動き始めようとする運命
本日、投稿三話目になります。
夜の帳が降り。
月が天上を支配し、星々が瞬く静かな闇の中。
神薙がいるのは王宮内に用意されている自身の屋敷。
湯浴みから上がった神薙は先ほど届けられた書簡を広げていた。そこには『奉華の儀』を行うこと、儀式において神薙に司祭を務めて欲しいとのみねがしたためられていた。
「『奉華の儀』……もうそんな時期でしたか。祟り神の動きが活発になっているこの忙しい時に……厄介な話ですね」
パサリっと、書簡を机の上に放り投げると神薙は『もう一つ』届けられた書簡を見やる。
「……はぁ。くだらない。中納言の頭はだいぶ緩んでいるみたいですね? 稲良姫を辞退、もしくは同行人が欲しいなどと───大方、太政大臣か左大臣あたりに儀式の真実を知らされてあたふたしている。というどころでしょうか」
こちらの書簡については、途中で読む気が失せたのだろう。グシャと丸めて捨ててしまった。
誰も彼も愚かすぎて眩暈がしてくる。帝も太政大臣も左大臣もあの人達はなにも分かっていない。この国の先人達が定めた古の約定にどれだけ従ったとしても救われることは決してないのだ。
ふう。と椅子に深く沈んだ神薙は昼過ぎに訪れた少女のことを思い出していた。
祟り神に襲われていた穂稀を庇い、大怪我を負った少女。絶対安静であった彼の少女は、怪我の痛みをおして寝台を抜け出し、穂稀の無事を確認するために土地勘のない場所を宛もなく歩くような娘。
彼女を惑いの森で初めて見たとき、神薙は時が止まったのかと錯覚するほどに驚いた。
(白水殿の纏うあの気配は間違いない。あの気配はあの人の───)
容姿も面差しも何一つ似るものはない。重なりはしない。しかし纏う気配は懐かしきその人のもの。
神薙の脳裏に蘇る一人の娘。
一つにまとめた黒髪を靡かせ、墨染の衣をひるがえし、数多の術を自在に操る蓮炎国一の女方士。特に退魔の術と結界術に優れた稀代の術士。
そしてその傍らに寄り添う────。
「……本当に愚かなんですよ。お三方。古の条約なんかで『アレ』の怨みは晴れやしない。決して……」
最初は彼女の血筋のものかとも思ったが、客人神ならばその可能性は極めて薄いだろう。ならば、彼女は。
『奉華の儀』が始まるこの時期に現れた少女。
(賭ける価値は、ありますかね?)
これが、もし、あの人の導きに依るものならば。ちょうど要請もありましたし。
「これで、良いのですよね? 出水姫───」
神薙はこの時、密かに決意を定めた。




