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昨日世界から消えた怪物を覚えている  作者: 一刀詩姫


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8/13

昨日の怪物


「神崎。お前、また寝不足か?」


朝一番。


対策局の廊下で顔を合わせた黒崎アキラに、開口一番そう言われた。


「……なんでわかるんだよ」


「顔に書いてある」


「そんなにひどい?」


「ひどい」


即答だった。


俺はスマートフォンの画面を確認する。


昨夜、見知らぬ番号から届いたメッセージ。


『次に現れる怪物は、あなたのことを知っている』


『今度は、私を見つけて』


あれから何度も確認したが、メッセージの履歴は残っていなかった。


けれど、俺は確かに読んだ。


誰かが、俺に話しかけてきた。


そして、その誰かは――。


「レン!」


背後から声がした。


振り返ると、朝比奈ナギが手を振りながら走ってきた。


「おはよ! 昨日ちゃんと寝た?」


「……一応」


「その顔で?」


「そんなにひどいのか、俺」


「うん!」


ナギは笑顔でうなずいた。


「まあ、初任務のあとだしね。緊張して眠れなかった?」


「そういうわけじゃないんだけど……」


説明できなかった。


自分でも、何が起きているのかよくわからない。


ただ、忘れたくないものがある。


それだけは、確かだった。


「三人とも、作戦室に来てくれ」


廊下の奥から御堂カナタの声が響いた。


俺たちは顔を見合わせ、作戦室へ向かった。


*


モニターには、巨大なショッピングセンターの映像が映し出されていた。


郊外にある、かつては多くの人で賑わっていた商業施設。


数年前に閉鎖され、現在は取り壊しを待つばかりの建物らしい。


「今回の任務は、ここに出現した昨日喰いの調査と排除だ」


御堂が説明を始める。


「三日前、施設の警備会社から連絡があった。夜間巡回をしていた警備員が、一名行方不明になったという」


「行方不明?」


俺が尋ねる。


「最初はそうだった。だが、翌日には状況が変わった」


御堂が端末を操作する。


画面に、警備会社の勤務表が映し出された。


「行方不明者の名前が消えた。勤務記録も、社員証の登録も、採用時の書類もだ」


「また、昨日喰い……」


「ああ。だが、今回は少し妙なことがある」


御堂が別の映像を映した。


監視カメラの映像だった。


深夜のショッピングセンター。


誰もいない通路を、一人の警備員が歩いている。


その数秒後。


画面の奥に、黒い人影が現れた。


警備員が振り返る。


次の瞬間、映像が乱れた。


そして、警備員の姿が消えた。


「ここまでは、過去の事例と似ている」


御堂が言った。


「問題は、このあとだ」


映像が巻き戻される。


警備員が消えた直後。


通路の奥に、白い服を着た少女が立っていた。


長い黒髪。


細い身体。


顔は、カメラの死角になっていて見えない。


だが、その姿を見た瞬間、俺の胸が強く締めつけられた。


「……この子」


声が漏れた。


御堂がこちらを見る。


「知っているのか?」


「いや……」


知っている。


そう思った。


だけど、なぜそう思うのか説明できない。


少女の後ろ姿を見ているだけなのに、胸の奥が痛かった。


「神崎?」


「……すみません。何でもないです」


俺は視線を逸らした。


すると、隣にいたアキラが俺を見た。


「お前、何か隠しているだろ」


「隠してない」


「なら、なぜそんな顔をする?」


「……わからないんだよ」


本当に、わからなかった。


御堂は映像を停止した。


「この少女についても調査する。ただし、現時点では昨日喰いとの関係は不明だ」


「彼女も昨日喰いの一部かもしれないってこと?」


ナギが尋ねる。


「その可能性はある。だから、現場では不用意に近づくな」


御堂は俺たちを見渡した。


「今回も三人で行動しろ。黒崎が前衛、神崎が遊撃、朝比奈が後方支援。前回のような連携不足は避けろ」


「了解」


アキラが答える。


ナギも真剣な表情でうなずいた。


俺も返事をしようとした。


だが、その前に御堂が付け加えた。


「神崎。今回、何かを思い出したとしても、無理に記憶を掘り起こすな」


「……どういう意味ですか?」


「お前の能力を使うたび、記憶に関係する脳の活動に異常が見られる。原因はまだわからない。だが、無理をすれば取り返しのつかないことになるかもしれない」


俺は黙った。


忘れたくない。


その思いが、能力に関係しているのだろうか。


それとも、もっと別の何かがあるのか。


「……わかりました」


そう答えるしかなかった。


*


ショッピングセンターは、想像以上に不気味だった。


入口の自動ドアは壊れ、床には埃が積もっている。


天井の照明はほとんど消えており、窓から差し込む光だけが、長い通路を照らしていた。


俺たちはスーツの通信機を確認しながら、施設の中へ入った。


「反応は地下に集中している」


アキラが端末を見ながら言った。


「地下駐車場か?」


「その先に、従業員用の通路がある。警備員が最後に確認された場所だ」


「じゃあ、そこにいる可能性が高いね」


ナギが周囲を見回す。


「ねえ、レン。こういう廃墟って、夜に来たら絶対怖いよね」


「今も十分怖いけど」


「だよね!」


「お前ら、少し静かにしろ」


アキラに注意され、俺たちは口を閉じた。


そのとき。


俺の足元に、何かが落ちているのが見えた。


拾い上げる。


古い社員証だった。


表面は傷だらけで、写真の部分が黒く塗りつぶされている。


名前の欄も、文字が消えていた。


「……これ」


俺は社員証を見つめた。


胸の奥に、嫌な感覚が広がっていく。


「どうした?」


アキラが近づいてきた。


「社員証が落ちてた。でも、名前が消えてる」


「昨日喰いの影響だろう。触るな。回収班に渡せ」


そう言って、アキラが袋を取り出した。


俺は社員証を渡そうとした。


だが、その瞬間。


頭の中に、知らない声が響いた。


『たすけて』


俺は手を止めた。


「……え?」


『たすけて』


今度は、はっきり聞こえた。


耳からではない。


頭の内側から直接、声が聞こえてくる。


「神崎?」


アキラが俺の顔を覗き込む。


「今、誰か……」


「何?」


「声が聞こえた」


二人の表情が変わった。


「どんな声?」


ナギが尋ねる。


「……助けて、って」


アキラが周囲を警戒する。


「通信機には何も入っていない。音源を確認できるか?」


「わからない。頭の中に直接聞こえたような感じで……」


その瞬間。


通路の奥から、金属が落ちる音がした。


ガシャン。


三人が一斉に振り返る。


暗闇の向こう。


何かが動いた。


「来るぞ」


アキラが警棒を構える。


ナギも装置を取り出した。


俺は息を整え、二人の後ろに立つ。


前回の戦闘を思い出す。


焦るな。


相手の動きを見る。


一人で突っ込まない。


三人で戦う。


「……行こう」


俺たちは、通路の奥へ進んだ。


*


そこにいたのは、人間の形をした怪物だった。


身長は二メートルほど。


全身が黒い膜に覆われ、顔には目も鼻もない。


ただ、胸の中央に、大きな裂け目が開いていた。


裂け目の奥で、何かが動いている。


「昨日喰い……!」


アキラが駆け出した。


怪物が腕を振る。


アキラは身をひねり、攻撃をかわした。


そして、警棒を怪物の脇腹へ叩き込む。


鈍い音が響く。


怪物の身体が揺れた。


「効いている!」


ナギが叫んだ。


「朝比奈、右側から支援!」


「了解!」


ナギが装置を投げる。


軌道が曲がり、怪物の背後へ回り込む。


装置が炸裂し、黒い膜が弾けた。


その隙に、アキラが再び攻撃する。


前回よりも連携が取れている。


訓練どおりではない。


だが、互いの動きを見て、次に何をするべきか考えられていた。


「神崎! 胸の裂け目を狙え!」


「わかった!」


俺は走り出した。


怪物がこちらを向く。


胸の裂け目が、大きく開いた。


そこから、黒い触手が飛び出す。


「っ!」


俺は身体をひねってかわした。


触手が壁を打ち砕く。


すさまじい衝撃。


だが、動きは見えていた。


俺は警棒を握り直し、怪物の懐に飛び込む。


そして、胸の裂け目へ向けて振り下ろした。


ガキンッ!


警棒が弾かれた。


「なっ……!」


怪物の身体が変形する。


胸の裂け目が閉じ、代わりに腕が何本も生えた。


「神崎、離れろ!」


アキラが叫ぶ。


だが、遅かった。


黒い腕が俺の身体に巻きついた。


「ぐっ……!」


締めつけられる。


息ができない。


スーツの警告音が鳴った。


『警告。身体負荷、危険域』


俺は腕を引き剥がそうとした。


だが、力が足りない。


怪物が俺を持ち上げた。


床が遠ざかる。


「レン!」


ナギの声が響く。


彼女が装置を投げる。


軌道が曲がり、怪物の腕に直撃した。


拘束が緩む。


俺は床に落ち、咳き込んだ。


「大丈夫!?」


「……ああ、何とか」


「何とかじゃないでしょ!」


ナギが俺の肩を支えた。


アキラが怪物を警戒しながら近づいてくる。


「神崎、無茶をするなと言っただろう」


「胸の裂け目が弱点だと思ったんだよ!」


「思い込みで突っ込むな!」


「じゃあ、どうすればよかったんだよ!」


「まずは観察しろ!」


その言葉に、俺は口を閉じた。


確かに、そうだった。


俺は弱点だと思い込んで、いきなり攻撃した。


怪物が変形する可能性を考えていなかった。


「……悪かった」


アキラは一瞬、意外そうな顔をした。


「わかればいい」


「でも、次はちゃんと見てから動く」


「そうしろ」


俺たちは再び怪物へ向き直った。


怪物は、まだ動いていた。


胸の裂け目がゆっくりと開閉している。


その奥で、何かが蠢いていた。


そして。


『レン』


俺は息を止めた。


今の声。


間違いない。


聞き覚えがある。


『レン』


少女の声だった。


俺は怪物を見つめた。


「……誰だ?」


怪物の動きが止まった。


胸の裂け目が、さらに大きく開く。


その内側から。


白い手が伸びてきた。


「……嘘だろ」


黒い膜が剥がれ落ちていく。


その中から現れたのは、一人の少女だった。


白い服。


長い黒髪。


細い身体。


そして、見覚えのある顔。


「……ユナ?」


俺の口から、その名前が漏れた。


少女はゆっくりと目を開いた。


その瞳が、俺を捉える。


だが。


彼女の表情に、懐かしさはなかった。


恐怖だけが浮かんでいた。


「……あなた、誰?」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が、冷たくなった。


俺は彼女を知っている。


いや、知っていたはずだ。


夜になると俺の部屋に現れる少女。


俺の名前を呼び、俺が忘れてしまうことを恐れていた少女。


そのはずなのに。


彼女は、俺を知らないと言った。


「……俺は、神崎レンだ」


俺は一歩、近づいた。


「君は、白瀬ユナだろ?」


少女の瞳が揺れた。


何かを思い出そうとするように、額に手を当てる。


「しらせ……ゆな……?」


その瞬間、彼女の身体が淡く光り始めた。


「待って!」


俺は手を伸ばした。


「まだ聞きたいことがあるんだ! 君は何者なんだ!?」


少女は俺を見つめた。


唇が、かすかに動く。


「……逃げて」


「え?」


「あなたは……まだ……」


言葉が途切れた。


光が強くなる。


少女の身体が、少しずつ透けていく。


俺は彼女の手をつかもうとした。


だが、指先は空を切った。


少女は、光の粒となって消えた。


あとには、黒い染みだけが残っていた。


誰も、何も言わなかった。


ナギは呆然と立ち尽くし、アキラは警棒を握ったまま、消えた場所を見つめている。


俺だけが、そこから動けなかった。


「……ユナ」


その名前を呼んでも、返事はない。


ただ、頭の奥が痛かった。


思い出そうとするほど、何かが遠ざかっていく。


「神崎」


アキラが静かに言った。


「今の少女を知っているのか?」


俺は答えられなかった。


知っている。


そう言いたかった。


だけど、本当に知っているのだろうか。


俺の記憶にいるユナと、今の少女は同じなのか。


それとも、似ているだけの別人なのか。


「……わからない」


俺は、そう答えた。


そのとき、通信機から御堂の声が響いた。


『神崎、応答しろ。今の反応は何だ?』


俺は通信機をつかんだ。


「御堂さん。昨日喰いの中から、女の子が出てきました」


『女の子?』


「白い服を着た、黒髪の少女です。俺の知っている人に、そっくりでした」


通信機の向こうが静かになった。


『……神崎。その少女の名前を言ってみろ』


「白瀬ユナです」


長い沈黙。


やがて、御堂の声が聞こえた。


『……白瀬ユナという人物は――』


そこで、通信が途切れた。


「御堂さん?」


返事はない。


『ザザ……ザザザ……』


通信機から、雑音だけが流れる。


そして。


雑音の向こうから、知らない声が聞こえた。


『――見つけた』


男なのか、女なのかもわからない声だった。


その声は、確かにそう言った。


見つけた、と。


誰が。


何を。


俺たちが顔を見合わせた瞬間、通信が復旧した。


『神崎! 聞こえるか!』


御堂の声だった。


「聞こえます! 今、誰かが……」


『いいから、すぐに現場を離れろ! 繰り返す、直ちに撤退しろ!』


「何があったんですか!?」


『説明は後だ! 現場の反応が消えていない!』


俺たちは、怪物が消えた場所を振り返った。


そこには、黒い染みしか残っていない。


だが、端末の表示では、異常反応がまだ続いていた。


しかも。


反応の位置が、少しずつ移動している。


「……まさか」


アキラが警棒を構えた。


ナギも俺の隣に立つ。


次の瞬間。


俺のスマートフォンが震えた。


圏外のはずなのに。


画面には、見知らぬ番号からのメッセージが表示されていた。


『レン』


『その子を見つけたんだね』


『お願い』


『今度こそ、私を殺して』


俺は息を止めた。


送り主の名前はない。


それでも。


この文章を送ってきた相手が誰なのか。


俺には、わかる気がした。


「……ユナ?」


その瞬間、画面が暗くなった。


地下通路の照明が、一斉に消える。


暗闇の中で、誰かが俺の耳元に囁いた。


『やっと、見つけてくれたね』


その声は。


俺が忘れたくないと願っていた、あの少女の声だった。

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