第33話 文書院
翌朝、リゼットは目覚ましより早く目を覚ました。見慣れない天井を見上げ、机の上の記録用紙を見て、ここが王都だと思い出す。
胸の奥が少し重くなったが、昨日の食堂では、昔の話をして笑えた。あの頃の楽しかったことまで、忘れようとしなくてもよかったのかもしれない。
リゼットはベッドを出た。
◇
宿の前では、アーヴィンが待っていた。
「遅い」
「まだ八時二十分です」
「早く出れば、その分早く着く」
「学院の教官みたいなこと言わないでください」
ユアンが横で笑い、三人で歩き出した。王立文書院は白い石造りの大きな建物で、高い窓も重い扉も覚えている。
受付へ許可証を出すと、職員は名前を確認して顔を上げた。
「ハルディ様ですね」
心臓が、一度だけ強く鳴った。
「……はい」
「閲覧室へご案内します」
それ以上、何も聞かれなかった。リゼットは息を吐き、二人のあとを追った。
◇
最初に運ばれてきたのは、王都の古い区画図だった。現在の地図と並べて見ると、古い王都は今の半分にも満たない。郊外だった場所に住宅や工房が増え、年代を追うごとに街の端が外へ広がっている。
「この辺、昔は畑だったんだ。じゃあ、ここの設備も後から?」
ユアンが現在の商業区を指した。
「はい。この時期に市街へ組み込まれてます」
増設された時期までは追えるが、詳しい系統図は残っていない。アーヴィンが記録番号を指した。
「この時期の図面は学院の保管庫だな。明日、そっちで見よう」
リゼットは頷き、番号を書き留めた。なぜ今の形になったのかは、実際の図面を見てからでいい。
◇
古代の災害に関する資料も、いくつか出してもらった。欠けた報告書や古い地誌の中には青花の産地らしい記述もあったが、ルシェラで見つけた石と同じ図はない。
「……これも違いますね」
持参した写しと見比べていたリゼットが呟く。アーヴィンが冊子を閉じた。
「少なくとも、この中にはないな」
「はい」
「残念?」
ユアンに聞かれ、少し笑う。
「それは、残念です。でも、石の方で確かめられることも残ってますから」
記録にないからといって、答えがないわけではない。リゼットは古代資料を別に置き、王都の記録へ戻った。
◇
昼食のため、三人は一度資料室を出ることにした。
「外で食べよう。ずっと座ってたし」
ユアンが言う。
「あと一冊だけ――」
「その一冊、薄い?」
リゼットは手をかけていた冊子を見て、そっと閉じた。
中庭のベンチで買ってきたパンを食べていると、ユアンが通りの荷車を眺めている。
「何か気になります?」
「王都の配達って、大変そうだなと思って」
「道が広いのに?」
「店も荷物も多いから。うちの仕入れ先が、便を分けたがる理由がちょっと分かった」
リゼットも通りを見る。同じ景色でも、ユアンは違うものを見ている。
「帰ったら、また帳簿ですか」
「もちろん。リゼットが図面広げる横でね」
いつもの風景を思い出し、リゼットは少し笑った。
◇
午後、職員が追加の資料を運んできた。三年前の災害を受けてまとめられた、設備と運用の検証記録。
見覚えのある表紙に、指先が止まる。アーヴィンが手を伸ばしかけた。
「それは後でもいい」
リゼットは少しだけ考え、首を振る。
「見ます」
そのあと、何が決まり、何が変わったのか。そこまで知りたかった。
表紙を開く。最初の頁には、淡々と日付が記されていた。




