↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都から逃げた元結界技師は辺境で聖女の技術を解明する  作者: 水瀬める


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/36

第15話 雪景球


——数日後。

 

昼前に、入口のベルが勢いよく鳴った。


「リゼットお姉ちゃん!」

「ミナ。今日も走ってる」

「走ってないよ!」

「今、走ってきたでしょう」

「ちょっとだけ!」


後ろから入ってきた母親が苦笑する。

ミナは青い鳥の魔導玩具を抱えたまま、まっすぐ作業台までやってきた。


「ねえ、お姉ちゃん」

「何?」

「雪って作れる?」


リゼットは瞬いた。

「……雪?」

 

「うん!」

ミナが両手で大きな丸を作る。

「透明な丸の中にね、雪が降るの!」


「何それ」

ユアンも興味を持ったらしく、カウンターから顔を出した。


ミナの母親が笑いながら説明する。

「この前、昔の絵本を見せたんです。透明な球の中で雪が舞う玩具が描いてあって。王都にはそういうものもあるみたいで」


「振ると雪が舞うの!」

ミナが力説する。

「おうちの中で雪降るんだよ!」


透明な器に白い粒を入れて、振って舞わせる。それだけなら、魔道具ですらない。けれど、ミナが欲しがっているのはそれだけではなさそうだった。


「振らなくても降るのがいい?」

「うん!」

「ずっと?」

「うん!」

「……ごめん、ずっとは無理」

「じゃあいっぱい!」

それでも難しい要求だ。


横からユアンが言う。

「今回は『見るだけ』使えないね」

「……作るとは言ってません」


「作れない?」

ミナが不安そうに見上げてくる。

その顔はずるい。

リゼットは少しだけ視線を逸らした。


「……作れるかどうか、考えるだけ」

「やった!」

「作るとは言ってないからね」

「うん!」


絶対に分かっていない。

ユアンも笑っている。


「何ですか」

「いや。もう作る顔してるなって」

「してません」

「そっか」


やっぱり笑っている。



——午後、客が途切れたところで、リゼットは作業台に紙を一枚広げた。


透明な球体の中で白い粒を循環させる。

小さな魔力核と起動石があれば、舞わせるだけなら難しくない。

 

問題は、どうすれば雪らしく落ちるかだった。

下から勢いよく押し上げれば、ただの吹雪になる。

「……ゆっくり落としたい」


紙の上へ線を引く。

白い粒を上へ運ぶ流れ。

球の中へ留めておくための封止。

必要のないものまで一緒に動かさないよう、それぞれを分けていく。


そこまで描いたところで、ふと手が止まった。

似たものを、ずっと前にも作ったことがある。


学院時代の設計演習だった。

課題には必要なかったのに、綺麗だからと小さな容器の中に雪まで降らせた。


『三重結界?』


呆れた声が、一瞬だけ耳の奥に蘇る。


「…………」

懐かしい。

そう思った自分に、少し驚いた。


「リゼット?」

ユアンの声で顔を上げる。

 

「何ですか」

「笑ってる」

「……え?」

慌てて口元へ触れた。


「笑ってません」

「笑ってたよ」

「気のせいです」

「そっか」

ユアンはそれ以上追及せず、作業台の紙を少し覗き込んだ。

 

「何作るか決まった?」

「たぶん」

「楽しみ」

「期待しないでください」

「どうして?」

「まだ作るって決まったわけじゃないので」

「またそれ」


ユアンがおもしろそうに笑った。

 

試作は夕方までかかった。

透明な小さな球体に白い粒を入れ、起動石へ触れる。

白い粒が一斉に舞い上がり、そのまま上部へ張りついた。

「……違う」


ユアンが隣から覗き込む。

「雪が逃げたね」

 

「言わないでください」

流れを弱め、上昇する経路を細く分ける。

 

もう一度。

底から運ばれた白い粒が上部へ広がり、そこで勢いを失った。

一粒。

また一粒。

ゆっくりと落ちてくる。

底まで落ちた粒は、見えない細い流れに拾われ、再び上へ運ばれる。降って、また上がって、もう一度降る。


「……できた」

リゼットは思わず顔を近づけた。

透明な球の中だけにある、小さな冬。


何年も前に学院で作ったものと、少しだけ似ている。


しばらく眺めているうちに、もう一つ思いつく。

「青い灯り、入れてもいいかも」

「まだやるの?」

「暗いところでも見えた方がいいでしょう」


球の底へ小さな発光石を加える。雪を循環させる回路とは分けて、灯りだけでも止められるようにした。


店内の灯りを少し落とし、もう一度起動する。

淡い青白い光が、球体の底から広がった。


その中を、白い雪が静かに降っていく。

まるで夜の窓辺で、本当に雪を眺めているようだった。


「綺麗」

ユアンが言った。


「でしょう?」

顔を上げると、ユアンは雪景球ではなく、こちらを見ていた。


「…………」

目が合う。


「綺麗だね、雪」

ユアンは何でもないように雪景球へ視線を戻した。


「ミナ、大喜びだろうね」

「……だと、嬉しいです」

リゼットも雪景球へ目を戻した。


淡い光の中で、白い粒がゆっくりと降り続けていた。



——翌日。


ミナは完成した雪景球を見た瞬間、珍しく声を失った。

「…………」


いつもなら何かしら叫ぶのに。

リゼットが少し不安になる。


「どう?」


ミナは無言で起動石へ触れた。

青白い光が灯り、その中を白い雪がゆっくりと降り始める。


「…………」

しばらく見つめたあと。

 

「おかあさん!」

店中に響く声を上げた。

「雪! 雪降ってる!」


母親が笑う。

「よかったね」


「すごい! すごい!」

ミナが両手で球体を持ち上げようとするので、リゼットは慌てて止めた。

「落とさないようにね」

「はーい!」

椅子へ座ったミナは、大事そうに雪景球を両手で抱える。


「リゼットお姉ちゃんが作ったの?」

「そうよ」

「すごい!」

その一言が、まっすぐ胸へ入った。


「……ありがとう」

自分でも驚くくらい、素直に答えられた。


ミナの母親が財布を取り出す。

「いくらですか?」

「あ」


いつもの癖で、「いりません」と言いそうになった。

けれど、そこで止まる。

材料も使った。時間もかかった。


以前ユアンに言われた言葉を思い出す。

『好きでやったなら、時間がただになるの?』


リゼットは少し考えてから、金額を告げた。

母親は何も言わずに支払い、リゼットもきちんと硬貨を受け取る。


「ありがとうございます」

前ほど、変な感じはしなかった。


ミナは雪景球を抱え、店を出る直前まで何度も振り返った。

「リゼットお姉ちゃん、ありがとう!」

「落とさないでね」

「うん!」

少し不安だ。


入口のベルが鳴り、青い鳥を片腕に抱え、雪景球を大事そうに持ったミナが母親と帰っていく。リゼットはその後ろ姿を見送った。


「嬉しそうだったね」

「はい」

「リゼットも」

「……まあ」


今度は否定しなかった。

ユアンが少し笑う。


「売れそう」

「売りません」

「早いなあ」

「一個作るの、結構大変なんです」

「じゃあ高くすれば?」

「そういう話じゃなくて」


リゼットは作業台を片づけながら、余った白い粒や部品を箱へ戻していった。ユアンは胸元へ手をやり、服の下にある結界具を指先で軽く押さえる。


「まあ、僕はもっと実用的なの作ってもらったけどね」

「張り合わないでください」

「張り合ってないよ」

「顔がそう言ってます」


ユアンが笑った。

 

「気のせいじゃない?」

「絶対違います」


言い返しながら、リゼットは最後に残った雪景球の設計図へ目を落とした。


学院時代の机とあの時作った雪が一瞬だけ脳裏に浮かんだ。


そうだ。

王都にあるのは、嫌な記憶だけではなかった。

楽しかったことも。

夢中になったことも。

確かに、あそこにあった。


リゼットは設計図を二つに折り、三段目の棚へしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。