↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都から逃げた元結界技師は辺境で聖女の技術を解明する  作者: 水瀬める


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/37

第12話 青花祭


青花祭の日。

朝から、町はいつもよりずっと騒がしかった。


通りには鮮やかな青いルシェラと銀色の葉が飾られ、家々の軒先には小さな灯りが吊るされている。まだ日が高いため光は目立たないが、日が落ちれば町中が淡い青に包まれるはずだ。


店の前にも、数日前にリゼットが直した灯りがきれいに並んでいた。


「無事に飾れて良かったですね」

店先へ出てきたユアンが、軒先を見上げる。

「これからは安心だね。リゼットがいるから」

「来年は自分でやってください」

「え?」

ユアンがこちらを見た。


「来年も一緒にやってくれるでしょ?」

「…………」


「勝手に私を来年の予定に入れないでください」

「駄目?」

「そういう問題じゃありません」

「じゃあ来年考えよう」

「……そうしてください」


返事をしながら、リゼットは軒先の灯りへ視線を戻した。

胸の奥が、なんだか落ち着かなかった。


祭りの日は、店も昼過ぎには閉める。町中の店が似たようなものだから、午後になると買い物客もほとんどいなくなった。


リゼットが店先の商品を中へ入れていると、入口のベルが鳴った。


「リゼット!」


入ってきたのはマルタだった。

「もう閉めるところですけど」

「買い物じゃないわよ」

「じゃあ何ですか」


マルタは答えず、リゼットを頭から足元まで眺めた。


「……何ですか」

「その格好で行くの?」


リゼットも自分を見る。

普段と変わらない。生成りのブラウスに落ち着いた色のスカート。栗色の髪も、いつもの深い赤のリボンでまとめている。


「駄目ですか?」

「駄目じゃないけど。せっかくのお祭りでしょう」


マルタは持っていた籠から、小さな髪飾りを取り出した。

青いルシェラを数輪と、細い銀葉を束ねたものだ。

「はい」

「……これ、私に?」

「他に誰がいるのよ」

「マルタさんが使えばいいじゃないですか」

「私の分はもうあるの。これはあんたにつけようと思って作ってきたのよ」

そう言って、自分の胸元につけた青い花を指差す。


「ほら、ちょっと屈んで」

言われるまま頭を下げると、マルタは手際よく飾りを留めた。


「はい、できた」

店の小さな鏡を見る。

耳の上に青い花が一輪。その間から銀色の葉が細く伸びている。


「……派手じゃないですか」

「どこがよ」

「花がついてます」

「祭りだからつけるのよ」

もっともだった。


「似合ってるわよ」

「……ありがとうございます」


少し照れくさくて鏡から目を逸らした、そのときだった。

 

奥からユアンが出てくる。

「鍵、裏も閉め――」

言葉が止まった。

リゼットが振り向く。


「何ですか」

「……」

「ユアン?」

「ああ、うん」


妙に歯切れが悪い。

横を見ると、マルタがにやにやしている。


「何ですか」

「いや」


ユアンが少し笑った。


「似合ってるなと思って」

「…………」

この前も言われた。

青い花が似合う、と。同じ言葉なのに、今日は、まともに顔を見るのが恥ずかしい。


「……どうも」

「それだけ?」

「何を求めてるんですか」

「もう少し喜んでくれてもいいかなって」

「喜んでます」

「そう?」

「そうです」


マルタが吹き出した。

「じゃ、私は先に行ってるわね」

「マルタさん?」

「楽しんできなさいよ」

「ちょっと――」

楽しそうに手を振り、マルタはそのまま店を出ていった。

完全に逃げた。


リゼットは小さく息を吐き、それから何となくユアンを見る。

今度は、こちらが黙った。

 

いつものシャツにエプロン姿ではない。白いシャツの上に濃い色の上着を着て、柔らかな金髪も普段より少しだけ整えられている。豪華な服を着ているわけでもないのに、いつもよりやけに目を引いた。


澄んだ青い目と、明るい金色の髪。

普段は人懐っこく笑ってばかりいるから忘れているだけで、黙っていると、ずいぶん華やかな顔立ちをしている。


「……」

「何?」


気づかれた。

「何でもありません」

「僕も似合ってる?」

「知りません」

「見てたのに?」

「見てません」


ユアンが笑った。

「絶対見てた」

「閉めますよ、店!」

「はいはい」


店を閉めて外へ出ると、通りはすでに人でいっぱいだった。

普段なら顔を知っている町人がぽつぽつ歩いている程度なのに、今日ばかりは隣の村や周辺の農家からも人が来ている。

屋台が軒を連ね、焼いた肉や甘い菓子の匂いが風に混じっていた。


少し先で、ミナがこちらに気づく。

「リゼットお姉ちゃん!」

母親の手を振りほどきそうな勢いで駆けてきた。

「走ったら危ないわよ」

 

「見て! お花!」

ミナの髪にも、小さな青い花がついている。


「お揃いね」

「うん!」


嬉しそうに笑ったあと、今度はユアンを見上げる。


「ユアンお兄ちゃんもつける?」

「僕も?」

「うん!」


ミナが手にしていた余りのルシェラを一輪差し出す。

ユアンは少し考えてから受け取った。


「ありがとう。じゃあ、リゼットにつけてもらおうかな」

「私が?」

「うん」

「自分でつければいいじゃないですか」

「自分じゃ見えないし」

「……ミナに頼んでください」

「リゼットがいい」


さらっと言われ、言葉に詰まる。

ユアンは何でもない顔で、自分の上着の胸元を指した。

仕方なく花を受け取り、上着の襟へ留めようと手を伸ばすと、思ったより距離が近かった。


白いシャツ。

濃い上着。

その向こうにある体温を、数日前のことまで思い出して意識してしまう。リゼットは余計なことを考えないよう、留め具だけを見た。


「……はい」

「ありがとう」


顔を上げる。

すぐ近くで、青い目と合った。

ユアンが嬉しそうに目を細める。


そのとき、ミナがぱっと両手を合わせた。


「わあ!」

「何?」

「リゼットお姉ちゃんがおひめさまで、ユアンお兄ちゃんがおうじさまみたい!」

「え」


リゼットの動きが止まった。

「ミ、ミナ?」

「ほんとだよ!」


何が本当なのか分からない。

隣を見ると、ユアンは満面の笑みだった。


「ありがとう、ミナ」

「何で普通にお礼言ってるんですか!」

「褒めてもらったから」

「リゼットお姉ちゃんもかわいいよ!」

「……ありがとう」


子ども相手では否定もしづらい。

ユアンが胸元の青い花を見て、楽しそうに言う。


「お揃いだね」

「ミナともです」

「僕はリゼットとって言ったんだけど」

「知りません」


少し距離を取ると、後ろでミナが楽しそうに笑っていた。

妙に恥ずかしいまま、ユアンと祭りの通りを歩く。


ダリオの店の前では、焼いた野菜が売られていた。

「よう」

呼び止められ、振り向く。

ダリオが串を二本差し出した。


「食え」

「いくらですか?」

「余りだ。金はいらねえ」

「始まったばかりですよね?」

「うるせえな。祭りの日くらい受け取れ」


結局、二本とも押しつけられた。

ユアンが笑う。


「リゼット、愛されてるね」

「ユアンももらったじゃないですか」

「僕はついでじゃない?」

「聞こえてるぞ」


ダリオが低い声でつぶやいた。二人はそれを聞いて顔を見合わせ、同時に笑った。そのあとも、エダには焼き菓子を持たされ、レナからは飴をもらった。


「これ、祭りを回り終わるころにはお腹いっぱいになるんじゃないですか」

「それも祭りじゃない?」

「絶対違うと思います」


言いながら、リゼットは周囲を見回した。

去年は、こんなふうに歩かなかった。

ほとんど店の奥にいて、外が賑やかなことだけは分かっていたけれど、人混みへ出ようとは思えなかった。

夕方になって、ユアンが焼き菓子をいくつか持って戻ってきた。

それを店の奥で食べた。覚えているのは、そのくらいだ。


今年は違う。


声をかけてくれる人がいて、食べ物を押しつけてくる人がいて、隣にはユアンがいる。ただ歩いているだけなのに、去年よりずっと町が近く感じた。


やがて通りの先に、中央広場が見えてきた。

広場の中央には大量の青いルシェラが飾られ、その奥には、町のどこからでも見えるほど背の高い灯りが立っている。


ただ、その灯りだけはまだ消えたままだった。

 

広場の一角では、大人たちが銀葉を四つの束へ分けている。

数日前、マルタが話していた通りだ。

やがて銀葉を持った子どもたちが、四つの組に分かれた。

東へ。西へ。北へ。南へ。

それぞれ大人に付き添われ、広場から延びる道へ散っていく。

話には聞いていたけれど、実際に見るとやはり少し変わった風習だった。


「本当に、銀の葉を四方へ持っていくんですね」

「うん。毎年こうだよ」


リゼットは遠ざかる子どもたちの背中を目で追う。


「理由は、やっぱり聞いたことないですか」

「うん。考えたことなかった」

「そういうものですか」

「そういうものじゃない?」


ユアンは気楽に答える。

それ以上考える間もなく、広場へ向かう人の流れが急に太くなった。後ろからも次々と人が押し寄せてくる。


「リゼット」

「はい?」


ユアンが手を差し出した。

「人、増えてきたから」

「子どもじゃないんですけど」

「僕がはぐれるかも」

「じゃあユアンが気をつけてください」

「冷たいなあ」


そう言いながら、差し出した手を引っ込めようとはしない。

リゼットはその手を見る。

「……」

「ね?」


すぐ後ろを人が通り、肩が触れそうになった。

仕方ない。

そう。これは仕方ないから。


リゼットはそっと手を重ねた。

「……祭りの間だけですよ」

「うん」


ユアンの指が閉じ、手が優しく握られる。

思っていたより、大きくて温かい。


「行こう」


手を引かれて、人混みの中を進む。

一度、横から走ってきた子どもを避けるために身体が離れたが、手は離れなかった。むしろユアンの握る力が少し強くなる。

 

「大丈夫?」

「大丈夫です」

「よかった」

それだけのやり取りなのに、そのあとは握られた手ばかりが気になった。


広場の端まで来ると、人の流れは少し落ち着いた。

それでも。

手は繋がったままだ。


リゼットは横を見る。

ユアンは何事もないように前を向いている。


「ユアン」

「ん?」

「もう、そんなに混んでませんけど」

「うん」

「……うん、じゃなくて」

「何?」


分かっているくせに。

「手です」


握られた指が、ほんの少し動く。


「離した方がいい?」

「…………」


数日前、自分が「離してください」と言ったとき。

一拍置いて返ってきた声が蘇る。


『……やだ』


あのときは結局、ユアンの方から腕を解いた。

リゼットは繋いだ手を見た。

今度は自分から離せばいい。

そう思ったのに。


「……別に」

「ん?」

「祭りの間だけって言いました」

「そっか」


ユアンが笑った。

手はそのままだった。


やがて、東の通りの方から子どもたちの声が聞こえてきた。

遠くから、銀葉を持っていった子どもたちが戻ってくる。

「東、置いてきたよー!」

続いて西。北。南。

四方向へ向かった子どもたちが、次々と広場へ戻ってくる。

手にしていた銀葉は、もうない。

 

それでも、広場中央の大きな灯りだけはまだ暗い。

待っている間、子どもたちが声をそろえ始めた。

「青き花を携え、銀の葉の野に立つ――」

覚えたてなのか、ところどころ声がずれる。

大人たちが笑った。

「千の灯を結びし者、災いの夜に国を守らん」

聖女の古い言葉。

リゼットも数日前、ミナから聞いたばかりだ。


ふと、町外れの丘にあるという平たい石を思い出す。

聖女が祈った場所。

けれど祭りは、石のある丘ではなく、この広場で行われている。

少し不思議には思ったものの、それ以上考えることはなかった。


子どもたちが最後の言葉を言い終えたところで、広場中央の大きな灯りがともった。淡い青白い光が、ゆっくりと広場を照らす。


周囲から歓声と拍手が上がる。

綺麗だった。

広場を囲むルシェラ。

夜風に揺れる銀色の葉。


リゼットも拍手をしようとして――ようやく気づいた。

片手が塞がっている。

「……」

ユアンと繋いだままだ。


隣を見る。

どうやらユアンも同じことに気づいたらしい。


「あ」

「今さらですか」

「忘れてた」

「嘘」

「半分くらい本当」

「半分は?」


ユアンは青い灯りを見たまま、何でもないことのように言った。

「離したくなかった」

「…………」


青い光に照らされた横顔は、笑っている。

いつもの冗談みたいな顔。

でも。

今のは。

「……そういうこと、さらっと言わないでください」


ユアンがこちらを見る。

「嫌だった?」

「……」


嫌じゃない。

それが困る。


「聞かないでください」

「じゃあ聞かない」


素直なのか、素直じゃないのか分からない。

それでも、祭りが終わるまで手は離れなかった。

帰るころには、夜もずいぶん深くなっていた。

店へ戻る道を二人で歩く。


さすがにもう手は繋いでいない。

それなのに、右手だけ妙に所在がない。

指先に、さっきまでの温度が残っている気がする。


「楽しかった?」

ユアンが聞いた。


「まあ」

「まあ?」

「……楽しかったです」

「よかった」

「ユアンは?」

「楽しかったよ」


少し間を置いて、ユアンが続ける。


「今年は特に」

「何でですか」

「リゼットと回れたから」


また。

こういうことを、何でもない顔で言う。

リゼットは前を向いたまま歩いた。


「何も言わないの?」

「何を言えばいいんですか」

「嬉しい、とか」

「要求しないでください」

「じゃあ来年も一緒に回ろうか」


足が少し止まりかけた。


「……また勝手に来年の予定を決めてる」

「朝も言われたね」

「学習してください」

「でも」


ユアンは前を向いたまま言った。


「来年も隣にいたら、誘うよ」

「…………」


隣にいたら。

その言葉だけが、妙に胸に残った。


「……覚えてたら考えます」

「じゃあ覚えとく」

「私が覚えてたら、です」

「僕が覚えてれば誘えるでしょ」

「そういうところです」


ユアンが笑う。

つられて、リゼットも少し笑った。

家の前まで着く。


「じゃあ、おやすみ」

「はい。ありがとうございました」

「何が?」

「……祭り」

「こちらこそ」


ユアンが歩き出す。

数歩。

リゼットはその背中を見た。

この前も、同じように遠ざかる背中を見送った。

あの日は、一日中帰りを待って。

事故だと聞いて、走った。

今日は。

ずっと隣にいた。


「ユアン」


思わず呼んだ。

ユアンが振り返る。


「ん?」

「……」


何を言いたかったのか、自分でも分からない。


「何でもありません」

「また?」

「おやすみなさい!」

「はいはい。おやすみ」


ユアンは笑いながら手を振り、今度こそ通りの向こうへ消えていった。リゼットは家へ入り、扉を閉める。


右手を見る。

ほんの少しだけ、握ってみた。


祭りの人混みの中。

繋がれた手。


『離したくなかった』

思い出すと、胸のあたりがまた妙にそわついた。


「……何なの」

ユアンがいると、最近どうにも落ち着かない。

近づかれると困る。

触れられると、もっと困る。

 

それなのに。

 

いなかったあの日の方が。

ずっと、落ち着かなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。