武器を持つ理由
「今日から、お前にはこれを着てもらう」
御堂カナタが机の上に置いたのは、黒いケースだった。
俺はケースを開ける。
中に入っていたのは、黒を基調とした戦闘用スーツだった。
身体に密着するインナーの上から、胸部、肩、腕、脚を保護する装甲を装着する構造らしい。
見た目は軍用装備というより、映画に出てくる特殊部隊の装備に近かった。
「……これ、俺が着るんですか?」
「ほかに誰がいる?」
「いや、俺は普通の学生だったんですけど」
「その普通の学生が、昨日喰いを素手で倒したんだ。もう普通の生活に戻れると思わないことだな」
さらりと言われた。
笑えなかった。
「ちなみに、断ったら?」
「強制はしない。ただし、お前が次に昨日喰いと遭遇したとき、こちらが助けられる保証もない」
「それ、実質的に強制じゃないですか」
「理解が早くて助かる」
御堂は真顔だった。
この人、絶対に性格が悪い。
俺はため息をつきながらスーツを取り出した。
「着方は?」
「隣の部屋に説明書がある」
「説明してくれないんですか?」
「大人だろう?」
「……本当に性格悪いですね」
「よく言われる」
やっぱりだ。
*
着替えを終えて訓練場に入ると、そこには黒崎アキラがいた。
壁にもたれ、腕を組んでいる。
「遅い」
「着替えてたんだよ」
「着替えに十分もかかるのか?」
「初めて着る装備なんだけど?」
「言い訳が多いな」
朝から腹が立つ。
俺はアキラを無視して、訓練場を見回した。
広い室内には、射撃用の標的、近接戦闘用の訓練人形、そして武器を保管するケースが並んでいた。
刀、短剣、警棒、槍。
壁際には銃器らしきものまである。
「……これ、全部使うんですか?」
「使えるものは試してもらう。適合者の能力は人によって違うからな」
御堂が説明しながら歩いてくる。
「昨日喰いに通常兵器がどこまで通用するかは、個体によって異なる。だが、武器がまったく役に立たないわけじゃない」
「だったら、最初から強い武器を持てばいいんじゃないですか?」
「強い武器を持っていても、使えなければ意味がない」
アキラが口を挟んだ。
「お前みたいにな」
「まだ何もしてないだろ!」
「だから言っている」
こいつとは絶対に仲良くなれない気がする。
御堂が手を叩いた。
「まずは基本装備の確認だ。スーツの性能を試す」
訓練場の中央に、金属製の人形が運ばれてきた。
「このスーツには衝撃を分散する機能がある。完全に防げるわけじゃないが、通常なら骨折するような衝撃を軽減できる」
「へえ……」
「それと、体温、心拍数、筋肉の動き、脳波の一部を記録している。異常があれば警告が出る」
「脳波まで?」
「お前の能力は、記憶に関係する脳の領域にも影響している。戦闘中の変化を調べたい」
最後の言葉だけ、妙に引っかかった。
記憶。
ユナのことを思い出す。
昨夜、彼女は確かに俺の部屋にいた。
そう思う。
だが、顔を思い浮かべようとすると、輪郭がぼやける。
髪の長さも、声も、少しずつ遠ざかっていく。
俺は無意識に、ポケットの中のメモを握った。
『白瀬ユナ』
自分の字で書かれた名前。
これだけは、捨てられなかった。
「神崎?」
御堂の声で我に返る。
「どうした?」
「……いえ。何でもないです」
「なら始めよう」
*
最初に試したのは、警棒だった。
訓練用の人形に向かって振り下ろす。
ガンッ!
衝撃が手首に響いた。
「痛っ!」
「力が入りすぎだ」
アキラが呆れたように言う。
「お前、もう少し優しく教えられないの?」
「戦闘中に敵が優しく教えてくれると思うか?」
「そういう話じゃない!」
御堂が警棒を受け取った。
「神崎。武器は力任せに振ればいいものじゃない。相手の動きを見て、必要な場所に、必要な力を加える」
「はい……」
「次は短剣だ」
短剣を握ってみた。
軽い。
これなら扱いやすそうだ。
訓練人形の横に回り、攻撃する。
しかし、刃先は装甲に弾かれた。
「駄目だな」
アキラが即答する。
「まだ何も言ってないだろ!」
「見ればわかる」
「じゃあ、お前がやってみろよ!」
「最初からそのつもりだ」
アキラは訓練人形の前に立つ。
次の瞬間、姿がぶれた。
一歩。
それだけで、アキラは人形の背後に回っていた。
手にした警棒が、装甲の継ぎ目を正確に打つ。
乾いた音が響いた。
「……速っ」
思わず声が出た。
「能力を使っただけだ」
「それができるのがすごいんだろ」
「お前も能力を使えばいい」
「どうやって?」
アキラは黙った。
いや、そこは教えてくれよ。
結局、俺は警棒も短剣も、槍もまともに使いこなせなかった。
銃器に至っては、標的に当てることすら難しかった。
「……俺、本当に戦えるんですか?」
思わず漏れた本音だった。
御堂はすぐには答えなかった。
「お前の能力は、相手が強いほど適応しやすい。だが、それは戦闘のすべてを解決する能力じゃない」
「……」
「相手の攻撃に適応する前に死ねば終わりだ。身体が耐えられなければ、それでも終わりだ」
アキラが腕を組む。
「だから武器を使う。能力だけに頼るな」
「お前は武器を使わなくても強いだろ」
「俺だって武器を使う。必要ならな」
アキラは壁際のケースから短い警棒を取り出した。
「能力は万能じゃない。自分の得意なことと、できないことを理解しろ」
その言葉は、意外にも正しかった。
悔しいが。
「……わかったよ」
「返事が遅い」
「お前な!」
御堂が咳払いした。
「二人とも、そこまでだ」
俺たちは同時に口を閉じた。
「明日から実戦形式の訓練に入る。神崎、お前にはチームを組んでもらう」
「チーム?」
「黒崎と、もう一人だ」
その瞬間、訓練場の扉が勢いよく開いた。
「ごめーん! 遅れた!」
明るい声が響く。
入ってきたのは、短めの髪を揺らした女性だった。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
動きやすそうな服装で、片手には飲みかけのペットボトルを持っている。
彼女は俺たちを見て、にかっと笑った。
「あなたが神崎レン? 話は聞いてるよ!」
「え、あ、はい」
「私は朝比奈ナギ! よろしく!」
勢いよく差し出された手を、俺は反射的に握った。
「朝比奈さんも適合者なんですか?」
「そうそう! 能力は『軌道偏向』。飛んできたものとか、動いているものの軌道をちょっと曲げられるんだ」
「ちょっと?」
「うん。ちょっと!」
「……それ、強いんですか?」
「使い方次第!」
自信満々に言い切った。
御堂が説明を引き継ぐ。
「朝比奈は後方支援と攪乱が得意だ。敵の攻撃を逸らしたり、味方の攻撃の軌道を補正したりできる」
「へえ……」
「ただし、何でも曲げられるわけじゃない。質量や速度によって限界がある」
「なるほど」
ナギは俺とアキラを交互に見た。
「で、この二人と私でチーム?」
「ああ。明日、三人で実戦に出てもらう」
「やった! 初チーム戦だ!」
ナギは嬉しそうに拳を握った。
一方、アキラは露骨に嫌そうな顔をした。
「俺は反対だ」
「えー、なんで?」
「神崎は武器を扱えない。お前はすぐに突っ込む。連携が成立するとは思えない」
「ひどっ! 私、ちゃんと考えて動いてるよ!」
「考えてから動け」
「考えてるってば!」
「なら、なぜ遅刻した?」
「それは……道に迷ったから!」
「施設の中で?」
「……初めて来た場所だったんだもん!」
二人の言い争いを見て、俺は思った。
明日の実戦。
昨日喰いとの戦闘。
そして、この二人。
――俺、生きて帰れるんだろうか。
御堂が、そんな俺の心の声を見透かしたように言った。
「安心しろ、神崎。明日の任務は、比較的危険度の低い個体が相手だ」
「……その言い方、全然安心できないんですけど」
「それに」
御堂は端末を操作し、壁のモニターに画像を映した。
そこに映っていたのは、黒い染みのようなものが広がった地下通路だった。
「今回の個体は、すでに一度、人間を襲っている。だが、現場には被害者が存在しない」
「存在しない?」
「ああ。監視カメラには襲撃の映像が残っている。だが、襲われたはずの警備員について、勤務記録も住民記録も、家族の記憶も確認できない」
背筋が冷たくなった。
昨日喰い。
人間を殺すだけじゃない。
その人間が、最初から存在しなかったことにしてしまう怪物。
「明日の任務は、その個体の排除だ」
御堂が俺たちを見渡す。
「訓練どおりに動け。決して単独で行動するな」
アキラは短くうなずいた。
ナギも笑顔を消して、真剣な表情になった。
俺も、うなずく。
……やるしかない。
俺には、まだわからないことだらけだ。
自分の能力も。
昨日喰いの正体も。
そして、白瀬ユナという少女のことも。
けれど。
忘れたくないものがある。
そのために、戦う力が必要なのだとしたら。
俺は、逃げるわけにはいかなかった。
訓練場を出る直前、端末が小さく震えた。
見知らぬ番号からのメッセージだった。
画面には、たった一行。
『明日、あなたは一度死ぬ』
送り主の名前はない。
俺はしばらく、その文字を見つめていた。
やがて画面が暗くなる。
そこに映った自分の顔が、ほんの一瞬だけ――知らない誰かの顔に見えた。




