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王都から逃げた元結界技師は辺境で聖女の技術を解明する  作者: 水瀬める


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第34話 あの日のあと


 記録に並んでいたのは、時刻と数値だった。どの区域で負荷が増え、どの設備から警告が出たか。避難路の確保。治療所への供給。外縁部で起きた設備の損傷。

 リゼットは一行ずつ追った。並んでいる時刻も数値も見覚えがある。災害のあと、報告書を書くために何度も照合した記録だった。


 ある時刻へ目が止まる。警告を読み上げる声と、切り替えを待つ短い沈黙が蘇った。

 リゼットは紙の端から手を離し、ゆっくり息を吐く。次に開いたのは、その後の改修をまとめた冊子だった。


     ◇


 災害後の改善一覧には、警告表示や消費量の監視、連絡手順、自動切り替えなど、いくつもの変更が並んでいた。リゼットが検証に関わっていた頃、まだ試験中だったものもある。その横には、導入済みの日付が入っていた。


「……できたんですね」

「ああ」

「これ、何度も試験が止まってたのに」

「別の方式に変えた。時間はかかったが」


 自分が王都を離れたあとの日付だった。あの机が片づけられたあとも、ここでは誰かが資料を読み、試し、直していた。


「全部、同じままだと思ってたわけじゃないんですけど」


 言いながら、うまく続かなかった。アーヴィンは急かさずに待っている。


「……ちゃんと、続いてたんですね」

「続けるしかないからな」


 少し素っ気ない答えに、かえって安心した。自分がいなくなったあとも、彼らはあの日の続きをやっていた。


「見られてよかったです」


 アーヴィンは頷き、次の頁を開いた。


     ◇


 ユアンは、二人の間に広げられた資料を静かに見ていた。細かな数値の意味までは分からなくても、リゼットが同じ行を何度も読み返していることには気づいた。


「休む?」


 小さく聞くと、リゼットが顔を上げた。


「……少しだけ」

「うん」


 廊下へ出ると、大きな窓から午後の光が入っていた。リゼットは壁際に立ち、ゆっくり息を吐く。ユアンは隣にいたが、何を読んだのかは聞かなかった。

 少しして、リゼットの方から口を開いた。


「怖かったです」

「うん」

「でも、知らないままよりよかった気がします」

「そっか」


 あの日の続きを、自分はまだ全部知らない。けれど、知ることがすべて苦しいわけでもないのだと、今日初めて思えた。


「戻ります」

「うん」


 ユアンが扉を開けてくれた。


     ◇


 夕方までに、リゼットは改善されたことと、まだ分からないことを書き分けた。以前より異常を見つけやすくなり、切り替えも早くなっている。ただ、それが実際の設備でどう動くのかは、文章だけでは分からない。


「今の設備も、見られますか」


 アーヴィンが顔を上げた。


「結界局か」

「はい。記録だけじゃ、分からないので」


 口にすると、胸の奥が少し固くなった。それでも目を逸らさずにいると、アーヴィンが頷いた。


「申請する。明後日なら間に合うか確認しておく」

「お願いします」

「明日は学院で、初期の図面を先に見よう」


 リゼットは頷いた。一度に全部を見なくてもいい。明日も、その次の日もある。

 資料を返し、記録用紙を揃えたところで、ユアンが机の端を指した。


「鉛筆」

「あ」


 置き忘れかけていた。慌てて取ると、アーヴィンが笑う。


「相変わらず、研究以外はそそっかしいな」

「疲れてただけです」

「じゃあ今日は、夕食のあとに資料を開くの禁止ね」


 ユアンまで言う。


「店主の権限、王都でもあるんですか」


 言いながら、リゼットは鉛筆を鞄へしまった。今日読んだ記録は、明日になっても変わらない。

 リゼットは鞄を持ち直し、二人と一緒に文書院を出た。



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