第16話 二つ目の雪景球
ミナに雪景球を渡した翌日。
ミナは朝から三回、店の前を通った。
一回目は母親と一緒だった。
二回目は友達と一緒だった。
三回目は、友達を二人に増やしていた。
そのたびに腕の中には、昨日渡した雪景球がある。
「見て! ここ触るとね!」
店の外から、得意げな声が聞こえてくる。
リゼットは品出しの手を止め、窓の向こうを見た。
思わず、笑みがこぼれる。
「ミナ、昨日からずっと持って歩いてるね」
「壊さないか心配です」
「でもリゼット、嬉しそうだね」
「……はい」
それは、そうだ。
あれだけ喜んでくれたことは、素直に嬉しい。
——昼前。
入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
顔を上げると、三十代くらいの女性と、十歳ほどの女の子が入ってきた。二人とも見覚えはない。
けれど、青花祭に合わせて町へ戻ってきた家族が、祭りのあともしばらく滞在しているのは珍しいことではなかった。
女性は店内を見回したあと、リゼットへ軽く頭を下げた。
「すみません。こちらで、雪景球を作っていると聞いたんですが」
リゼットは目を瞬かせた。
その先の予想はついていたものの、一応聞く。
「……誰からですか」
「広場で会った女の子から。青い鳥の玩具を持っていて――」
やっぱりミナだ。
あれだけ町中を持って歩いていれば、そうなるのかもしれない。
それにしても早い。
隣でユアンが笑いを堪えている。
「何ですか」
「いや。宣伝上手だなあと思って」
「頼んでません」
女の子が母親の袖を引いた。
「お母さま、あの子と同じのがほしいの」
母親が苦笑して、リゼットを見る。
「広場で見せてもらってから、ずっと欲しがっていて」
「雪がずっと降ってたの」
女の子が身を乗り出す。
「王都にも雪景球はあるけど、あんなの見たことない」
リゼットが少し首を傾げた。
「王都から来たんですか?」
「ええ。私の母がこの町に住んでいるので、青花祭に合わせて帰ってきていたんです」
「そうだったんですね」
「明後日には王都へ戻る予定で。もし売っていただけるなら、お願いしたいんですが」
「……」
女の子が期待に満ちた目でこちらを見る。
リゼットは一度、ユアンを見た。
ユアンは何も言わない。
決めるのはリゼット。
そういう顔をしている。
「あれは、一つだけ作ったもので、他にはないんです」
女の子の顔が少し曇った。
「ただ」
口から出た。
「もう一つ作るなら」
ぱっと女の子の顔が上がった。
「作ってくれるの?」
「少し時間はかかりますけど」
「待つ!」
女性が苦笑する。
「明後日までに間に合いますか?」
「明後日……」
材料はある。
一度作っている。
最初のものほど時間はかからない。
「たぶん」
「お願いします」
「ただし」
リゼットは女の子を見る。
「割れやすいから、持ったまま走らないこと」
「うん!」
「寝るときは机の上」
「うん!」
返事が良すぎる。
またも、不安だ。
二人が帰ったあと、リゼットは作業台へ向かった。
「もう売らないんじゃなかった?」
ユアンが言う。
「……もう一つだけです」
「そっか」
「何ですか、その顔」
「別に?」
笑っている。
二つ目の雪景球は、最初のものより早く形になった。
構造そのものは大きく変えない。ただ、前回気になったところを少しだけ直す。
底へ落ちた白い粒が、もっと滑らかに上へ戻るように流れを整える。発光石の光も、ほんの少し弱くした。
雪を循環させる部分と、青い灯り。
球の中へ留めておくための封止。
それぞれの流れを確認しながら、細かなずれだけを整えていく。
——夕方。
二つ目の雪景球が完成した。
起動石へ触れる。
青白い光がともる。
底から運ばれた白い粒が上部へ広がり、ゆっくりと落ち始めた。
一粒。
また一粒。
「……よし」
「今度も綺麗だね」
「……」
リゼットの手が一瞬止まる。
「どうしたの?」
「なんでもないです!」
ユアンが笑った。
リゼットは雪景球を持ち上げ、細部を確認する。
問題ない。
「明日渡せます」
「うん」
淡い光の中を、白い雪が静かに降っていった。
——翌日。
親子が様子を見にやってきた。
女の子は完成した雪景球を見るなり、目を輝かせる。
「触っていい?」
「どうぞ」
小さな指が起動石へ触れた。
青い光。
静かに降る雪。
「お母さま、見て!」
「あらあら。先にお礼を言いなさい」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
何度も角度を変えて眺めている。
リゼットはその姿を見ながら、昨日決めておいた金額を告げた。
女性が少し驚く。
「このお値段でいいんですか?」
「材料と、作った時間を入れてあります」
後ろでユアンが小さく笑った気がする。
振り返らない。
「ありがとうございます」
代金を受け取る。
もう、以前ほど戸惑わなかった。
女性が雪景球を布で丁寧に包む。
「王都へ戻っても、大切にしますね」
「……はい」
その言葉に、胸の奥がほんの少しざわついた。
自分の作ったものが、この町を出ていく。
しかも、王都へ。
不思議な感じがした。
リゼットは雪景球を抱えた女の子を見る。
「大事にしてね」
「うん!」
二人を見送ったあと、リゼットはしばらく入口を見ていた。
「嫌だった?」
ユアンが聞く。
「え?」
「王都に持っていかれるの」
「……」
少し考える。
「分かりません。……嫌というか」
「うん」
「変な感じです」
「そっか」
「ここで使ってもらうのは、もう慣れてきたんですけど」
自分で言ってから、その事実にも少し驚く。
いつの間にか、そうなっていた。
「じゃあ、嫌になったらやめればいいよ」
「……何をですか」
「町の外に売るの」
リゼットが顔を上げる。
「無理に広げる必要ないでしょ」
「でも、売れるなら売った方が店としては――」
「店のために作ってるわけじゃないじゃん」
あっさり言われた。
「リゼットが作りたいものを作って、それを欲しい人が買う。それで十分じゃない?」
「……」
「嫌なことまでやらなくていいよ」
前にも、似たようなことを言われた。
やりたいなら、やればいい。
やりたくないなら、やらなくてもいい。
「ユアンって」
「ん?」
「本当に店主なんですか」
「失礼だなあ」
「普通、売れるならもっと作れとか言いません?」
「僕は別に」
ユアンは笑った。
「リゼットが嫌になって、何も作らなくなる方が困るし」
「……困るんですか」
「困るよ」
「店の商品が減るから?」
聞いてから。
どうしてそんなことを聞いたのだろうと思った。
ユアンは少しだけ目を細める。
「それもあるけど」
「……それも?」
「楽しそうなリゼット、見られなくなるでしょ」
「…………」
また。
胸が変な音を立てる。
「そういうこと、普通に言わないでください」
「なんで?」
「なんでもです」
「そっか」
ユアンが笑う。
リゼットは顔を逸らした。
——数日後。
王都。
帰省から戻った娘は、父親が仕事から帰るなり雪景球を持って駆け寄った。
「お父さま、見て!」
「何だ?」
「雪!」
娘が起動石へ触れる。
青白い光がともり、白い粒が静かに舞い上がった。
やがて、一粒ずつゆっくりと落ちてくる。
「お姉さんに作ってもらったの」
「へえ」
雪景球そのものは珍しくない。
王都の玩具店にも並んでいる。
だが、これは振らなくても雪が降り続けていた。
「ずっと降るんだよ!」
「本当だな」
白い粒は底へ落ちると、また静かに上へ運ばれていく。
父親は王都結界管理局で、結界設備を扱っている。そのせいか、少しだけ興味を引かれた。
「ちょっと見せてくれるか?」
「壊さない?」
「壊さないよ」
「絶対?」
「絶対」
ようやく渡してもらう。
軽く魔力の流れを追ってみる。
「……ん?」
「何?」
「いや」
雪を動かす流れ。
青い光を灯す流れ。
それから、球体の内側を保つ封止。
一つの小さな玩具の中に、別々の流れが重ねられている。
「ずいぶん凝ってるな」
「すごいでしょ?」
娘が得意そうに胸を張る。
「いいもの作ってもらってよかったな」
「うん!」
「大事にしろよ」
「する!」
もう少し見ていたかったが、娘が不安そうに手元を見つめている。父親は雪景球を返した。
——翌日。
王都結界管理局。
昨夜、娘の雪景球を見ていた男は、午前の打ち合わせを終えて書類を片づけていた。向かいでは、一人の男がまだ図面に目を落としている。
アーヴィン・レイフォード。
同じ管理局で結界設備を担当する技師だった。
男は手元の資料を重ねながら、ふと思い出した。
「今の図面を見てたら思い出したんですが、昨日、娘が妙に凝った魔道具を持って帰ってきましてね」
「何だ」
「雪景球なんですが、振らなくても勝手に雪が降り続けるんです」
「それで?」
「気になって流れを見てみたら、雪を動かす流れと発光が分かれてるんです。封止も別系統なら、三つですね」
アーヴィンの手が止まった。
「……三つ?」
「たぶん。壊したら娘に泣かれるので、あまり細かくは見てませんけど。小さな玩具にしては、やけに凝った作りなんです」
アーヴィンが顔を上げた。
「雪景球に三系統も必要か?」
「そうなんですよ。私も、そこまでやる必要があるのかと思って」
男は肩をすくめる。
「でも妙に綺麗にまとまってるんです。無理に詰め込んだ感じもしない」
「…………」
アーヴィンは少し黙った。
三つに分けた流れ。
小さな玩具。
雪。
「どこで買った」
「買ったというか、作ってもらったそうです」
「誰に」
「そこまでは聞いてません」
「どこで」
男が町の名を告げる。
聞いたことはある。
行ったことはない。
「妻の実家がある町です。青花祭で帰省してまして」
「……そうか」
アーヴィンはもう一度、机の図面へ目を落とした。
けれど、さっきまで見ていた線が頭に入ってこない。
似た設計をする人間が、他にいないわけではない。
雪景球だって珍しいものではない。
ただ。
妙に引っかかった。
「その雪景球」
「はい?」
「今度、見せてもらえるか」
男が目を丸くする。
「そんなに気になります?」
「少しな」
——数日後。
「娘に借りるの、大変だったんですよ」
「悪かった」
「壊したらレイフォード卿のせいにしますからね」
「壊さない」
アーヴィンは差し出された雪景球を受け取った。
透明な小さな球体。
見た目だけなら、王都で売られているものと大差ない。
起動石へ触れる。
青白い光がともった。
白い粒が静かに舞い上がる。
そして。
一粒。
また一粒。
ゆっくりと落ちてくる。
「…………」
アーヴィンは魔力の流れを追った。
雪を循環させる流れ。
発光。
内部の封止。
三つ。
一つの小さな球の中へ、別々の流れを重ねている。
無駄に複雑なわけではない。
必要なところだけ分けて、それぞれが邪魔をしないように組まれている。
それだけなら。
まだ、偶然で済ませられたかもしれない。
白い粒が、青い光の中を静かに落ちていく。
その光景を見た瞬間。
学院の机が脳裏をよぎった。
手のひらほどの、小さな密閉容器。
必要以上に凝った作り。
そして、最後に降り始めた白い粒。
『三重結界?』
自分の声が蘇る。
「…………」
アーヴィンの指が止まった。
忘れるはずがない。
課題でもないところに手間をかけて。
必要以上に丁寧に組んで。
最後には、役に立つかどうかとは関係のないものまで足す。
雪。
「……リゼット?」
約二年。
どこにいるのか分からなかった名前が。
小さな雪の中から、突然こちらを見返した。




