌に、稲良姫は今までの苛立ちも腹立たしさも吹き飛ばして、ぼうっと魅入ってしまっていた。



 なんて麗しい方なの……。奉華の命が下った後。神祇寮の頭、神祇伯に森の主のことを聞いてはいたけど……まさかこれ程までに美しい男子おのこであったとは。心身を賭して国の加護を願うように言われていたけど、あぁ!! 先ほどまで何故、このような理不尽にわたくしが苦しまなくてはならないのだと思っていたけれど、この方に出逢う為だったのならばその苦しみでさえも愛しく思えてしまう! なんて罪なお方なの───。



 男から放たれる色香にすっかり呑み込まれてしまった稲良姫は男の言葉の通り、その側に寄ろうと回廊を歩き出した。


 呆然とした面持ちで男の側近くまで来た稲良姫はここで、はたと我に返った。



(い、いけない! 神薙さまというものがありながらわたくしったら何てはしたない……。それにわたくしは先ほどまで森の中を歩いていたのよ。汗もかいたし……このような見苦しい姿でこの方の近くには寄れないわ!!)



 神薙に対する恋慕と麗しい貴公子然とした男の近くに行きたい欲が稲良姫の歩みを一旦止めた。



「どうしたのだ? 我が、奉華の姫よ。早く…側に……」



 男の白魚の手が稲良姫の顔に伸びる。

 稲良姫は男から漂う艶めかしい気配に顔を真っ赤にさせてうろたえる。


 男はクスりと嗤いながら白磁のように滑らかな手で稲良姫の頬に触れた。



(…っ! 神薙さま、申し訳ありません!! これは浮気ではござえません。これも、奉華たる者の務めなのです。神祇伯も心身を賭すように言っていました! わたくしは悪くはありません。わたくしは悪くない!!)



 恍惚とした表情で男にもたれ掛かろうとした、まさにその瞬間。



 ミシッ!!



「……っつ!?」


「 ! ? 」



 稲良姫の背後から麗しい男の顔に、蹴りがめり込んだ。





●○●○●○●○





 本当に危なかった……。



 いつもの無表情を装っているが内心汗だくになっている縁。


 稲良姫が一瞬、止まってくれたお陰で何とか間に合った。


 縁のいきなりの襲撃に反応出来なかったのか、男は顔面にモロに蹴りを食らって後ろにのぞけっている。


 呆気にとられている稲良姫を素早く背後に避難させた縁は先ほど蹴飛ばした男に対して全力で警戒する。油断は出来ない。



「なっ、な、な、何をするのよ! お前、自分が何をしたか分かっているの!?」


「分かってないのはあんたの方だよ……そう言ったセリフはあの男の回りを見てから言ってくれ。たくっ、流石の私もコレには嫌悪感を抱かざるを得ないわ──」


「何を言っているのよ!! あの方の回りって─────ヒィ、い、いやぁあああああ!!!!!!」



 洞窟の中に稲良姫の絶叫が木霊する。

 ……無理もない。縁とて最初見たときはあまりのおぞましさに身体が硬直して頭が理解することを拒んだぐらいだ。



(これが、この国での、『奉華の儀』。その真実か───────くそったれ)



 縁は内心悪態をつきながら神薙を全力で呪う。



 あの野郎、ここを出たら真っ先に闇討ちしてやる……!! 覚えてろよ、神薙ぃい!!!



 背後に暗雲を背負いながら縁は再び異形の男をみやる。



 麗しく、美しい男の一段下の周囲には、明らかに人の骨と思われるモノが散らばっていた。













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