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『召喚した地球文明で異世界を遊び尽くす――無限魔力の少年と七人の影姫が築く大帝国』  作者: Ren Hazumi


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第8話「異世界で、地球の服を売る」

第8話「異世界で、地球の服を売る」


ラインドルフの朝は、昨日とほとんど変わらない音から始まった。


石畳と擦れ合う荷車の車輪。


店を開ける商人たち。


大通りから聞こえてくる馬の蹄音。


そして、人をどかすために御者が短く叫ぶ声。


サクオミは宿の部屋の窓辺に立ち、コーヒーの入ったカップを手にしていた。


地球のコーヒー。


苦い香りが、小さな部屋いっぱいに広がっている。


一口だけ飲む。


「……うん」


サクオミは目を閉じた。


「これだよ。これが朝食だ」


特別な言葉ではない。


だが、ほんの数日前まで、自分がどの王国にいるのかさえ知らなかったサクオミにとって、1杯のコーヒーは、まだ自分がかつての世界の一部を持っていることを思い出させてくれるものだった。


カップを机へ置く。


その上には、いくつかの硬貨が並んでいる。


昨日までの取引で得た16カッパー。


そして、昨日の布の売却で得た1シルバー。


商売の元手と収入として計算している金額は――


116カッパー。


サクオミは硬貨を見つめる。


「小さな商品を売り続ければ、生活そのものはできる」


1カッパーを手に取り、指先で転がす。


「でも、もう少し大きなものを買うなら……」


硬貨が止まった。


もっと安定した収入源が必要だ。


別に大金が欲しいわけではない。


食事を買うたびに、カッパーを1枚ずつ数える生活から抜け出したいだけだ。


サクオミは息を吐いた。


昨日、ダレルが言っていたことは理にかなっていた。


布は完成した服より安全。


しかし、それは完成品の服が売れないという意味ではない。


むしろ、昨日ダレルが布を調べる様子を見て、サクオミは次の段階について考え始めていた。


地球の布がこれほど高品質だと評価されるなら――


地球の基準で作られた服なら、どうなる?


あまりにも現代的なデザインではない。


一目で異世界の品だと疑われるようなものでもない。


普通の服。


シャツ。


ズボン。


シンプルな上着。


旅人や若い商人が着ていても、不自然ではない服。


ただし、素材と縫製の品質だけは、街で見てきた服より明らかに上。


サクオミは立ち上がった。


「第2段階だ」


---


宿を出たサクオミは、すぐにダレルの店へは向かわなかった。


まず商業区を歩く。


理由は単純だった。


市場を見たかったからだ。


昨日は、売る商品ばかりを気にしていた。


今日は――


すでに市場に並んでいる商品を見る。


大通りから少し離れた場所に、衣料品を扱う店があった。


店先には、何着かの服が吊るされている。


リネンのシャツ。


長ズボン。


ローブ。


作業着。


簡素なドレス。


サクオミは足を止めた。


店番をしていた中年の女性が、サクオミを見る。


「どうぞ、ゆっくり見ていってください」


「ありがとう」


サクオミはシャツの1枚に触れた。


生地は少し粗い。


悪くはない。


ただ、違う。


縫製も比較的シンプルだった。


もちろん、作り手の仕事を馬鹿にするつもりはない。


むしろ逆だ。


この服が長く使われることを前提に作られているのが分かる。


装飾は少ない。


無駄な生地も少ない。


実用的だ。


「これはいくら?」


「6カッパーです」


サクオミは頷いた。


「じゃあ、あのズボンは?」


「8カッパー」


「ローブは?」


「12カッパーです」


サクオミは、すべて覚えた。


品質。


価格。


デザイン。


そして、人々が必要としているもの。


経済の専門家になる必要などない。


この世界では、服が日常生活に欠かせない商品なのは明らかだった。


そして、だからこそ――


市場は大きい。


サクオミは店を出た。


数十歩ほど進んだところで、足を止める。


「……問題は、売ることじゃないな」


小さく呟く。


「商品を選ぶことだ」


地球の服をあまりにも高品質なまま売れば、価格が高くなりすぎる。


逆に安すぎれば、品質との釣り合いが取れなくなる。


必要なのは、その中間。


サクオミはポケットへ手を入れた。


「なら、高級品じゃなくていい」


---


昼前。


サクオミはようやくダレルの店へ到着した。


扉を開けると、小さなベルが鳴る。


商品を整理していたダレルが振り返った。


「また来たな」


「昨日と同じだな」


「で、今日は何を持ってきた?」


「服」


ダレルの手が止まる。


「……服?」


「そう」


「布を売るのはやめたのか?」


「いや」


サクオミは近づく。


「布の方が売りやすい。でも、別の商品も試してみたい」


ダレルは警戒するような目でサクオミを見る。


「まさか、20箱も持ってきたとか言わないだろうな?」


「そんなに持ってくるわけないだろ」


「ならいい」


ダレルは椅子を指差した。


「座れ」


サクオミは腰を下ろす。


ダレルは腕を組んだ。


「それで?」


サクオミは意識の中でアイテムボックスを開いた。


だが、すぐには商品を取り出さない。


選ぶ。


シンプルな1着。


無地の綿シャツ。


大きなロゴはない。


目立つデザインもない。


少し温かみのある白。


仕立てもシンプル。


この世界から見ても、あまり異質に感じられないものを選ぶ。


それを確認してから、アイテムボックスから取り出した服をバッグの中へ移した。


そして、サクオミはそれを取り出した。


ダレルが受け取る。


その瞬間、表情が変わった。


「これは……」


生地を指で撫でる。


サクオミは黙って待つ。


ダレルは服の内側を確認した。


縫い目を見る。


袖を軽く引っ張る。


襟を調べる。


「縫い目が綺麗だ」


「そうだな」


「それに、この生地……」


「昨日の布と同じようなものだ」


ダレルがサクオミを見る。


「この服も、あの布から作ったのか?」


「昨日の反物じゃない」


「なるほど」


ダレルは理解したように頷く。


「つまり、別の仕入れ先がある」


「まあ、そんなところ」


「説明しなくていい」


サクオミは眉を上げた。


「どうして?」


「俺も、知りたいとは思わないからな」


ダレルが笑った。


しばらく2人は黙った。


ダレルは、もう一度服を確認する。


「いくらだ?」


「そっちで決めてくれ」


「本当に自分で値段を決めないんだな?」


「市場価格を知りたい」


ダレルは呆れたように首を振る。


「こんな試し方をする商人がいるか?」


「市場を知らない商人ならいる」


「……それは確かにそうだな」


ダレルは棚から現地の布を1枚取り出した。


そして、サクオミのシャツの横へ並べる。


違いは明らかだった。


もちろん、現地の布が粗悪というわけではない。


だが、地球の布の方が滑らかだった。


縫製も均一。


ダレルは襟の部分を撫でる。


「これを売るなら……」


そこで止まった。


「問題はサイズだな」


サクオミは昨日の会話を思い出した。


「そうだな」


「1つのサイズしかないなら、買える客が限られる」


「なら、最初から多くのサイズを持ってこなければいい」


ダレルがサクオミを見る。


「どうして?」


「市場を試しているだけだから」


ダレルが薄く笑った。


「お前、本当に覚えるのが早いな」


もう一度、服を確認する。


「俺が売るなら、15カッパーくらいだ」


サクオミはすぐには答えなかった。


15カッパー。


普通のシャツより高い。


しかし、高級服と呼ぶほどではない。


「それなら、いくらで買う?」


ダレルがサクオミを見る。


「おい。今度は仕入れ値を聞くようになったか」


「必要だからな」


「それでいい」


ダレルはシャツをサクオミへ返す。


「お前から買うなら、10カッパーだ」


サクオミは少し眉を寄せる。


「5カッパー差か」


「俺だって利益が必要だからな」


「納得できる」


「それで?」


サクオミは少し考えた。


昨日は布1本で100カッパー。


今日は別の方法を試している。


すべての取引で最大利益を狙う必要はない。


今は、市場の反応を知ることの方が重要だ。


「分かった。売る」


ダレルは10カッパーを取り出す。


サクオミはシャツを1着渡した。


取引成立。


引き渡した商品:無地の綿シャツ ×1。


受け取った代金:10カッパー。


ダレルはシャツを店の中へしまう。


サクオミは10カッパーを財布へ入れた。


そして、残高を確認する。


商売による累計収入:126カッパー。


ダレルが、その様子を見る。


「お前、いつも数えてるのか?」


「数えないと、結果が分からないからな」


「まあ、それもそうか」


サクオミは立ち上がる。


「じゃあ、俺は行く」


「待て」


ダレルが呼び止める。


サクオミが振り返った。


「別の色があるなら持ってこい」


「色?」


「白は売りやすい。でも、他の色を好む客もいる」


「例えば?」


「濃い青」


ダレルは店の棚を指差す。


「それと茶色、灰色、濃い緑あたりだな」


サクオミは頷く。


「サイズは?」


「最低でも2種類」


「どのくらい?」


「成人男性向けなら、標準サイズと、少し大きめのサイズだ」


サクオミは覚えておく。


ダレルはさらに続けた。


「それと、もし女物の服があるなら……」


サクオミはダレルを見る。


「……何だ?」


ダレルは肩をすくめる。


「そっちにも市場はある」


「まだだ」


「まだ?」


「今はシャツだけ試してる」


ダレルが笑った。


「分かった。ゆっくりだな」


サクオミは店の扉を開ける。


「そのつもりだ」


---


店の外へ出ると、太陽はかなり高くなっていた。


サクオミは特に目的もなく、数分ほど歩く。


10カッパー。


金額そのものは大きくない。


しかし――


得られた情報の方が、はるかに価値があった。


今のところ分かったこと。


地球の布には高い価値がある。


完成した服にも市場がある。


ただし、完成品にはサイズ、色、デザインという問題がある。


つまり――


布は、より柔軟に扱える商品だ。


服は利益率を高くできる可能性がある一方で、リスクも大きい。


サクオミは薄く笑った。


「なるほどな」


システムに答えを教えてもらう必要はない。


すべての答えが青い画面から出てくる必要もない。


正しい相手に聞けば、それだけで分かることもある。


そしてダレルは、思っていた以上に役に立つ男だった。


サクオミは屋台の近くで足を止めた。


1人の仕立屋が客と話している。


「もっと安くしたいなら、普通の布を使うしかありません」


「でも、それだとすぐに傷むだろう?」


「なら、値段を上げてください」


「値段を上げたら客が来なくなる」


サクオミは、思わず笑った。


何気ない会話だった。


だが、どこか聞き覚えのある問題だった。


世界は違う。


それでも、問題は同じ。


価格。


品質。


顧客。


利益。


需要。


どれだけ便利なシステムがあったとしても、すべてを消してくれるわけではない。


――いや。


もしかすると、それでいいのかもしれない。


---


夕方。


サクオミは宿へ戻った。


部屋の小さな机に座る。


目の前には、何枚かのメモ。


正式な帳簿ではない。


ただ、自分自身の手で書いた記録だ。


商売


昨日


・塩:3カッパー


・香辛料:5カッパー


・コーヒー:5カッパー


・チョコレート:3カッパー


合計:16カッパー


今日


・布1本:1シルバー=100カッパー


・シャツ1着:10カッパー


本日の追加収入:110カッパー


商売による累計収入:126カッパー


サクオミは最後の数字を見る。


「126……」


椅子へ背を預ける。


悪くない。


だが、サクオミは「利益」という言葉を書きかけて、すぐに線を引いた。


まだ違う。


本当のコストを計算していない。


輸送費もない。


倉庫代もない。


人件費もない。


税金もない。


商品が壊れるリスクもない。


何より、自分自身が生産しているわけでもない。


すべての商品は、アイテムボックスから出しているだけだ。


それを全部利益だと思えば、計算そのものが自分を騙すことになる。


サクオミは小さく笑った。


「昔の癖って、なかなか抜けないな」


前の世界で、数字が曖昧なまま放置されることは、整備上の問題の始まりだった。


1つの部品が足りない。


1つの在庫が記録されていない。


1本のボルトが規格と違う。


その積み重ねが、最後には機械を止める。


商売だって、それほど変わらないのかもしれない。


サクオミはノートを閉じた。


そして、アイテムボックスを開く。


数百種類の布。


数千種類の服。


何でもある。


だが――


何も取り出さない。


まだだ。


今日、1つ重要なことが分かった。


地球の商品は、本当に品質が高い。


そして――


だからこそ、慎重にならなければならない。


品質が目立ちすぎれば、商品は注目を集める。


注目が増えれば、質問が増える。


質問が早すぎれば――


サクオミが望んでいる静かな生活は、もっと面倒なものへ変わってしまう。


サクオミはアイテムボックスを閉じた。


「少しだけだ」


窓の外を見る。


空がゆっくりと色を変えていく。


「少しずつ……だな」


外では、ラインドルフの街がまだ動いている。


商人たちは店を閉め始める。


最後の荷車が宿の方へ戻っていく。


冒険者たちは酒場へ集まり始める。


そして商業区の小さな店の片隅では――


誰も知らない世界から来た1着のシャツが、初めて店頭に並べられようとしていた。


誰も、その服がどこから来たのか知らない。


誰が作ったのかも知らない。


ラインドルフにとって、それはただの「品質の良いシャツ」にすぎない。


しかしサクオミにとって、この小さな取引は1つの証明だった。


地球の商品は、自分だけが使うためのものではない。


市場へ入れる。


少しずつ。


慎重に。


1日で世界を変える必要などない。


サクオミはコーヒーのカップを手に取った。


「明日は……」


そこで言葉を止める。


そして、小さく笑った。


「……焦るな」


ヴェルセラへ来てから初めて、サクオミは自分の生活に少しだけ「日常」と呼べるものができ始めていることを感じた。


必要な時だけ狩る。


少しだけ商売をする。


世界を観察する。


情報を蓄える。


そして、地球の力を必要な分だけ使う。


英雄的ではない。


派手でもない。


だが――


それこそが、サクオミの望んでいたものだった。


静かな生活。


少なくとも、今は。


【次回予告・第9話――「異世界で、地球の商品はどこまで通用するのか」】


サクオミは、地球の商品を売ることが単純に「品質」と「価格」だけの問題ではないことを理解し始める。


小さな取引を重ねた彼は、必要以上の注目を集めないよう慎重になりながら、ラインドルフの市場がどこまで地球の商品を受け入れられるのか、その限界を探り始める。


【第9話へ続く……】

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