第18話 再会
いつものようにユアンと並んで店へ戻る途中、道の先にエダの姿が見えた。
家の前に大きな籠を置き、祭りの飾りを一つずつ外している。青い花はすっかり萎れていたが、束ねられていた銀色の葉はまだ完全には乾いておらず、細い葉先が夕方の光を受けてきらきらと揺れていた。
「こんばんは」
リゼットが声をかけると、エダが顔を上げた。
「あら、二人とも。今帰り?」
「はい。祭りの片づけですか?」
「そうそう。花は乾燥場に持ってくけど、葉っぱはどうしようかと思ってたところさ。」
「葉っぱ……」
リゼットの目が銀色の葉に止まる。
青花祭の飾りで何度も見た。青い花の隣で光を受けていた銀色の葉。けれど、葉そのものを気にして見たことはなかった
「触ってもいいですか?」
「もちろん」
一枚つまむ。
まだ水分を残した葉は、見た目よりもしなやかだった。
「これは、普段どうするんですか?」
「銀の葉? 何もしないよ。祭りに使うくらいじゃないかねえ」
「そうなんですね」
青花には、魔道具や術式の効果を強める性質がある。
けれど、同じ植物についている銀葉に、何か使い道があるという話は聞いたことがない。
同じ植物なのに、この葉には本当に何もないのだろうか。
リゼットは銀葉を光へ透かす。
細い銀色の葉脈が、根元から先端までまっすぐ走っていた。
横からユアンが覗き込む。
「気になるの?」
「……ちょっとだけ」
「また始まった」
「何がですか」
「別に?」
笑っている。
リゼットはもう一度銀葉へ目をやってから、エダに別れを告げた。
◇
翌朝。
店を開けてしばらくしたころ、入口のベルが鳴った。
「頼んでた紐、入ったか?」
入ってきたのはトーマだった。
町の外れで、ルシェラの青花を乾燥・加工する工房を営んでいる。今日も袖の端に、うっすら青い粉がついていた。
「届いてますよ」
リゼットが棚から紐の束を取り出す。
代金を受け取ってから、ふと思い出した。
「トーマさん」
「ん?」
「工房に、銀葉ってありますよね」
「そりゃある。山ほど」
「そんなに?」
「花を外したあとの葉なんて、ほとんど使わんからな。祭りに回す分以外は畑へ戻してる」
「少しもらってもいいですか?」
トーマが眉を上げた。
「葉っぱを?」
「はい」
「あんなもんでいいなら、好きなだけやるぞ。工房に戻ればいくらでもある」
「少しでいいんです」
「じゃあ帰りに持ってきてやるよ」
トーマは紐を抱え直し、それから思い出したように続けた。
「まあ、花の方も昔ほど高く売れなくなったわな」
「そうなんですか?」
「人工の代用品が増えただろ。安いし、出来にも差が出にくい。親父の頃は収穫時期なんて寝る暇もなかったらしいが、今はそこまででもない」
トーマは特に深刻そうでもなく肩をすくめた。
「それでも毎年買うところはあるし、うちはうちで商売になってる。昔ほどじゃないってだけだ」
「なるほど」
この町でしか咲かない花。
長い間、町の暮らしを支えてきた特産品。
けれど今では、ひどく高価な素材というわけでもないらしい。
その花から外された銀葉なら、なおさらだ。
「葉が欲しいなんてやつは初めてだな」
「まだ何に使えるかも分かりません」
「使える前提なのか?」
「そうは言ってません」
「そうか?」
笑いながら、トーマは店を出ていった。
◇
昼前。
トーマが銀葉を持ってきてくれた。
「ほら」
差し出された束を見て、リゼットは目を瞬く。
「こんなにいりません」
「少しだろ」
「トーマさんの少し、おかしくないですか」
「どうせ畑に戻すんだからいいだろ」
「……ありがとうございます」
リゼットはその中から数枚を取り、作業台へ並べた。
「何するの?」
声と一緒に、柔らかな金髪が視界の端へ入ってくる。
ユアンが作業台の向こうから覗き込んでいた。
「試します」
「何を?」
「分かりません」
「分からないものを試すの?」
「分からないから試すんです」
「なるほど」
妙に納得した顔をされた。
リゼットは細い魔力線を一本取り出し、起動石と小さな発光石を繋いだ。銀葉を沿わせてみるが、短い経路ではほとんど変化がない。
「何も起きないね」
「そうですね」
「残念?」
「まだです」
リゼットは魔力線を継ぎ足し、経路を長くした。
銀葉を外した状態と沿わせた状態を何度か測る。
距離が伸びるほど、違いが出た。銀葉を沿わせた方が、末端へ届く魔力の揺らぎが小さい。
「……やっぱり」
「何か分かった?」
「魔力の流れ方に作用してる気がします」
「流れ方?」
「遠くまで送るときの、揺らぎを抑えてる」
今度は経路を二つに分け、片方へ銀葉を沿わせる。向きを変えて何度か測ると、こちらにも差が出た。
リゼットは記録を見比べる。
「……方向もある」
「方向?」
「遠くまで安定させるだけじゃない。流れる向きも整えてるのかも」
顔を上げる。
思っていたより近くにユアンがいた。
作業台を挟んでいるとはいえ、身を乗り出しているせいで肩が触れそうな距離だ。数字ばかり追っていた意識が、一瞬でそちらへ引っ張られた。
「……」
「リゼット?」
「何でもないです」
誤魔化すように記録用紙へ視線を戻す。
「今日はここまでにします」
「もう?」
「明日、同じ条件でもう一度確かめます。たまたまかもしれないので」
「慎重だね」
「当たり前です」
そう言いながら、リゼットは次に使う銀葉を数枚取り分けた。
◇
同じ頃。
王都から北へ向かう街道を、一台の馬車が走っていた。
窓の外では王都近郊の高い建物がとうに途切れ、代わりに低い家々と畑が増えている。そのさらに向こうには、遠い山並みが薄く霞んでいた。
アーヴィンは膝の上の書類を閉じた。
仕事を持ってきたのは失敗だった。
王都を出て半日。
読んでも、ろくに頭へ入ってこない。
代わりに浮かぶのは、同じことばかりだった。
小さな雪景球。
三つに分けられた仕組み。
必要なところだけを分けた、妙に丁寧な作り。
そして、
リゼット。
本当に彼女なのか。
なぜ、あんな小さな町で魔道具を作っているのか。
一瞬だけ、
――作れるなら、なぜ王都へ戻らない。
という考えが浮かんだ。
けれど、すぐに消した。
戻る理由などない。
王都が彼女のいるべき場所だと決める権利は、自分にはない。
「……」
馬車が大きく揺れる。
アーヴィンは書類を鞄へしまい、窓の外へ目を向けた。
◇
翌朝。
「……再現した」
「昨日の?」
「はい」
リゼットは測定記録を見下ろした。
昨日とは別の銀葉。
魔力線の長さも変えた。
それでも、結果は同じだった。
短い経路では、ほとんど差が出ない。
長くなるほど、銀葉を沿わせた方が流れの揺らぎが小さくなる。
分岐させた経路でも、葉の向きによって流れ方に差が出た。
「銀葉には、遠くまで魔力を送るときに流れを安定させる性質がある。それと、流れる方向を整える」
「へえ」
ユアンが銀葉を一枚持ち上げる。
「こんな薄い葉っぱに?」
「だから面白いんですよ」
口から出て。
リゼットは止まった。
ユアンも聞き逃さなかったらしい。
「今、面白いって言った?」
「言いましたけど」
「普通に認めるようになったね」
「何をですか」
「こういうの好きなの」
リゼットの手が止まる。
少し前なら、反射的に否定していただろう。
たまたま気になっただけ。
頼まれたから。
必要だったから。
そんな理由を探して。
けれど今は。
誰にも頼まれていない。
使い道すら分からない葉を、昨日からずっと調べている。
「……まあ」
リゼットは銀葉を一枚、測定記録の上へ置いた。
「嫌いではないです」
「そっか」
ユアンはそれだけ言った。
それなのに妙に嬉しそうで、リゼットは少し眉を寄せる。
「何ですか」
「別に?リゼットが楽しそうだから、嬉しいだけ」
「……そういうこと、さらっと言わないでください」
「なんで?」
「知りません」
作業台へ視線を戻す。
けれど、口元にはわずかに笑みが残っていた。
◇
その日の夕方。
リゼットは最後に使った器具を片づけていた。
「そこ、押さえてください」
「はいはい」
ユアンに台座を押さえてもらい、魔力線を留め直す。
「これで終わりです」
「おお。共同作業した気分」
「気分だけです」
「厳しいなあ」
リゼットが笑いながら器具を脇へ寄せた、そのとき。
入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
記録用紙をまとめながら、顔を上げずに言う。
返事がない。
客だと思い、ようやく顔を上げようとしたところで。
「相変わらずだな」
手が止まった。
声。
聞き間違えるはずがない。
何年経っても。
たぶん。
「客の顔くらい見て挨拶しろ」
ゆっくりと顔を上げる。
入口に、一人の男が立っていた。
旅用の濃紺の外套。
同じ色をさらに深くしたような藍色の髪。
昔より少しだけ大人びた、見慣れた顔。
けれど、
こちらを見る目だけは、何も変わっていなかった。
リゼットの指から、細い魔力線が落ちる。
「……アーヴィン?」
自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
アーヴィンはリゼットを見たまま、ほんの少しだけ息を吐いた。
そして、
「久しぶりだな、リゼット」
二年ぶりに、
彼は、彼女の前に立っていた。




